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Juice=Juice主演『武道館』が示したアイドルの変化――恋愛禁止や特典商法の果てにあるものは?

2016年04月05日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

配信限定でリリースされたドラマ挿入歌、NEXT YOU『大人の事情』(UP-FRONT WORKS)

 Juice=Juice主演ドラマ『武道館』が、先日3月26日にフジテレビ、30日にBSスカパー!にて最終回が放送され、無事全8話が完結した。直木賞作家・朝井リョウ作による小説のドラマ化で、劇中の架空アイドルグループ・NEXT YOUを、実在のアイドルグループであるJuice=Juiceが演じるという趣向で放送前から話題だった作品だ。


参考:Juice=Juice主演ドラマ『武道館』放送直前! 3つの切り口から見どころを考察


◆ストーリー内に散りばめられた数々のモチーフ


 原作小説をテレビドラマに変換するという流れにおいて、「ドラマと小説の違い」がどうしても出てくる。ドラマ化する際に削られた要素、置き換えられたり簡略化された要素、またはドラマオリジナルの要素。


 『武道館』では、第1話の放送開始前にテレビもしくはネット上にて「超最速スペシャル映像」と題された1分ほどの予告映像がオンエアされた。これは第1話の予告であると同時に、ドラマ全8話それぞれからの映像が抜粋された全体予告でもあった。そして第1話放送以降に各話の次回予告もオンエアされていったわけだが、それぞれの映像ではストーリーのキーワードとなる煽り文句がテロップ表示されていた。意味合い的に重複しているものを省いた上で列挙すると、だいたい以下のようになる。


 恋愛禁止/水着商法/肥満禁止/特典商法/バッシング/傷害事件/グループ内格差/新メンバー加入


 これがそのまま『武道館』という作品のモチーフの数々となっている。それぞれ振り返ってみると、「水着商法」を描く際には、Juice=Juiceメンバー5人全員が水着になり、雑誌『SPA!』のグラビア掲載とも連動させるという仕掛けが用意された。それまで水着姿を披露したことがなかった者も含まれており、少なくともJuice=Juiceファミリー(※Juice=Juiceファンの呼称)にとってはインパクト大であった。


 劇中で「肥満」に悩むメンバー真由を演じたのは高木紗友希。5人の中では比較的ぽっちゃりしている彼女がこの役に選ばれたのはある種必然ではあった。握手券付きCDに代表される「特典商法」を描いた握手会シーンは、エキストラ出演である本物のJuice=Juiceファミリーたちとメンバーの握手が実際に行われ、リアリティのある映像となった。


 「バッシング」は主にネット上での匿名掲示板、あるいはネットニュースによるものを指す。劇中で宮本佳林演じる愛子が放った「ちゃんと怒らないとロボットみたくなっちゃうよ」というセリフは、いわゆるスルースキルについての反論だろう。「傷害事件」は、2014年5月のAKB48握手会にノコギリを持った男が襲撃した事件、あるいは過去にあった類似の事件がモデルであろうが、実は原作小説内では、そういった事件があったという伝聞でしか描かれていなかった。このシーンを宮崎由加演じるるりかがナイフを持った暴漢に襲われるというシチュエーションで再現したのは、ドラマオリジナルの演出であった。


 「グループ内格差」は、植村あかり演じる碧がNEXT YOU内で一人だけ演技の仕事が入り人気に差が出てきたこと等で表現されていた。NEXT YOUに二期生が加わるという「新メンバー加入」は、同時に金澤朋子演じるリーダー波奈がグループを卒業するという、グループ内の新陳代謝として描かれていた。


 その他、小説内では描かれたがドラマではオミットされた場面やモチーフがいくつかある。たとえば波奈の部屋に集まってたこ焼きパーティーするという場面がそのひとつで、そこでは「無償で利用できる動画共有サイトの是非」というモチーフが示されていた。ドラマ第4話で印象的だった、愛子と碧が「私たち、アイドルじゃなくなった後も生きていかなくちゃならないんだよ」とレッスン場で話すシーンは、小説ではパーキングエリアのベンチでの会話だった。


 約300ページの単行本一冊分の小説を1話20分前後×8話に変換する際、こぼれ落ちるものは多々出てくるだろうが、本作においては、主要モチーフの数々はきちんと反映されていたように思う。それゆえに、駆け足でストーリーが展開していった感は否めない。これが1話1時間で1クール13話ほどのボリュームで描かれたとしたらどうだったのか、観てみたかった気はする。


◆作品を貫くメインテーマ「恋愛禁止」


 こういったモチーフの数々は「テーマ」と言い換えてもいいのかもしれないが、しかしひとつの物語として考えた場合、大元となるテーマは一個でしかあり得ない。複数のテーマを同じ比重で扱ったら「物語」としては成立せず、単なるアイドルあるあるネタ再現コント集になってしまう。原作小説およびドラマにてテーマとして選択されたのが「恋愛禁止」という大ネタであるのは当然といえば当然の帰結だ。


 実際、本作の数ある場面の中で特に大きな盛り上がりを見せたのは、愛子と同級生でなおかつ幼なじみの大地(演:吉沢亮)との恋愛シーンだろう。小説ではキスおよび性交まで描かれたこの場面がドラマではどう再現されるのか、放送前からファンの間で物議をかもしていた箇所だったが、キスについてはギリギリの寸止め、性交については大地の背中に回された愛子の手、というイメージカットで処理された。


 原作小説およびドラマに込められたメッセージ、あるいは問題提起は、「アイドルが恋愛をすることの是非」というものだったのは明らかなところだろう。最終回は、恋愛スキャンダルで武道館に立てなかった愛子からファンへ向けた謝罪動画、というシーンで終わっている。ただしその動画がリプレイされたのは本編から12年後の世界であり、そこでは「昔は、恋愛くらいでアイドルは卒業を迫られたんですよ(笑)」とアイドルプロデューサーが公言する世界となっている。


 こういった世界をSF的な絵空事や理想論として捉えるか、それともそういった未来を目指すべきだと意を強くするのか、そのあたりは視聴者それぞれに委ねられた形だが、少なくとも現代アイドルシーンでは、アイドル本人の恋愛はタブーとされている。本作の主演女優であるJuice=Juiceのメンバーたちも、ドラマ記者会見の席や雑誌インタビュー等のメディア上で「自分たちは恋愛はしない」という旨の発言をくり返している。この風潮が今後変化していくかどうかは神のみぞ知るところだが、実は、本作のオンエア期間中に起こった変化が、ひとつある。


◆「反抗期」?を迎えた宮本佳林


 愛子役を務めた宮本佳林は、デビュー当初よりそのアイドルとして模範的な可愛らしいキャラクター、ふるまいが特徴であり、一部では「アイドルサイボーグ」といった通称で呼ばれることもあった。そんな彼女が、ここ最近「反抗期」に突入したともっぱらの評判なのだ。


 その最初の事例は、現在展開中のツアー「Juice=Juice LIVE MISSION 220 ~Code2→NEXT to YOU~」の一環である、2月21日の柏PALOOZAでのライブMC。筆者本人は直接現場を目撃したわけではなくあくまで伝聞なのだが、観客に向かって「(メガネの人だけじゃなく裸眼の人もコンタクトの人もとっても素敵)……んなわけないだろ」「ドラマ見た人~?(挙手)じゃあ見てない人~?(挙手)……帰れー」と言い放ったりしていたというのだ。


 まあ毒舌キャラのアイドルというのも昨今では特に珍しいわけではないのだが、そういうことを言ってこなかった佳林ちゃんが言ったというところに意味がある。この日のみの気まぐれ発言という可能性もあったのだが、以降もライブMCやラジオなどで同様の発言は続いており、J=JメンバーもMCやブログなどで「佳林が反抗期になってしまった……」と嘆いている。


 この状況に対して佳林ちゃん本人が説明が行った現在までの唯一の機会が、bayfmでのレギュラーラジオ『We are Juice=Juice』3月1日オンエア分であった。本放送での発言を要約すると「恥ずかしくて顔が赤くなることが多くなってきたので、つい口からでまかせを言ってしまう」「(綾小路)きみまろさんっぽくなったんだなと思ってもらえれば」ということになる。


 また、この『We are Juice=Juice』では本放送の他に、おまけトークが足されたインターネット版も随時配信されているのだが、この回でむしろそのネット版の方の内容が重要であった。そちらも要約すると「17歳になって、以前よりもメンバーやファンなどみんなのことがより好きになった」「そうなった時に、前みたいに素直に『好き』と言うことが恥ずかしくなってきた」ということであり、それが毒舌の原因のようなのだ。同ラジオで同席していた金澤朋子からは「それって反抗期というより思春期みたいだよね」という指摘があり、それを受けて佳林ちゃんは「この反抗期は、本来の私の性格なのかもしれない。幼い頃は結構気性が激しかった」と述懐していた。


 この一連の変化が、ドラマで主演を務めラブシーンを演じた経験が引き起こしたものだという見方もあるが、本当のところはあくまで本人にしかわからない。ただ、佳林ちゃんの変化の時期とドラマの放送期間がほぼ一致しているということだけが事実として残っている。ファンはアイドルの活動を通して各々がそれぞれの「物語」を読み取って楽しんでおり、ドラマ放送が終了しても、Juice=Juiceの物語は現在進行形で継続中である。(ピロスエ)