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「骨肉の争い」が長期化?「預金は遺産分割の対象外」の判例変更があった場合の影響

2016年04月17日 10:52  弁護士ドットコム

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銀行預金が「遺産分割」の対象になるかどうか争われた審判の許可抗告審で、最高裁第1小法廷(山浦善樹)は3月下旬、最高裁の裁判官15人全員でおこなう大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)に審理を回付した。


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報道によると、大法廷に回付されたのは、ある遺族が別の遺族に対して、約3800万円の預金などの遺産分割を求めた審判だ。1審大阪家裁と2審大阪高裁はいずれも「預金は遺産分割の対象外」と判断したという。



預貯金の遺産分割をめぐっては、最高裁が以前、「預貯金は対象とならない」と判断していた。大法廷回付は判例変更などをおこなう場合にされるため、今回、最高裁がこの判例を見直す可能性が高まっている。もし、判例が変更されると、どのような影響があるのだろうか。加藤尚憲弁護士に聞いた。



●預金の相続をめぐるルールはどうなっているのか?


「今回の話をわかりやすくするために、前提から説明します。



まず、遺産分割は、(1)遺言による指定にしたがう、(2)遺言による指定がない場合、相続人全員で協議して決める、(3)協議で決まらなければ、家庭裁判所での調停・審判を通じて決める、という流れになっています。



そして一般に、預金は、遺産分割の対象となることが当然のように思われるかもしれません。しかし、実はそうではないのです」



加藤弁護士はこのように述べる。



「判例によると、預金は原則として、『法定相続分にしたがい当然に分割して承継される』とされています。



つまり、遺産分割が成立していなくても、相続人は、銀行など金融機関に対して、法定相続分にしたがった預貯金の支払いを求めることができる権利があるのです」



たとえば、預金額が200万円で、相続人が子ども2人という事例で考えると、どうなるのだろうか。



「法定相続分にしたがい、子ども2人はそれぞれ、預金の2分の1ずつを相続します。したがって、遺産分割をしていなくても、金融機関に対して、それぞれ100万円ずつ支払うように求めることができます。



もっとも、判例は、預金について遺産分割することを禁止しているわけではありません。相続人全員が合意していれば、預金を遺産分割の対象にすることもできます。



むしろ、世間一般には、預金を含めた相続財産全体を遺産分割の対象にするケースが圧倒的に多いと思います」



●実際の金融機関の対応に隔たりがある


判例のルールにしたがって、遺産分割をせずに金融機関に預金の払い戻しを求めた場合、何か問題はあるのだろうか。



「(a)相続人が、金融機関に法定相続分にしたがった預金の支払いを求めることができる権利があることと、(b)実際に金融機関が預金の払い戻しに応じること、は別の話です。



たとえば、遺言書がないケースでは、金融機関は通常、遺産分割がおこなわれるか、相続人全員が同意しない限り、預金の払い出しに応じません。実はそれには理由があるのです。



先ほど述べたとおり、実際には、預金も含めた相続財産全体について遺産分割がおこなわれることが数多くあります。遺産分割により預貯金を相続した人が金融機関に預金の払い出しを求めたときに、すでに金融機関が法定相続分にしたがって払い出していると、金融機関と相続人との間にトラブルが発生する可能性が高いのです。



このように、判例のルールと金融機関の対応には大きな隔たりがあります。



もっとも、相続人は、預金の引出しに応じない金融機関を訴えて、裁判所の判決を得れば、金融機関も預金の引出しに応じます。最終的には、判例のルール通りになります。しかし、そのために、わざわざ訴訟という手段を用いる必要があるのです」



●判例の見直しの影響について


もし今回、判例が見直され、不動産などと同じように預金が遺産分割の対象になると、相続の当事者にとってどのような影響があるのだろうか。



「金融機関に対して、遺産分割前に預金の引き出しを求めることができなくなる可能性があります。また、相続人の間で、意外な損得の変化が起きる可能性があります。



たとえば、以前に、次のようなことがありました。



複数の相続人のうちの1人が特別な貢献をしたことによって、被相続人の財産が増えたり維持されたりした場合、その相続人は、遺産分割の際に、法定相続分よりも多く相続する権利があります。これを『寄与分』といいます。



預金と僻地の不動産のみを相続財産とする遺産分割で、被相続人と同居していた相続人が当初、被相続人を長年介護していたとして寄与分の存在を主張しました。しかし、ほかの相続人は寄与分を認めず、法定相続分による相続を主張したため、話がまとまりませんでした。



ところが、遺産分割の調停に入ったとたん、被相続人と同居していた相続人は、調停委員の説得に応じて寄与分の主張を取り下げて、法定相続分通りの遺産分割が成立しました。



私は、調停委員による説得を目の当たりにしたわけではないのですが、おそらく調停委員は次のような内容の話をしたものと推測します。



『そもそも預金を遺産分割の対象とするためには、相続人全員の同意が必要だ。



いくら寄与分を主張したところで、ほかの相続人が預金を遺産分割の対象とすることに同意しなければ、寄与分を主張する相続人は、誰も欲しくない僻地の不動産を多めに相続する結果となる。



そうであれば、寄与分を主張しない方が得策である』」



現在の判例を前提にすれば、こうした説得は効果的だろう。



「しかし、もし判例が変更され、預金が遺産分割の対象となった場合、このケースで被相続人と同居していた相続人は、預金をより多く相続するために、寄与分を主張する実益があることになります。



そうすると、実際に遺産分割の結果も変わってくるかもしれません。つまり、寄与分を主張したい当事者にとっては、判例変更によって、預金が遺産分割の対象になったほうが得になります。



また、同じようなことは、寄与分だけでなく、特別受益(たとえば、マンション購入の際に被相続人から頭金を出してもらった場合など)でも起こりえます。



寄与分や特別受益は、相続で最ももめやすいテーマの1つです。判例変更後は、寄与分や特別受益を主張する実益がある場面が増えるため、遺産分割をめぐる争いが長期化するケースが増えるという影響があると予想します」



加藤弁護士はこのように述べていた。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
加藤 尚憲(かとう・なおのり)弁護士
東京大学卒、弁護士・ニューヨーク州弁護士
弁護士ドットコム上で半年間に約500件の相続の質問に回答し、ベストアンサー率1位を獲得。「首都圏版 2016年▶2017年 みんなの弁護士207人」(南々社出版)相続部門 掲載
事務所はJR中央線・丸ノ内線荻窪駅北口から徒歩2分
相続総合情報サイト「わかる相続」:http://わかる相続.com/
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