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人間は“孤独”とどう向き合うべきなのか 『孤独のススメ』が投げかける普遍的なテーマ

2016年04月07日 17:11  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2013, The Netherlands. Column Film B.V. All rights reserved.

 孤独は誰の人生にとっても大きなテーマだろう。文学でも映画でも繰り返し登場するテーマでもある。人は孤独から逃れることはできない。孤独は私的で普遍的な問題である。


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 本作『孤独のススメ』は、その人類普遍の問題をユーモアにくるんで静かに語りかける。妻に先立たれ、息子とも絶縁した初老の男フレッドが、無精ひげで会話のできない中年男に出会い、ともに暮らすようになる。彼との共同生活でフレッドは、型にはまった単調な生活から抜け出し、次第に解放されていく。


 本作の原題は「Matterhorn(マッターホルン)」。マッターホルンは、スイスとイタリアにまたがる欧州の霊峰であり、天国に一番近いところとも言われる。フレッドは敬虔なキリスト教信者であり、日曜の礼拝は欠かさない。物語の展開上、キリスト教関連の事物が関わってくることもあり、もし本作が原題のまま公開されていたら、信仰に関する作品として受け止められたかもしれない。邦題は映画ファンの間で作品内容に合わない、などと槍玉に挙げられることも多いが、本作の邦題は特定宗教の枠を超えて普遍的な問題意識に目を向けさせる。


 人は孤独に生まれ、孤独に死んでいく。孤独は富める者にも貧しい者にも等しく持たされる宿命だ。キリスト教色から切り離し、普遍の題材「孤独」をフィーチャーした配給会社の采配は見事であると思う。


 例えば、仏教でも孤独は重要なテーマだ。瀬戸内寂聴は、時宗の開祖一遍上人の言葉「生ぜしもひとりなり、死するも独なり。されば人と共に住するも独なり、そひはつべき人なき故なり」に触れ、孤独を恐れなくなったそうだ。


 人はひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。誰かとともに暮らしていても本質的にはひとりであると説くこの言葉は本作に通ずるものがある。


 本作の監督ディーデリク・エンリケは「宗教的な教義からの解放についての映画というよりは、主人公がある洞察を得ることを巡る話であり、誰にでも当てはまる物語」と語っている。本作は、孤独から得られる気づきを描いた作品だ。


 本作の主人公フレッドが暮らすのはオランダの保守色の強い小さな村だ。そこに「よそ者」の来訪者テオがやってくる。まともにコミュニケーションが取れないテオはどこからやってきたのかもわからない。フレッドはテオを自宅に泊めることになるのだが、周囲は二人に対して良からぬ噂を立て始める。日曜日の礼拝を欠かさない敬虔な信徒でもあるフレッドだが、身元不明の男を泊めた彼の善意は理解されない。彼は村のコミュニティの中で孤独な存在となるが、小さな村の慣習から外れ、超然とした存在のテオに触発されるように、フレッドは自らを解放して、自由な存在となっていく。


 説明台詞もなく、主要役者の表情も敢えて硬めで淡々と展開するため、わかりにくいと感じる方もいるかもしれない。だがこれは思索に耽るための映画だ。


 映画観賞もまた孤独な体験だ。友人や恋人、家族と並んで座っていても、スクリーンと向き合うのは一人ずつなのだ。映画館の暗闇の中、孤独について思いを巡らすのも良い観賞体験になるのではないだろうか。(杉本穂高)