2016年04月03日 11:12 弁護士ドットコム
タレントやモデルとして勧誘された若い女性たちが、本人の意に反するかたちでアダルトビデオ(AV)への出演を強要されている――。そんな被害の実態をまとめたNPO法人ヒューマンライツ・ナウの調査報告書が3月上旬、大きな注目をあつめた。
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だが、この報告書をめぐっては、AV業界関係者からインターネット上で疑問を呈する声があいついだ。現役AV女優のかさいあみさんはツイッターで「無理やり出されてる人一人も見た事ないのですが」とつぶやいた。
元AV女優の川奈まり子さんも、フェイスブックに「AV業界が悪くなってるってことはありません」「年を追うごとに良くなっていってるので、なぜ今、こういうふうに糾弾されるんだろう?と不思議に感じました」と投稿した。
川奈さんは引退後、実話怪談や官能、ホラー小説などの作家として活動している。AV監督の溜池ゴローさんが夫ということもあり、現在も業界の内情にくわしい。今回の報告書を読んで、どのようなことを考えたのか。川奈さんに聞いた。(取材・構成/山下真史)
――まず、今回の報告書を読んでどう思いましたか?
AV業界の人にとって、フェアじゃない内容だと思いました。いちばん大きな問題点は、すべてのAV出演について、職業安定法と労働者派遣法上の「有害危険業務」であるかのような印象操作がされていることです。
たしかに、AV出演が問題になった事件があり、裁判所がその当事者の個別ケースについて、職業安定法・労働者派遣法上の「有害危険業務」にあたると判断したケースはあります。
でも、すべてのAV出演が「有害危険業務」というわけではありません。それにもかかわらず、報告書は「AV出演は合法ではない」と、誤った印象を与える記述になっています。
――「AV業界の人」とは、どういう人ですか?
現役AV女優の数は、4000人~8000人とされています。さらに、メーカーの営業や広報、事務や制作で働く社員や、カメラマンやデザイナー、プロダクションのマネージャー、兼業でやっている技術職の人などを含めて、10万人くらいいるといわれています。この人たちのことです。
AV業界の人というと、暴力団のフロント企業のようなイメージを持つかもしれませんが、そうではありません。納税者であり、消費者であり、一般人です。今回の報告書は、そんな人たちを路頭に迷わせかねない「危険な決めつけ」だと思いました。
――出演強要はないのでしょうか?
撮影にあたって、普通、強要は考えられません。メーカー(AVを制作・販売する会社)からすれば、そんな警察沙汰、裁判沙汰になりそうなトラブル・リスクは避けたいからです。
――プロダクション(マネジメント会社)が出演を強要しているのでは?
私の現役時代(1999~2004年)には、たちの悪いプロダクションがいくつかありました。AV女優が「やめたい」と言ってもやめさせてもらえなかったり、「別のプロダクションに移りたい」と言っても邪魔されるという話も聞きました。
今はそういうプロダクションの話は聞きません。もしかしたら、少し存在しているのかもしれませんが、私は把握していません。今のAV業界は、女優たちを守るためにいろいろな方策をとっているのが実情です。
――どんな方策なんでしょうか?
たとえば、メーカーやプロダクションは面接シートをつくっています。その中には、女の子がされたくないことを細かくチェックする「NG事項」が設けられています。もし、「NG事項」を破ったことがあとでバレたら、その制作会社や監督などは業界から干されたり、作品は発売中止になったりします。だから、通常、破られることはありえません。
また、女の子が「出演同意書」にサインしないと、撮影できません。マネージャーが勝手にサインすることが起こらないような仕組みもあります。
ただ、撮影現場では、監督の「良心」にまかされている部分もあります。たとえば、女優が痛がったとき、撮影を中止する監督もいれば、我慢させて撮影をつづける監督もいます。
――川奈さんは現役時代、嫌なことをされたことはないですか?
嫌なことを無理やりさせられたことは一回もありません。だから、もし今も現役だったら、今回ツイッターで反発した女優さんたちと同じように、「どこの世界の出来事ですか?」「今どきのAVでこんなのありえない」とつぶやいたと思います。
彼女たちが反発したのは、身の回りで出演を強要された被害を聞いたことがなく、実際の被害件数も少ないからでしょう。数千人のAV女優のうち4年間で93人という被害遭遇確率の低さからも、それはおわかりになるかと。もちろん、少なければいいという話ではありません。1人でも被害にあったらいけないことです。
――AV出演をめぐる問題はないのでしょうか?
問題がないわけではありません。それは、AV女優を含めた出演者たちが、労働者としての権利を充分に守られていないということです。
そもそも、女優はプロダクションとマネジメント業務委託契約を結んでいる個人事業主というあつかいです。だから基本的に、ケガをしたり、病気をうつされた場合、自分で治療費を支払わないといけません。プロダクションも「自己管理してください」という態度です。
良心的なプロダクションの場合、病気の治療費を出したり、撮影現場でケガや性病感染などのトラブルがあったときには、制作サイドに治療費を請求してくれたり、時には弁護士を紹介してくれたりということもあります。でも、そこまで女優の面倒をみてくれないところも少なくありません。
――ほかにはどんな問題がありますか?
出演者の肖像権が守られていないことや、著作権にまったくタッチできないことも問題です。私はここがいちばん大きな問題だと考えています。
――具体的にどういうことですか?
メーカーは「白素材」という無修正のマスターテープを保管しています。そして、一つの作品が販売されたあとも、その白素材を再編集し、別のパッケージにして売りつづけます。しかし、女優など出演者には1作品目の出演料だけしか入ってきません。
――川奈さんもそういうことがあったんですか?
私が出演作品としてカウントしているのは、約400本です。しかし、引退から10年以上経っていますが、私が出演しているとされるAVがいまだに発売されつづけ、総数が千タイトルをはるかに超えています。引退後は私のAVが発売されたという事実すら知らされたことがありません。
また、無修正作品に出演した覚えは一切ないのに、ネット上に出回っていることがあります。そのメーカーはすでに倒産しているので、当時所属していたプロダクションを介して、関係者に苦情を入れたところ、その後、警察に「白素材が盗まれた」と盗難届を出したと聞きました。
警察もろくに捜査をしないので、犯人は捕まりません。法律事務所に相談に行ったけれど、「いったんインターネットに流れると、物理的に完全になくすることはとても難しい」という説明でした。泣き寝入りです。
――どうして、無修正が流出するのでしょうか?
私のケースでもそうだったのですが、メーカーは倒産するとき闇金融など、あやしい金融業者からお金を借りていることが多々あります。そんな業者からすれば、白素材はおいしい「財産」なわけです。そのあたりから、流出しているのではないかと思います。
――白素材の流出を防ぐための手立てはないのでしょうか?
いつまでも白素材がメーカーの元に残っている状況を変える必要があります。そのためには、二次使用、三次使用を禁止にすべきです。もしくは、白素材の保管方法を検討したり、メーカーが倒産したときに「白素材」をどうするのか、事前にとり決めておくというのもいいかもしれません。
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(弁護士ドットコムニュース)