2016年04月03日 20:41 リアルサウンド
4月2日より先行公開が始まった映画『ミラクル・ニール!』はイギリスの伝説的コメディ集団モンティ・パイソンのテリー・ジョーンズが約20年ぶりに監督をつとめた長編コメディだ。それだけでなく、ジョン・クリーズ、テリー・ギリアム、エリック・アイドル、マイケル・ペイリンら同グループの現存するメンバーも声で出演。そして、主演は『ミッション:インポッシブル』シリーズなどで活躍中のイギリス人コメディ俳優サイモン・ペッグである。同作は、いわば新・旧英国コメディスターが夢の競演を果たした作品だ。
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ところで、みなさんは“イギリス人コメディ俳優”にどんなイメージをお持ちだろうか。日本でも比較的知られている人物としては、『Mr.ビーン』のローワン・アトキンソン、『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』で知られるサシャ・バロン・コーエンあたりの名前が挙がるだろう。彼らのほとんどが過激でシニカル、時に自虐的な笑いを得意としているため、親しみやすいイメージを持つ方はそう多くはないはず。そして、そんなイギリス人コメディ俳優たちに大きな影響を与えてきたのが、他ならぬモンティ・パイソンなのである。彼らは宗教裁判や政府、さらには王室すらネタにするタブーのなさ、オチのないシュールなコント、ポップなビジュアルで笑いに革命をもたらした。一方でそのユーモアは極めて毒が強く、難解なイメージを持たれることも多い。
本作『ミラクル・ニール!』もモンティ・パイソンらしく、主人公が宇宙人に全能の力を授かり、その力をどう使うのかを監視されるという皮肉に満ちた設定の作品だ。ところが、思いのほか温かみのあるライトな作品に仕上がっているのである。これは、ひとえに主演サイモン・ペッグのキュートな魅力によるところが大きいのではないか。現在インターネットの検索エンジンで「サイモン・ペッグ」と入力すると予測検索で親友「ニック・フロスト」や「かわいい」といったポジティブな単語ばかりが並び、いかに彼が愛されているかがわかる。なぜペッグは旧来のイギリス人コメディ俳優らしからぬ“愛されキャラ”になることができたのだろうか。彼の生い立ちや、過去のイギリス人コメディ俳優との比較から考えてみた。
■複雑な環境から生まれるイギリス人コメディ俳優たち
モンティ・パイソン以降のイギリス人コメディ俳優の多くは高学歴であったり、宗教的に厳しく複雑な環境に育った人物が目立つ。例えばモンティ・パイソンの象徴的な人物グレアム・チャップマン(故人)は警官の父親を持ち、ケンブリッジ大学を卒業した医師でもあった。他のメンバーも多くがオックスフォードなど名門卒のインテリ、また軍人の子息であったり、厳格な家庭の者が多い。また、ローワン・アトキンソンは聖歌隊学校の出身で、幼いころからキリスト教のある種のコミュニティで育ってきた。彼も大学では電子工学を専攻し、オックスフォード大学院に進んだインテリである。“エミネムに尻ダイブした男”ことサシャ・バロン・コーエンは、ペルシャ系イスラエル人の母親を持ち、ユダヤ教の中流家庭に育った。その後はケンブリッジ大学で歴史を学んでいる。程度の差はあるにしても、彼らは組織や宗教、イデオロギーや人種をシニカルな目で見やすい環境にあったのではないだろうか。
■イノセントなオタク=サイモン・ペッグ
一方のペッグは、7歳の時に両親の離婚を経験しているものの、イングランドののどかな街・グロスターシャー州の中流家庭で育った。また、ニック・フロストとともに公言しているとおり無神論者である。そんなペッグが幼いころに興味をひかれたのは『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』そして『ドクター・フー』といったSF作品、スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカスらの映画、そして音楽などのカルチャーだったのである。こういったものに触れることができたのは、母親が元女優、父親が元ミュージシャンという環境も影響しているのだろう。
ペッグの自伝「Nerd Do Well」(オタクは成功する)はページのほとんどが映画のタイトルや俳優など埋め尽くされ、彼の人生がいかに映画で構成されているかを教えてくれる。また、ペッグと盟友エドガー・ライト監督が作り上げた『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!』などの作品には『ハート・ブルー』をはじめとする映画パロディが多数登場する。これは、彼らがシニカルな表現で批判することより、何かを好きであることをひたすらに語るイノセントなオタクであることの証なのである。屈折せず、好きなことをストレートに表現する人間は魅力的……実に当たり前のことがペッグがモテる理由なのではないだろうか。
『ミラクル・ニール!』は、そんなペッグのイノセントな存在感と、毒のあるモンティ・パイソンの世界が上手く調和した素敵なコメディに仕上がっている。モンティ・パイソンファンとペッグ、どちらの魅力も味わえる入門編的な作品としておススメしたい。(藤本 洋輔)