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矢野顕子は、ソロデビュー40周年の今が旬 ライブアルバムと映像作品から現在地を追う

2016年04月14日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

矢野顕子

 1976年に1stアルバム『JAPANESE GIRL』でデビューした矢野顕子が40周年のアニバーサリーイヤーを迎えた。漫画家・浦沢直樹が描き下ろした40周年記念ロゴのイメージ通り(当初はエレガントな雰囲気のロゴだったそうだが、「怪獣になりたい」という矢野自身の希望により、メカゴジラのような出で立ちになったそうです)今なお自由奔放な音楽活動を続けている彼女。40周年イヤーの第1弾企画「ふたりでジャンボリー」(3/28~4/3にかけて東京グローバル座で行われた5日間のライブシリーズ)ではゲストに石川さゆり、清水ミチコ、奥田民生、森山良子、大貫妙子を招き、貴重なセッションを繰り広げた。


 そして4月6日(水)には、現在の矢野顕子のライブの豊かさと多様性が堪能できる2作品がリリースされた。2枚組ライブアルバム『矢野顕子+TIN PAN PART II さとがえるコンサート』、スタジオライブを収録した映像作品『Two Jupiters』だ。


 『矢野顕子+TIN PAN PART II さとがえるコンサート』は、2015年12月13日にNHKホールで開催された「さとがえるコンサート2015矢野顕子+TIN PAN PART II」のツアーファイナルの音源を収録したライブアルバム。細野晴臣(ベース/ボーカル)、林立夫(ドラム)、鈴木茂(ギター/ボーカル)によるTIN PANとの(2014年に続く)2度目のツアーの集大成とも言える本作には、矢野の最新アルバム『Welcome to Jupiter』に収められた「そりゃムリだ」、代表曲「ひとつだけ」のほか、「恋は桃色」(細野晴臣)「風をあつめて」(はっぴいえんど)なども収録されている。本作は、1970年代以降の日本のポピュラーミュージックにおける、もっとも良質な成果と言っていい。ジャズ、ブルース、カントリーなどをルーツに持ちつつ、日本の伝統的な音楽のエッセンスを含んだアレンジメント、そして、的確な演奏技術と瑞々しいインタープレイを共存させた4人のアンサンブルを聴いていると、数えきれないほど耳にしてきたはずの名曲の新たな魅力に気付かされる。まさに温故知新。本当に素晴らしい音楽とは、斬新さだけではなく、常に過去に向かって豊かに広がっているのだ。デビューアルバム『JAPANESE GIRL』で青森の民謡をカバーし、当時の最新のロックサウンドとの融合を試みた矢野にとって、古今東西の音楽を自由に行き来することはきわめて当然のことなのだろう。


 『Two Jupiters』はエレクトロとアコースティックという矢野顕子の2面性がわかりやすく映像化された作品だ。収録されているのは、最新鋭のエレクトロとオーガニックなピアノの音色を共存させたアルバム『Welcome to Jupiter』の楽曲。『Two Jupiters』には、このアルバムの制作に参加した冨田恵一、深澤秀行、Seiho、tofubeats、Ovall、AZUMA HITOMIとともに再現ライブを行った「Electornic」、そして、ピアノの弾き語りによる「Acoustic」が収められている。


 トライバルなエレクトロビートとモーグ・シンセサイザーを操る深澤とのセッションによる「モスラの歌」、AZUMA HITOMIによる80”エレポップの進化形とも言えるサウンドが鮮烈な「あたまがわるい」、Ovallのメンバーとともにオルタナとジャズとポップスを融合させた「わたしとどうぶつと。」(演奏後、矢野はひとこと「あー気持ちいいこと」)など魅力的なコラボレーションが収められた「Electronic」には、常に新しい音像を求め続ける矢野スタンスが端的に表出している。YMOのワールドツアーに参加し、テクノミュージックの創成期を体験、レイ・ハラカミとのユニット“yanokami”との活動も知られる彼女の音楽的好奇心はいまも驚くほどに旺盛だ。


 「Acoustic」は、彼女のもっともベーシックなスタイルであるピアノの弾き語り。メロディ、言葉、ピアノの音がどこまでも自由に、どこまでも奔放に描かれる矢野顕子の弾き語りは、キャリアを重ねるたびに豊かな変化を遂げている。特に印象的だったのはパット・メセニーの作曲による「PRAYER」そして、〈男もつらいけど 女もつらいのよ〉という歌詞が何度も聴いても泣けてくる「ラーメン食べたい」。まるでピアノを弾くように歌い、歌うようにピアノを弾きながら、ひとつひとつのフレーズをオーディエンスに手渡すように表現する矢野のパフォーマンスは、まちがいなく、いまが旬だと思う。


 音楽に対する冷徹な姿勢と大らかな愛情をしっかりと持ち続け、(メカゴジラのように)常識や既存のフォーマットを壊しながら、豊潤な音楽を生み出し続ける矢野顕子。『矢野顕子+TIN PAN PART II さとがえるコンサート』『Two Jupiters』の2作で、彼女の現在地をぜひ体験してほしい。(文=森朋之)