2016年03月30日 17:01 リアルサウンド
GReeeeNが3月30日、ニューシングル「始まりの唄」をリリースした。すでに新生活をテーマにしたエイブルのCMで流れ、多くのリスナーに届いているこの曲は、多くの出会いと別れが訪れる春らしく、夢を追いかける全ての人を勇気づけ、優しく背中を押してくれる。まさにGReeeeNらしい応援ソングと呼べるだろう。
彼らが紡ぐ言葉は、いつでも決して難しいものではない。ワンフレーズを切り取ってみれば、日常にあふれている言葉――それが応援ソングとして、圧倒的な説得力を持つのはなぜだろうか。「始まりの唄」でも、<今日まで過ごした これまでの物語>を愛おしみながら、<今日から始まる物語>へと夢を描く主人公の姿が明確に像を結び、その決意が胸に迫る。詞、曲、歌声が一体となったときに伝わる、大きなパワー。それは、GReeeeNメンバーの大らかでポジティブな人柄と、何より音楽にかける思いの強さから生じているに違いない。そのことを確信できる本が、3月11日に刊行された。
東北地方を中心に未曾有の被害をもたらした、東日本大震災から5年。人気ドキュメンタリー作家・小松成美が4年の歳月をかけてメンバーと周囲の人々を取材し、書き上げた渾身の“青春小説”が、『それってキセキ~GReeeeNの物語~』(角川マガジンズ)だ。
GReeeeNの結成秘話、あの2011年に福島で歯科医療に従事していたメンバーたちの知られざるエピソードも精緻に描かれており、ドキュメンタリーと言っていい内容だが、本人たちの意向(自分たちが有名人だとは思っておらず、ドキュメンタリーを書いてもらうには及ばない、という趣旨だ)を受け、ひとつの物語として制作されることになったという。かくして生まれた“嘘のないフィクション小説”――英篤、学人、創一、国之の物語は、GReeeeNというアーティストの本質に鋭く迫る大作となった。
GReeeeNが福島で結成され、メンバーがメディアに顔を出さずに活動しているのは音楽と歯科医の仕事を両立しているため、ということはよく知られている。しかし、メンバーが福島で被災し、リーダーのHIDEが被災者の遺体の検死する作業に携わっていたことは、3月3日に放送された『NEWS23』(TBS系)で特集が組まれるまで、一般にはほとんど知られていなかった。
同書で描かれている“英篤”は、あくまでポジティブな人間だ。震災に直面しても、過剰に落ち込む姿勢は見せず、自分にできることを探し続けた。病院にいながら何もできない自分に腹を立てながら、秋葉原で買ったガイガーカウンターを見つめて過ごす日々。そこで目に入ったのが、福島県警からの検死の要請を告げる貼り紙だった。検死の対象は福島第一原発事故の避難区域に取り残された遺体であり、被爆の危険もつきまとう。他の誰かが行ってくれればいいのに、という葛藤も束の間のこと。自分が行かなかったら、誰がその遺体の身元を捜し当て、遺族に会わせてあげるのか――そう考えた末に出した結論が「オレでしょ」。その決断は、軽やかなものだった。
細かなエピソードについてはぜひ本作を読んでほしいところだが、胸が詰まったシーンをひとつだけ。検死の初日、患者と接するのと同じように「お口の中拝見しますね」「終わりましたよ。お疲れ様でした」と声をかけ、遺体に向き合う英篤。その日に診た最後の遺体は、近くに住む女子高生だったという。過去の歯科治療のカルテと検死データを突き合わせ、それが妻と長女を失い「家内はまだ見つかっていない」と涙を流す父親の次女だということが明らかになった。英篤が慎重に言葉を選び、事実を伝えると、父親は「これで娘を一緒に連れて帰れます」と感謝を述べるのだった。
「お母さん、もしかしたら、今日、この日のために、僕は歯医者になったのかもしれません」と、英篤は述懐している。しかしその日、英篤はまるで真空の中にいるように、音楽が聴こえなくなった。車のスピーカーからガンガン流しているはずなのに、音が耳に届かない。そんなことは初めてだったという。
シーンは変わり、病院も徐々に診療を再開したある日。英篤は非番を利用して、避難所での診療ボランティアを行っていた。避難所になっている体育館の外に出ると、小学校高学年ほどの女子ふたりが、デジタル音楽プレイヤーのイヤフォンを分けあって、音楽を聴いている。公園や学校の校庭で自由に遊ぶことも禁じられた彼女たちが口ずさんでいたのは、GReeeeNの「キセキ」だった。英篤はその光景に何を思ったか――続きは本を手にとって確認してほしい。
GReeeeNは一般に、明るく、切なく、若者らしく、青春を歌うボーカルグループだと認識されているかもしれない。そのイメージもおそらく間違いではないし、好ましい受け取り方だろう。しかし、本作を通じて、彼らがいつでも本気で青春して、本気で人間を好きになり、本気で地元を愛して、本気で人を助けたいと思い、そして本気で歌を歌ってきたことがわかると、その作品には、まだ味わい切れていない魅力があるのではと気づく。
例えば、本作にも名前が出てくる織田哲郎の名曲「いつまでも変わらぬ愛を」が、亡き兄に向けた歌だと知ると、聴き慣れたラブソングに別の輝きが感じられるように。この小説を読んだ後に聴く「キセキ」は、別の響き方をするかもしれない。
さて、ニューシングル「始まりの唄」のMVは、この3月で閉校となる福島県東白川郡矢祭町立関岡小学校の最後の日々を映したものになっている。同校の先生から、閉校に際して制作する記念DVDのBGMとして「キセキ」を使用したいという連絡があったのが、そのきっかけだ。メンバーも先生方の熱意に胸を打たれ、またGReeeeNというグループを育んだ福島県への恩返しの気持ちも込めて、このコラボレーションを逆提案したという。
この温かなやりとり。そして、閉校を悲しむより、旅立ちを優しく見守るような映像の構成。『それってキセキ~GReeeeNの物語~』で描かれたメンバーの姿は、やはりフィクションを超えたリアリティを伴って迫ってくる。(文=橋川良寛)