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LD&K大谷秀政氏が提案する、音楽活動の新たな枠組み「これからは自立するアーティストが増える」

2016年03月31日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

LD&K大谷秀政氏(撮影=竹内洋平)

 音楽レーベル運営に加え、カフェやレストランなどの飲食事業、ライブハウス事業、書籍出版事業など多角的な事業展開を行っている株式会社エル・ディー・アンド・ケイの社長、大谷秀政氏。リアルサウンドでは一昨年、同氏のインタビュー記事(「CDの売上が3分の1でもアーティストが存続できる形を作ってきた」)を掲載し、“音楽が生み出される環境”の改革を目指す同氏の経営スタンスは大きな反響を呼んだ。そして同社は2016年1月、クラウドファンディングプラットフォーム「we fan」をスタートさせ、音楽制作における資金調達においても新たな提案を行なっている。今回のインタビューでは「we fan」を始めた動機をはじめ、大谷氏の音楽ビジネスに対する考え方を改めて訊くと同時に、社長生活25年を迎えた氏の仕事観についても語ってもらった。(編集部)


・「音楽活動が新しい次元に入っていく」


ーー今年1月より、360度アーティスト支援型クラウドファンディングサービス「we fan」がサービスを開始しました。こうしたサービスをやろうと考えた経緯とは?


大谷:音楽業界はメジャーのレコード会社と音楽事務所で、何年もCDを売るための同じ仕組みで成り立ってきました。しかし、今の市場とはいまいちリンクしていない部分が出てきていると思います。「CDが売れなくなっている」という事実が明らかになっていているなかで、万単位でCDを売ることができないアーティストはレコード会社との契約が終わってしまう。じゃあ契約が切れたアーティストは音楽を辞めるのか、というと辞めないわけで。そこを何とかできる枠組みがないかなと思っていたんです。レコード会社が悪いというわけではなく、レコード会社が受けきれないところをどうしたらいいか、音楽の文化活動を支えるために何かしなければということを、ずっと考えてきました。


ーー現在の音楽市場に合った仕組みを作るということですね。


大谷:そうです。例えば、CDを出すには、レコーディングのためのスタジオを押さえて、エンジニアを押さえて、そのアーティストのサポートも含めてやらなくてはいけない。レコーディングの後には、プレスして、デザインも発注して、宣伝もして、CD店に置いて…と、多くの工程があります。その資金が回収できるまでには、少なくとも8カ月くらいはかかるんですよ。大きな仕事になれば莫大な金額がかかるし、それを事務所が建て替えるのも厳しい。昨今の音楽業界の事情は広く知られていますから、レコード会社やレーベルに対し、銀行もそう簡単にはファイナンスしてくれないでしょう。だから、ファイナンス機能と流通機能、宣伝機能を持ってアーティストが音楽を続けられる新たな仕組みが必要だった。それが「we fan」を作ったきっかけですね。


ーー打首獄門同好会のZepp TokyoワンマンライブのDVD化というプロジェクトなど、さっそく成功例が出ています。


大谷:そうですね。打首獄門同好会のファンディングは1500万円も集まったので、かなり豪華なDVDにしなければならなくなりました(笑)。これまでクラウドファンディングというとIT企業が中心でしたが、LD&Kには宣伝機能があり、ライブをする場合の会場を押さえるノウハウもある。それから楽曲を作るときには著作権登録もできます。これは、これまでのクラウドファンディングにはなかったことですよね。うちはレコーディングスタジオもあるし、グッズも作れて一気通貫で全部できるので、アーティストをいろいろな面でサポートすることもできるんです。


ーー「we fan」の根幹には、そもそもLD&Kが持っていたレーベル機能があったということですね。


大谷:飲食も含め、うちの主義としては自分でプランを立てて、長い目で見るということがあります。まあ、レーベル以前に事務所なので。事務所というと、やっぱりアーティストの人生を見なければならないでしょう。また「we fan」には、仕組みとしてできるだけシンプルにしていくという意味もあります。例えばCDの複数形態。その仕組み自体は悪いとは思いませんが、少なくともエコじゃない。CDじゃなくてもいいじゃん、と思うんです。


ーーCD以外の選択肢を示していくと?


大谷:そうです。これまでは、そのほかのパターンがなさ過ぎた。メジャーか、メジャーでないか。大手の事務所に所属しているか、していないか……そういうことが大きすぎたんです。もっといろんな選択肢があっていいと思う。これはCDに限らない問題で、書籍はもっとひどいですよね。出版しても半分くらいの返本を抱えてしまう。でも「we fan」だとある程度の必要数が見える。それでどれくらいの費用で作ればいいのか、というところが読めるわけです。無駄を省くことで全体のペイラインが下がって、アーティストにとっては活動の幅が広がると思います。アーティストの中にはどう活動していいか分からない人もいますが、そうやってフレキシブルに相談にのってあげることもできるので、事務所に所属しなくても音楽で生活ができやすくなりますよね。そしてアーティストが直接ファンを増やして活動を広げて……それが本来あるべき姿かなと。自分で活動を管理できるから、基本的にはやろうと思えば何でもできる。音楽活動をするということ自体が、新しい次元に入っていくんじゃないですかね。


ーーそのような新しい時代がくるということは、どれくらい前から予見していましたか。


大谷:10年くらい前かな。最初から、そういう時代が来ると思ってやってますけどね。ちょうど今日(取材日は3月18日)が25年前に僕が会社を登記した日なんですよ。


ーーおめでとうございます!


大谷:ありがとうございます(笑)。まあ、そこからですよね。世の中ちょっとおかしいんじゃないか、というところから会社を始めたので。


・「自分で何かを作り出す」


ーー大谷社長が20代で起業されたお話も伺いたいのですが、どんな動機があったのでしょうか。


大谷:単純に勤め人ができないからですよ(笑)。満員電車に乗りたくないし、“アンチ年功序列”みたいなところもあるから、大きい社会の歯車の仕組みみたいなのはちょっと無理だなと。だから自分でやるしかないなという。
 
 僕は一度、20代前半の頃にホームレスを経験しているんです。会社を立ち上げて2年目の半ばくらいにイベントをやって、それが大赤字になって。2晩で600万くらいでしたかね。でも自業自得だから納得もいく。その時は返済のことを考えると気が遠くなりましたが、とにかく企画書を作るしかなかった。ただ、良かったのは当時はちょうどバブルが崩壊したときなんですよね。世の中がガッタガタになっていて、すると意外に若者の言うことが認められやすくなって。これまでの大人の社会からパワーシフトが起きて、新しい人の意見を聞こうという時代になったんです。


ーーパワーシフトが起き、これまでのビジネスに隙間ができて、社会全体にチャンスが訪れたと。


大谷:チャンスでしたね。でも僕は広告代理店の下請けのような仕事や、当時流行っていたダイヤルQ2には手を出さなかった。自分で何かを作り出さなければと思っていたんです。ある程度カッコよく生きたいと思っていて。“武士は食わねど高楊枝”じゃないですけども。


ーー最初から受託ビジネスではないところで勝負したということですね。また、パワーシフトは音楽業界において2010年代の今も続いているのではないでしょうか。


大谷:変化しているとは思いますが、根底は変わらないと思っています。今回「we fan」でアウトプットの仕組みを作りましたが、新人開発をして、育てて、デビューさせて、その音をCDやライブで聴かせて、感動させて……って、やっていることは以前と全く変わりませんから。


ーーなるほど。それでは音楽が生まれる現場、ミュージシャンが音楽を作って発信する環境はどうでしょうか。


大谷:基本的には、環境としては変わってないと思います。音楽はなくならないと思っているので悲観的な要素はないですね。発信の仕方は仕組みによって変わっていっても、アーティストはいなくならないと思っているので。LD&Kは日本レコード協会に加盟していますが、IT業界や飲食業界と比べると比較的年齢層が高い。エンターテインメントの業界ですから、若い人の感覚もあってもいいんじゃないかと思いますけどね。


・「もっと楽しい街に」


ーー飲食事業においては、下北沢にカフェ「propaganda」、神泉にすき焼き専門店「むじなや」、2016年2月9日には炭火焼ジビエ「焼山」が中目黒にオープンしています。店舗展開も拡大著しいですね。


大谷:音楽もそうですけど、基本的には誰か「やりたい」という人がいて、それをやりやすいように受けているだけなんですけどね。そして店舗だと、店長以下の社員のスタッフに自分の仕切りたい店ができてくる。その希望を叶えているような状況になっているんですね。月に何度か独立した人からの相談にのることもあって、なんか“渋谷の父“みたいになってきている(笑)。ただ、実行する限りビジネスとして成立しないといけない。そのためにいろいろ頭を使って、まずやってみるんです。スクラップ&ビルドみたいなこともありますけど、「なんとかするんだ!」という胆力だけでやってきたところもあります。


ーーLD&Kの本社があり、カフェも展開している渋谷もこれから変わっていきそうですね。


大谷:僕は“渋谷の街づくりプロジェクト”に参加していますが、これからより一層変わっていきますね。オフィスビルが増えて、商業ビルも建ちます。


ーーそうすると、新しいオフィスビルにカフェを出してほしい、といった誘いもたくさん来ているのでは?


大谷:飲食は一応頼まれているんですけど、いつも断っているんですよ。どうしても猥雑な路地とか路地裏とか路面店が好きなんですよね。それにうちのコーヒーは濃いんですよ。万人ウケするものを作って大衆を狙うと価格競争になる、ということもありますが、うちのコーヒーが好きと言ってくれる人が世の中には5%くらいはいる。渋谷には、商圏人口として1000万人くらいいるんですよね。そうすると5%でも50万人――それだけいれば、店は成り立ちます。だから駅ビルに出店してビジネスをするという戦略ではないんです。


ーーその発想は音楽事業でも一貫していることですよね。


大谷:そうですね。大衆を狙うビジネスは大きな資本がやるべきだし。そこは棲み分けでいいんじゃないかなと。昔と変わらず音楽はみんな聴いていると思うし、うちはライブハウスも運営していて、しっかりお客さんが入っています。タワーレコードさんも渋谷にはあるし、チャンスはあると思う。それと僕みたいな人が、もっと世の中にいっぱい増えるのが理想ですよね。いろいろな味のコーヒー屋があったほうがいいと思うし、いろいろな店があったほうが楽しい世の中になると思う。だからうちから独立した人も応援しているんですよ。もっと楽しい街にしようぜ、ということで。自分1人だとやっぱり限界があるから、もっといろいろな店があって、楽しいと思って来てくれる人が増えてもいいわけじゃないですか。


ーー“渋谷の父”としてのお言葉です(笑)。最後にLD&Kの今後の展望についても聞かせてください。


大谷:「we fan」で言うと、これからは例えば大きなレーベルに所属している影響力を持ったアーティストも含めて、自立するアーティストが増えてくると思います。それで、もう少し混沌としてくるということですよね。混沌から、もう1回やり直すというところが必要なんじゃないかと。レーベルとアーティストの在り方や、CDをはじめとするこれまでのフォーマットに疑問を持っているところから変わっていくと思います。LD&Kは今の音楽業界の状態を予測して、以前から音楽レーベルとして360度ビジネスを展開していて、これからも胆力をもって何とかしていくだけですね。


ーーそれは、音楽以外にも様々な業種を研究してこられたことが大きいのでは?


大谷:いや、自分がやりたいことしか本当にやってきてないので、実際は研究してなかったんですけどね。研究というわけではないですが、「we fan cafe」(http://www.ldandk.com/3173/)というのを最近始めまして、これは面白いですね。毎週火曜日の昼間に3枠くらいとって音楽に限らずビジネスの相談をいろんな人から受けているんです。例えば「バンドでセッションをできるようなアプリを作りたい」とか「海外との交流事業としてのアーティストを交換してイベントをやりたい」、音楽以外だと「八王子のナポリタンを宇都宮の餃子みたいに広めたい」とか、いろいろな人が相談に来てくれるんです。千本組手のように次に何がくるか分からない状況で、おっしゃ来い、よっしゃ来いって。それで相談を受けると言った限りは勉強をしなければならないんですよ。それが楽しくて。そこで起業したい人とか若い才能にも出会えて、今まで興味がなかったことでも勉強して刺激になっていますから、LD&Kとしても新規事業がまた広がっていきますよ。(取材=神谷弘一/構成=橋川良寛/取材協力:Cafe BOHEMIA)