今から13年も前のこと。僕は九州の田舎を出て関東の某パチンコホールの社員になって働くことになった。そして入社式当日。重役はどう見ても堅気には見えない連中が勢ぞろい。いたるところで社員の怒鳴り声も聞こえるし、新入社員のすすり泣く声も。
「あ、ブラックだ」と気付いたときには遅かった。
勤務初日から4時間の残業がスタートし、昼も夜もなく働き、手取りは17万ちょっと。馬鹿らしくなり、勤務2日目には「辞めます」と言ってみたが、その声はすり潰された。
その後、色々あって最終的に5か月でクビにしてもらい、地獄のような日々を終えることができた。僕は社畜生活が嫌いで仕方がない。無理して心身を壊すのは馬鹿らしいし、毎日死にそうになっても会社に向かう人の気が知れない。
あんな生活、耐えたって誰も褒めてくれない。一人が労苦を負っているならまだしも、全員が社畜なら評価なんか意味ないだろう。そこが基準になっているんだから。(文:松本ミゾレ)
社畜の鎖自慢「早出・残業その他諸々、12時間拘束とか普通だかんね?」
先日、Twitterで、あるツイートが拡散されて話題となっていた。卒業式を済ませた大学生の酔っ払い集団が「来月から毎日8時間も働くからありえねぇよなー!」と電車の中で馬鹿騒ぎをしていた様子を見た人が、「8時間で済むとか、仰るとおりあり得ないので安心してください」とツイートしたのである。
そして、これが結構な勢いで反響を呼び、何故か全国の社畜たちの社畜自慢が繰り広げられた。
「安心しろ、最低でもその1.5倍は働かされるぞ」
「うん、あり得ない。残業というものがあるからね」
「早出・残業その他諸々、12時間拘束とか普通だかんね?」
などなど、まるで古代の奴隷が、自分の足かせの頑丈さを競うかのような、悲しい暴露合戦が行われている。
社畜自慢は悲しいが、吐き出さないとやってられない現実
この一連の社畜自慢は、まとめサイトなどでも紹介されているが、こういったサイトに掲載されたあらゆる題材は、コメント欄でクソミソに書かれるのが日本のネット。案の定「何社畜自慢してんだよ」だの「うぜぇ」だのという言葉が躍ってる。
でも、日々ハードな労働を課せられている人にとっては、社畜自慢と受け取ることのできるツイートも意味があるのだろう。「吐き出さないとやってられない」「誰かに自分の苦労を知って欲しい」、そういう、あてのない願望のようなものが、こうした社畜ツイートには込められているように感じられる。
SNSって、強い承認欲求を持つネットユーザーとは相性がいい。実際には自慢をしているのではなく、誰かに自分のことをわかってもらいたいという思いがあるからこそ、この手の話題に参加してしまうのだ。
頑張るふりして長時間拘束されるのが日本人の美徳なのか
そもそも8時間労働自体が長い。12時間労働なんて馬鹿じゃないか? 僕はそう思っている。今の時代、こういうことを書くと「あいつは世間知らずだ」なんてことを言われるけど、拘束時間と労働の質が見合っていない職場は山とあるんじゃないだろうか。
みんながやっている中、残業をせずに帰り辛い。こういうことばかり言っている人が多いのだろう。日本人は、額に汗して職務に取り組むことをいつまでも美徳としているところがあるけど、ではその美徳が何になるのか。
年間の自殺者数はおよそ3万人を推移している。自殺者の中には、過酷な職務に耐えかねて人生にギブアップするほど追い詰められた人もいる。まさに会社に殺されたようなものだ。バブル期のモーレツ社員ですら上回るような労働時間を、同調圧力めいたもので強いられてるのなら、気の毒という他ない。
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