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松江哲明の『COP CAR コップ・カー』評:ケヴィン・ベーコンを正面から撮れば、良い映画は作れる

2016年04月11日 06:12  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)Cop Car LLC 2015

 『COP CAR コップ・カー』は、ケヴィン・ベーコンが主演と製作総指揮を務め、新『スパイダーマン』シリーズの監督に抜擢された新鋭ジョン・ワッツ監督が手がけた作品で、一見すると地味なのですが、まさに“拾い物”といっていい傑作でした。ジョン・ワッツ監督の前作『クラウン』は、イーライ・ロスがプロデュースを手がけた作品とのことで、ヒューマントラストシネマ渋谷で観たんですけれど、正直、さほど印象には残りませんでした。しかし、本作はそのときのイメージとは全然違う。もし、これがデビュー作であれば、それこそ“驚異の新人”と銘打って売り出されたんじゃないかと思えるくらい、センスが炸裂しています。


参考:松江哲明の『LOVE【3D】』評:見世物的な面白さ以上の、豊かな映画体験が待っている


 まず、本作がおもしろいのは、ケヴィン・ベーコンひとりしかスターは出ていないのに、様々な映画の要素がうまく採り入れられていること。悪徳警察官に追われるサスペンスであり、『スタンド・バイ・ミー』を思わせるような少年たちの成長物語であり、さらにデヴィッド・リンチ的な不条理性もある。それでいてどこか寓話的で、映画の魅力がぎゅっと凝縮されているんです。


 一方で、脚本や演出には一切無駄がない“巧い映画”でもあります。そもそも、この脚本の脚本の面白さを見抜いて、プロデューサーまで買って出たケヴィン・ベーコンの眼力にも脱帽です。決して派手な物語ではないから、よほどセンスが良い監督が撮らないと、グダグダな映画になりかねないのですが、ちょっとしたカメラワークや演出、演技のプランが絶妙で、とても“観せる”作品に仕上げている。また、背景の説明も必要最小限で、ケヴィン・ベーコン演じる警官がなぜ、屍体を運んでいたのかさえ描かない。しかしながら、少し観ただけですっとその世界に入っていけるように、隅々まで演出が行き届いています。それによって、ケヴィン・ベーコンは単に頭のおかしい警官ではなく、非常にクレバーな一面を持った恐ろしい大人として映るし、男の子同士の関係性も活きてくる。


 また、本作を優れた作品にしている要素のひとつに、カメラの位置の適切さもあります。ただベタッと撮るのではなく、どこかに不穏さを感じさせるカメラワークで、観ていて緊張感があります。映画的な快楽を追求している、と言い換えることもできるでしょう。たとえば、広い荒野をシネスコのロングで捉えて、フレームの中に車が入ってくる様をじっくり撮ったり、縦の構図で見せたり、すごく映画らしい絵作りをしています。子供たちがパトカーを運転するシーンも、彼らのわくわく感をうまく伝える一方で、観客には「あ、危ない!」と思わせるように描いたり、細かい気配りが効いているんですね。そのカメラワークをちょっとでも間違えたら、ビデオスルーの未公開映画になっていたと思いますが、とにかく演出が巧くて、平均点以下のショットは絶対に撮らないという気迫があります。


 銃撃戦のシーンも非常に素晴らしいです。最低限の発砲数でタイトに描いているんですが、その開始の合図となる一発がとにかく鮮烈。それほど長いシーンではないけれど、あれで十分なんですよね。最小限で最上の効果を生んでいる粋な演出だと思います。やはり映画の基本は引き算ですよ。


 ジャン=リュック・ゴダールが「車と銃と女があれば、一本の映画が作れる」と言っていますが、この映画はまさにそういう作品です。車が動いて、銃での撃ち合いがあって、女はシーバーの声と、あのおばさん。それだけの映画なのに、ものすごく面白い。映画が本来持っている、しかし誰も解明できていない不思議な魅力を受け継いだ、ある意味では古典的な作品と言えるでしょう。2016年のいま公開されている映画だけど、10年前にあっても不思議ではないし、それこそ70年代にあってもおかしくない。この映画がそうした魅力に満ちていることに気付いたケヴィン・ベーコンは、やはりすごいと思います。たぶん、もし彼が製作総指揮を務めていなかったら、「もっと派手にした方が良い」とか口を出す人が出てきて、駄作になっていたかもしれません。しかし、最低限の演出にとどめることで、絶妙な作品になっています。


 実は、この映画を観る直前に『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』を観たんですけれど、個人的にははっきり言って『COP CAR コップ・カー』の方が断然面白かった。『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』は、いろいろと面白くない理由はあるんですけれど、なんといっても交通整理がうまくいっていなくて、原作のコミックの世界観を大事にしているのか、映画としての魅力を大事にしているのか、よくわからなくなっていました。ところどころで事故が起こってしまっていて、がっかりする部分が多かったです。ザック・スナイダー監督はセンスのある監督だと思うし、『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『300 〈スリーハンドレッド〉』、『ウォッチメン』なんかは文句のない傑作だったと思います。しかし、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』は、大人の事情が見え隠れして、うまく着地させることができなかったという印象です。そのガチャガチャした絵作りを観たあとということもあって、おそらく何百分の一の予算で撮った『COP CAR コップ・カー』の方が、余計に面白く感じました。たとえるなら、『COP CAR コップ・カー』はそれほどスピードは出ていないけれど、助手席に乗っていてすごく気持ち良い車。この運転に身を任せてずっと乗っていたいと思わせるんですね。一方、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』は渋滞に巻き込まれて、一刻も早く降りたかったです。


 また、ケヴィン・ベーコンの存在感も素晴らしかった。下手にお金をかけるより、ケヴィン・ベーコンをしっかり正面から撮れば、良い映画は作れるんですね。彼は本当におもしろいし、自分のおもしろさを客観的に捉えることもできていると思うんです。日本でいうと山田孝之タイプで、映画の中における自分の役割を理解している役者。その上、洒落もちゃんと分かっているという。ハリウッド映画の悪役とかでは振り切れた演技をしているけれど、ここではちゃんと抑えた演技を見せて、映画の雰囲気を引き立てているんですね。彼は『JFK』で、刑務所の中にいるゲイの男役をしていたけれど、そのときもケヴィンの色をちゃんと消していた。芝居が上手な人は、作品に合わせてそのイメージをちゃんと抑えることもできるんです。それでいて、本作では物語の邁進力にもなっている。急に鉢植えを壊して犬を驚かしたり、ちょっとした仕草に狂気を匂わせつつも、ところどころでクレバーさも見せていて、映画に緊張感を走らせています。


 映画というものは、スクリーンを見上げて鑑賞するもので、僕らはヒーローや悪役を見上げたいんですよ。そういう意味で、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』は、ヒーローものなのに、小さなことにウジウジ悩んでいて、彼らが魅力的に見えないんです。だけど、『COP CAR コップ・カー』のケヴィン・ベーコンは、悪役ながらちゃんと見上げられる人物として描かれている。映画向きの芝居をちゃんとしていて、しっかりセンターに立っているんです。それだけで90分映画を引っ張るのだから、素晴らしいですよ。


 少年の成長物語としても、この映画は秀逸です。思春期前の少年たちの無邪気さと、背伸びしたい感じがすごくよく描かれていて、誰が観てもおもしろい作品になっていると思います。少年たちの長い一日の物語は、後味も良いし、観終わったあとに「良いもの観たな」っていうお得感もあります。入り口はサスペンスなのに、出口では全然違う清々しさが待っていて、そういうところが僕は好きです。隠れた傑作と呼ぶのにふさわしく、映画ファンほど好きになる作品だと思います。それから、映画を志す人にとっても、とても勉強になる作品だとも思います。面白い映画のお手本のような作品ですから。


 『COP CAR コップ・カー』を観て、ケヴィン・ベーコンの旧作を改めて観たくなってしまいました。ちなみにオススメは、『トレマーズ』という1990年のアクションホラー映画。地面の中を這うモンスターをやっつける話なんですが、一見ホラーなのに、どこかおかしくて仕方ないという不思議な魅力があって、「ケヴィン・ベーコンってなんか変…」と最初に思った作品です。ぜひ見てみて下さい。(松江哲明)