米国での最低賃金の引き上げが、たびたび話題になっていますが、なぜいまそのような取り組みが求められているのでしょうか。3月8日付けの米The Fiscal Timesに、マクロ経済学者のマーク・トーマ氏が寄稿しています。
トーマ氏によれば、労働市場は経済学の教科書のようには動かないとのこと。労働者が自ら生産した製品相当の賃金を支払われ、インフレ率や生産性の変化に応じて賃金が上がるようなことは、現実からはほど遠いというのです。(文:夢野響子)
生産性が向上したのに、賃金の引き上げが追いついていない
米国では多くの場合、賃金は経営者と労働者個人との交渉で決められます。しかし両者間の交渉力が不均等な場合、労働者には、彼らが会社の製品に与えた付加価値に応じて賃金を支払われる保証はありません。
例えば、企業にかかる費用が労働からのものだけと仮定して、ある特定期間の総売上が1万ドルだったとします。このうち労働者が貢献した額が8000ドルで、その金額すべてが労働者に支払われたとします。
残された2000ドルは、事業主が会社に投資することへのリスクと、事業主の経営や管理能力に支払われます。この事業主への支払いが労働者の場合と同様に、企業が販売している商品やサービスの生産への事業主の貢献度を反映していれば理想的なのですが……。
次に、労働者の生産性が上がり、同じ期間の総売上が1万2000ドルになったとしましょう。労働者の賃金はこの増加を反映して上昇するはずですが、現実にはここ数十年間そうなっていません。追加収入は労働者へ行く代わりに、事業主の懐に入っています。
生産性が向上したとしても、労働者は効果的に交渉して利益のシェアをつかむことができず、これは不平等の上塗りになっています。
引き上げは雇用の削減より「歪みを取り除く」方に働く
これを変えるには、労働組合の力を取り戻すことが必要です。労組が強ければ、生産性が労働者の賃金に反映されます。しかし現実には政治家が法律制定時に、組合を弱体化させています。さらにグローバル化に伴う企業の海外移転の脅威が、組合の交渉力を脅かしています。
労働者の交渉力を高めるもう一つの手立ては、最低賃金を引き上げることです。最低賃金が引き上げられると、企業には、会社に与える価値よりも少ない賃金で働くことをいとわない労働者と現労働者とを置き換える「脅しのオプション」がなくなります。
米国全土で最低賃金が引き上げられれば、企業には米国内の別の場所に移転してより低い最低賃金を活用することもできなくなります。
反対派からは「最低賃金の引き上げが雇用の削減につながるのでは?」という懸念もありますが、少なくともある程度までそれはなさそうです。労働者に支払われている賃金が彼らの会社への貢献度よりも低い場合には、最低賃金は歪みを作りだすことはありません。かえって、その歪みを取り除くのです。
企業との賃金交渉力を上げる更なる手段が必要
この数十年の間、労働者階級を悩ませてきた所得の停滞を解決するためには、最低賃金の値上げだけでは不十分であり、労働者と企業間の賃金交渉力にバランスを与える更なる手段が必要です。
しかし最低賃金の引き上げは、確かに正しい方向への一歩ではある――。それが筆者のトーマ氏の結論であるようです。
(参照)Economics Isn't Textbook: Why We Need to Raise the Minimum Wage (The Fiscal Times)
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