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BRZのエンジン開発に込められた“スバル愛”、“水平対向愛”

2016年04月09日 00:41  AUTOSPORT web

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自動車技術会シンボジウム「モータースポーツ技術と文化」
皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか? 不定期に掲載されます私、メカ好き“変態カメラマン”こと鈴木紳平のブログ。今回は、前に一度お伝えした公益社団法人 自動車技術会の主催によって開かれたモータースポーツシンポジウムのレポート第2弾です。かなりタイミングを逸した感はありますが、皆様あたたかい目でご覧ください。

 このシンポジウムは“モータースポーツ技術と文化”というテーマのもと二輪・四輪の技術開発をテーマに対談などが行われるというものです。

 さて今回はスーパーGT300クラスを戦うスバル/BRZのエンジン開発についてのレポートです。今や絶滅危惧種となったJAF GT300規定(2016シーズンは2車種、3台)に沿って開発されたスバル/BRZ。そこに搭載されるEJ20エンジンの過去から未来をお聞きします。
 お話ししてくださったのはスバル・テクニカインターナショナルのパワーユニット技術部の土岐文二さんです。

「まず最初にスバルのモータースポーツへの信念ですが、レースは量産技術の実証の場であり、そこで技術の高さを証明する事によって技術開発と共に一般ユーザーにスバルのクルマを所有する喜びと誇りを持って頂きたいという願いが込められています。それが“Proud of BOXER”です」

 次にスーパーGT用エンジンの開発についてです。

「1997年からWRC(世界ラリー選手権)のエンジンをベースに開発に着手しました。当初はWRCとほぼ同じ性能をもたせていましたが、ラリーとサーキットとの性能要件の違いから低回転トルク型から高回転高出力型へと開発をシフトしていきます」
「近年のスーパーGTはFIA GT3車両の性能向上が著しく毎年、毎戦の進化が必須となっています。そこでシーズン中にも開発が許されるJAF-GTの特色を生かし、車両運動性能向上の一環として、エンジン屋としては徹底的な軽量化、低重心化を推し進めています。

「エンジンの全高はインテークマニホールドまでの高さが470mm、幅が800mmとなっています。排気出口が地上から60mm。エンジンブロックの上端はフロントタイヤの車軸より低い位置(!)にあり、ドライサンプシステムの採用により水平対向エンジンの全高の低さ、という利点を最大限に発揮しています」

「イメージとしては車の横に人が立つとひざ下ぐらいにエンジンがあると思ってください。 ベースとなっているEJ20エンジンですが、このエンジンはとても耐久性に優れ、なおかつどんなチューニングでも受け入れてくれる懐の深いエンジンです」
「例えていうならば“団塊の世代”のようにタフなエンジンなのです」
「ただいつまでもEJ20に頼ってはいられないので現在、次世代のベースエンジンとしてレガシィに搭載されているFAエンジン、レヴォーグなどに搭載されているFBエンジンを開発中です」

 ここからはEJ20内部、周辺機器を見ていきます。

「ピストンはスカート面積の縮小とリブの最適化を図り、量産に対して20パーセント以上高いガス圧に耐え、25パーセントの軽量化を達成しています」
「吸気ポートは現状の吸気能力を低下させずにタンブル( シリンダーに対して垂直方向の縦渦を発生させる )形状の強化をしています。これにより空気の剥離を発生させ10パーセントの熱効率の向上を達成しています。なおこの形状は加工が難しく機械によって基本切削を行った後、一つ一つ手作業にて加工を行っています」

「カムシャフトはシャフトの中空化やDLCコーティングなどを施し、量産に対して40%の軽量化の達成とフリクションの軽減を図っています」

「インテークマニホールドはエンジン構成部品の中でも一番高い位置にある部品ですので、徹底的な軽量化と低重心化を図っています」
「軽量化は材質をアルミニウムからマグネシウムに変えることで2011年のGT300 レガシィに搭載されていたマニホールドに比べ50パーセントの軽量化と形状見直しにより30mmの全高低下を達成しています。この形状見直しには一長一短があり内容積の減少によりレスポンスは改良されたがエンジン前部側の1・2番ポートが奥側の3・4番に比べ空気が入りにくくなるという現象が発生しました。この問題には空気がたくさん入るシリンダーでパワーを出すという開発を行っています」

「エキゾーストは4-2-1の等長形状が望ましいのですが、車両の低重心化と車両パッケージを優先して4-1の最短等長となっています。ただ設計の際、シャシー屋とのせめぎ合いの中でエンジン屋が譲る格好となり若干不等長なエキゾーストになっています。出力に大きく影響はしませんが少なからず不満が残る部分となっています」
「材質はインコネルを使用しています(質問コーナーでの HKS 長谷川浩之社長からの質問で露呈)」

「吸気ダクトは2015シーズンに高速域での出力向上を狙い車体前方空気取り入れ口の大型化、ダクト内部にある円形のエアフィルターまでの形状の最適化を図り2ps(馬力)程度の出力向上を達成しています。2016シーズンには円形エアフィルターの吸気効率を高い次元で均一化し1ps程度の出力向上を見込んだものを投入する予定です」

「ターボチャージャーは小排気量エンジンにとって最重要のパーツになります。スバルは10年以上にわたり石川島播磨重工業社( IHI )と共同で、低回転からの高いレスポンスと高回転時のパワーという相反する性能の達成を目標に開発を行っています」
「2015シーズンはレスポンス確保の為コンプレッサーの外形は変更せずコンプレッサーホイールの羽根の枚数を2014シーズンより1枚増やした6枚の形状にしました。また羽根の高さを増し、入口径を拡大した結果15パーセントの高流量化を達成しています。なお高流量化に対しては慣性モーメントが発生しますがこれも6パーセント以内に収めることに成功しています」

「インタークーラーは2015シーズン、オートポリス戦からコア厚を80mmから92mmへ拡大したものを投入しています。また空気入り口側の配管径も60Φ(ファイ)から70Φへ変更、空気の流れも向上した結果、10度以上の放熱量の増加を達成しています」

 以上の開発により現状は最高出力300kw以上を達成しています。

 皆様いかがだったでしょうか? 量産ベース、小排気量エンジンゆえの開発の難しさを知る事が出来ましたがやはりそこには“スバル愛”、“水平対向愛”を感じとる事ができます。
 土岐さんが講演のなでEJエンジンに“すいません、今度こんな武器や道具を造ったんですけど、これを装備してレースエンジンやスポーツカーエンジンと戦ってもらえませんか?”と問いかけ、自ら“しょうがないなぁ”と、エンジンの声を優しく代弁する場面がありました。会場の空気が一瞬引いたような気もしましたが私的には本当にこの人達、水平対向好きなんだなと感じほっこりしたのを思い出します。

 さてGT300用スバル/BRZの次世代エンジンはまだまだ開発途上にあるようですが私の予想では新しい車体を投入すると思われる来年、遅くとも再来年にはお目見えすると思っています。この時JAF-GT車両がどのくらい生き残っているかは分かりませんが是非ともスバルにはJAF-GTで参戦し続けてほしいと思います。

 いよいよ2016年のスーパーGTが明日、岡山で開幕します。サーキットで、テレビで、雑誌でGT300クラスのスバル/BRZを見たらEJ20エンジンに思いを馳せてみてください。スバル/BRZが活躍していたら「今までの開発が実を結んだんだな。あれはピストンの重さが市販車の4分の1しかないんだぞ」とか、苦戦していたら「リストリクター径小さいのかな」、「GTA もうちょっとリストリクター径大きくしてあげればいいのに」などと仲間、奥様、子供さんに語るも良しです。きっとまた違う角度でスーパーGTを楽しめると思います。

 では皆様スーパーGTの今後ますますのご発展を祈りつつこの辺でお別れしたいと思います。次回、私のコラムは“スーパーGTは松田聖子を目指せ(仮)”をお届けする予定です。最後までお付き合いいただき有難うございました。

 取材に御協力いただきました 公益社団法人 自動車技術会様、三菱レイヨン株式会社 越畑雅信様、NISMO(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)様、スバルテクニカインターナショナル様に改めて御礼申し上げます。