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乃木坂46の新曲にみる、秋元康の“仮想敵”とは? サウンドの特徴から分析

2016年04月03日 13:51  リアルサウンド

リアルサウンド

乃木坂46『ハルジオンが咲く頃(初回仕様限定Type-A)』

参考:2016年03月21日~2016年03月27日のCDシングル週間ランキング(2016年04月04日付)2016年04月04日付


 今週のシングルランキング1位は、乃木坂46『ハルジオンの咲く頃』。初週75.0万枚を売り上げ、前作『今、話したい誰かがいる』を上回って自己最高のセールスを記録した。


 『紅白歌合戦』にも出場し、デビュー4年で人気アイドルグループとしての座を盤石にしつつある乃木坂46。グループのイメージとしては“躍進“から”安定“へと徐々に移り変わっていきそうなものだが、少なくともセールス面ではまだまだ上昇気流が続いていることを示した形と言える。


 というわけで、今回の記事ではこの「ハルジオンの咲く頃」の楽曲を分析していきたい。というのも、実はこの曲、かなり意図的なバランス感覚でダンス・ミュージックを換骨奪胎したサウンドになっているのである。


 この「ハルジオンの咲く頃」は、グループを卒業する深川麻衣がセンターをつとめるナンバー。リアルサウンドに掲載されているインタビューでは、彼女は楽曲の印象をこう語っている。(http://realsound.jp/2016/03/post-6852.html


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 曲をいただく前は「どんな曲になるのかな? バラードとかしっとり系なのかな?」と思っていたんですけど、実際に聴いてみたらすごく春らしい曲で。アップテンポの明るい曲調だし、歌っているときもしんみりすることなく自然と笑顔になれて、すごくいい曲だなと思いました。


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 取材を担当したライターの西廣智一氏も「彼女のイメージにぴったりな春らしい温かな楽曲」と記している。たしかに、一聴して最も印象的なのは、豪華で、かつ爽やかなストリングスの響き。軽快なテンポ感もあいまって、明るく晴れやかなポップソングの仕上がりになっている。


 ただ、実はこの曲、ここ最近のJ-POPにはかなり珍しい構造を持つものなのである。ポイントは、コード進行がとてもシンプルなこと。イントロもAメロもBメロもサビも、全て「E → B/D# → C#m → A」になっている。


 ここで使われている「I → V → vi → IV」は、まさにポップスの王道として用いられるコード進行の一つ。『アナと雪の女王』主題歌の「レット・イット・ゴー」や、アデル「サムワン・ライク・ユー」など、海外の数々のヒット曲でも用いられている。


 とはいえ、一つのコード進行をずっと繰り返していく曲構成は、展開の多彩さが求められる今のJ-POPの楽曲には少ない。むし同じフレーズをミニマル的に繰り返す中で少しずつテンションを高めていくダンス・ミュージックに多いパターンだ。もしくはワンフレーズのループから作る90年代のR&Bやヒップホップにも多いパターン。この曲のBメロがラップ調になっているのも、同じコード進行の上で曲を展開させる必要性からもたらされた、いわば構造的な理由がもとになっている。


 そして、サウンドの骨組みとなっているのはEDMの要素だ。四つ打ちのリズムに、オクターブを上下するシンセベース。スネアのフィルを細かく刻むサビに向けてのビルドアップ。ブリッジでのキックの使い方も含め、ここまでダンス・ミュージック的なサウンドの骨格を持った楽曲は乃木坂46には珍しいだろう。


 しかし、そういう構造を持った楽曲から「ダンス・ミュージックっぽさ」を骨抜きし、あくまで「春らしい」印象のJ-POPに仕上げているのがこの曲のアレンジの巧みさだ。リズムの音色からは音圧が抜かれ、ベースの低音も意図的に薄くされている。その代わり、ストリングスはリッチに重ねられ、フレーズも派手に動き、耳がそちらに行くように調整されている。


 この「ハルジオンの咲く頃」の作曲は、Akira Sunset・APAZZIという2名のコライトによるもの。前作「今、話したい誰かがいる」に続いての起用で、現在の乃木坂46を支えるソングライターチームだ。スタッフからも絶大な信頼を集めている作曲家だとは思うが、しかし、こちらの記事によると(http://realsound.jp/2016/03/post-6850.html)、この曲の制作にあたっては、秋元康の意向でアレンジを何度もやり直したという。トークアプリ「755」でのAkira Sunsetと秋元康のやり取り(https://7gogo.jp/akimoto-yasushi/9134)でも、そのことに触れられている。


 秋元康の持論に「ヒット曲に大事なのは田舎の漁港のスピーカーから聞こえるかどうか」というものがある。筆者がかつて『別冊カドカワ 総力特集 秋元康』の制作を担当していた時に聞いた話だ。かつて80年代に『ザ・ベストテン』の構成作家をやっていたときに、鹿児島の漁業組合の拡声器のような小さなスピーカーで、音が割れるようなひどい音質で田原俊彦の「NINJIN娘」を聴いた。その時に「これが歌謡曲なんだ」と思った、という話。


 その後もテレビなどいろいろな場所で語っているので有名なエピソードだと思うのだが、その時に秋元康がいつも“仮想敵”として語るのが低音域なのである。「スタジオではミュージシャンやディレクターから『このベース、格好いいでしょ』と言われる。確かにJBLのいいスピーカーで聴いたら『お、いいね』となるけど、あの漁港のスピーカーからは聴こえない。だから『いいから、一番小さなラジカセを持ってきてくれ』と僕は言うんです」――てな具合に話が続く。


 現在も秋元康はこれを一つの信念としている。スタジオで聴き取れるような細かいニュアンスにこだわってもマスには届かない――というのはヒットメーカーとしての一つの態度ではあると思う。


 だが、それを踏まえてAKB関連の楽曲のサウンドを高音質なヘッドホンで聴くと、どの曲においても「不自然なほど低音域がカットされている」ということに気付くはずだ。最先端のテクノロジーを駆使して田舎の漁村のスピーカーや小さなラジカセをシミュレートしているような、そんな不思議な感触がある。


 おそらく、この「ハルジオンの咲く頃」の制作過程においても、Akira Sunsetと秋元康のあいだで、そういうやり取りが繰り返されたのではないかと推察できる。曲の構造としてはダンス・ミュージックを採用しながら、そのサウンドに必須の要素である低音域の音圧を思いっきりカットすることで、乃木坂46らしいポップソングに仕上げている。


 そういう意図が突き詰められた一曲が実際にグループ最大のヒット曲となっている、というのもとても興味深い状況だ。(柴 那典)