3月20日に東京・新宿で行われた「最低賃金1500円に上げろ!」街宣活動を取り上げた記事には、多くの読者から反応があった。フェイスブックの「いいね!」は600、配信先のBLOGOSではコメントが130、ニコニコニュースでは2200を超えるコメントが寄せられた。
コメントには賛否両論があるものの、注目度の高さがうかがえる。主催者の「エキタス」は4月16日にも東京・渋谷でデモ行進を行い、その後も全国で運動を予定しているという。エキタスのメンバー・原田仁希(にき)氏にその趣旨を聞いた。
「若手世代には雇用問題が大きい」という意識で集まった
――エキタスでは、どんな人たちが活動しているのですか。
原田 いろいろな市民活動をする20代中心の若者が集まって話をしているうちに「僕らの世代は、やはり経済問題、雇用問題が大きい」ということになり、10人ほどで始めました。いちばん若いのは、いつもコールや司会をしてくれる19歳の大学生です。
若者世代の雇用問題にイシューを絞り、問題意識をぼやかせたくなかったので、参加者には最低賃金や労働・雇用問題と直接関係ないプラカードを掲げることは遠慮してもらっていますし、団体名のついた旗や幟(のぼり)も原則お断りしています。
――若い読者の多いニコニコニュースでは、3月の記事に比較的好意的なコメントがつきました。その一方で、年齢層が上のBLOGOSでは「デモやる暇があるならスキルを磨け」とか、前回のデモにもいろいろ批判がありました。
原田 反対者は「最賃引き上げで雇用が減る」とひたすら言っていたり、「賃金の引き上げは企業や国の成長で実現すべき」と言っていたり。「主張する姿勢」に対する批判までありました。しかし、アメリカやドイツの例でも最低賃金の引き上げで雇用は減っていませんし、企業の内部留保が溜まっていく一方で賃上げにつながっていないのが現実です。
ただし「最賃ではなく失業給付などの社会保障で対応すべき」という批判は、完全に間違っているとは思いません。失業給付を充実させることは、一方で必要だと思います。大事なのは、フルタイムで働いても生活していけない「ワーキングプア」が存在する中で、きちんとしたセーフティネットを準備し、生活を保障する必要があること。その点では、僕たちとあまり変わらない意見だったのではないかと思っています。
「働いた分の給与が支払われていない」という認識
――そもそも1500円という水準は、どのように算出されたのでしょうか。
原田 最低賃金には、決定の際に基準として労働者の生計費が考慮されるべきという「生計費原則」があります。「衣食住と子の養育、本人と家族の健康を維持し、働き続けられるだけの費用(労働力の再生産費)」という言い方もあります。
しかし平均798円の最低賃金では、1日8時間・週40時間・年52週まったく休みなく働いても年収166万円にしかならず、生活保護費とほとんど変わりません。時給1500円なら週休2日、国民の祝日とお盆・正月を休んで282万円。そこから税金や保険料等が差し引かれてようやく250万円ほどになるので、なんとか生きていけるようになります。
後藤道夫氏(都留文科大学名誉教授)の試算では、生活保護費に勤労に必要な諸経費、税金と社会保険料を加えると、東京では時給換算で1300円くらい必要とのことです。さらに失業した際に月給の6割から7割の支給で生活することを想定すると1600円になり、明らかに1500円以上は必要ということになります。
――ニコニコの読者からは「賃上げ要求するのはいいけどさ、まず1500円の価値のある仕事ができるんだよね?」というコメントが来ていました。
原田 それについては、いま働いている分の価値の給与が、そもそも労働者に支払われていない、妥当な賃金をもらえていないという認識です。これを放置すると、構造的に低賃金の労働が伝染するように拡がっちゃう。それを止めないといけないという話なんです。
――現状では高く見える金額だけれども、最低賃金1500円にすることで構造が変わるということですね。
原田 そうですね。いまの状態は経済にとってもよくないし、社会にお金が回っていかない。最賃引き上げは、企業にとっても悪いことではないと思うんです。
非正規雇用は、もはや「補助労働」ではなくなっている
――最低賃金引き上げに反対する人の中には、物価の上昇を懸念する声があります。最低賃金で働く人は特に飲食や小売に多く、生活費を直撃してしまうという見方です。
原田 物価には多少は転嫁されるでしょう。しかし、そもそも働いている分の給与が支払われていないという認識ですから、価格に転嫁する必要のない会社もあるし、安売りしすぎていた会社は適正価格になると思います。
もしも価格に転嫁されたとしても、労働者にお金が渡ることは消費を促すことにもなるし、企業にとってもビジネスチャンスになるかもしれない。そこは、物価上昇分以上の効果があると考えています。
――同じく最賃引き上げを唱える人に、冨山和彦氏(経営共創基盤CEO)がいます。彼は、ブラックな労働環境でしか生き残れなかった企業が倒産・廃業することを容認し、より労働生産性の高い企業に事業と雇用を集約化する効果を期待しています。
原田 その意見は理解できますが、違法行為を確信的に行うブラック企業と、ブラックにならざるを得ない中小零細企業は分けて考えるべきです。単純に生産性だけで考えると、結局は大企業しか生き残れなくなって、労働者も消費者も振り回されてしまう。地域経済を守る視点で支援すべき企業もあると思います。
――「時給1500円が欲しければ正社員になればいいのに」という声もあります。要するに時給ではなく月給で支払われるよう努力すべきということです。
原田 確かにパートタイマーやアルバイトは、かつては補助労働に位置づけられてきました。しかし今では、こうした非正規雇用なしに企業は事業を回していくことはできません。特に大規模チェーンのサービス業では、その色合いが強いでしょう。
さらに非正規とは名ばかりで、仕事の中身は正社員並みの負担や責任を担わされているのが現実です。コンビニでは事実上店長の代わりで、厳しいクレーム対応もさせられるし、学習塾でも学生アルバイトの責任が重くて辞められない。そういった仕事に従事し、実際に暮らしている人もいるわけですから、ひと昔前の議論をされても困るなという気がします。
歪んだ「日本型雇用」の復活では問題は解決しない
――「ワープア」の問題は、グローバル化で製造業の雇用が海外に流出する一方、サービス業で働く人の割合が高くなり、大規模集約化が進んだことも関係ありそうです。
原田 製造業のような歴史のないサービス業では労働組合がなく、大規模資本の独占・寡占による搾取を許しています。人を安く使って儲けた企業は、労働者にもちゃんと分配しないと好循環にならない。僕らは「健全な資本主義を回していこう」と言っているのです。幸い、最賃を上げてもサービス業は海外に流出できません。
――最賃の引き上げは、いわゆる「同一労働同一賃金」的な方向に進み、正社員と非正規雇用との理不尽な格差も縮まりそうです。
原田 そうですね。その一方で、若手の正社員の生活はかなり苦しいのが現実ですので、ここでも最低賃金の引き上げは功を奏するのではないかと思います。先日、僕の友だちが正社員としてやっと就職できたんですが、初年度の月給が18万円。そこに固定残業代が含まれていました。
他の人も先輩の給料を見たら、10年経っても昇給していなかったと。時給で見たら最低賃金ギリギリじゃないでしょうか。正規への転換という話は社会通念的にも聞こえがいいのでしょうが、現状では働く人の4割が非正規。すでに標準的な働き方のひとつになっているのに、これを「全部正社員にしろ!」みたいな話は現実的ではないでしょうね。非正規の待遇の改善と安定性の向上という方向性をもつべきです。
――確かに、すべての労働者が正社員になれば、問題が解決するとはいえない。
原田 そもそも従来の「日本型雇用」も、かなり歪んでいたと思うんです。メンバーシップ型雇用のもと、労働者は自社の論理でしか物事を考えず、女性差別なども横行していた。正社員制度は、それが高度成長を支えた部分はあったとしても、別に理想的な働き方ではなく、かなり抑圧的な部分もあった。そういう正社員の影の部分は直しつつ、非正規でも生きていける世の中にした方がいいと思います。
――正社員の待遇改善は「春闘」が担っていますが、非正規には同様の機会はありません。
原田 いわゆるベースアップを要求するのですから、最賃引き上げ運動は非正規雇用の「春闘」だし、それ以上に広汎な影響を及ぼすものです。若者世代の生活を改善するために必要な運動だと思っています。
※エキタスの「最低賃金上げろデモ」は2016年4月16日(土)の午後3時半より、東京・渋谷の「みやした公園」からスタートします。
※4月16日午後0時35分追記:本日のデモは熊本での大地震発生を受けて中止になりました。今後の情報はエキタスのツイッターで確認してください。
https://twitter.com/aequitas1500
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