トップへ

乃木坂46が14thシングルで表現した“未来へのバトン” 作品に込められたストーリーを読み解く

2016年03月28日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ハルジオンが咲く頃(初回仕様限定Type-A)』

 乃木坂46が3月23日、14thシングル『ハルジオンが咲く頃』をリリースした。1月に卒業を発表した深川麻衣にとって、同作は最後のシングルとなる。結成当初からグループを支えてきた彼女にとって、表題曲は初のセンター曲であるとともに、グループにとっても、卒業が決まったメンバーがセンターを務めるのは初めてのことだ。そのことが、同作を単純な良曲の寄せ集めではない、素敵なストーリーが詰まった一枚に仕上げている。

・深川麻衣の卒業ソング「強がる蕾」


 J-POPでは毎シーズン、その時節に合わせた楽曲が数多くリリースされている。乃木坂46も多分に漏れず、「春のメロディー」や、「夏のFree&Easy」などに代表されるような、季節を彩る楽曲を歌ってきたが、卒業シーズンである春に、メンバーの卒業を歌った楽曲を制作したのは初めてのことだ。ただ、表題曲の「ハルジオンが咲く頃」は、深川麻衣をセンターに据えつつも、彼女が歌うための曲という役割だけを持つわけではない。むしろ、深川にとっての卒業ソングはカップリング曲の「強がる蕾」の方だ。彼女の最初で最後となるソロ曲は、“別れと新たな旅立ち”をテーマにしたものであり、同じ別離と旅立ちを題材にした西野七瀬のソロ曲「ひとりよがり」と比べると、あたたかで絵に描いたような楽曲だ。そんな美しいストーリーが似合うのも、メンバーやファンから愛されてきた深川麻衣の人徳ともいえよう。 今の恵まれた環境から飛び出し、未知なる世界への不安を抱きつつ、新たな花を探すべく歩き出す彼女は、まるでハルジオンの花の蕾だ。


・ダブルセンター、白石麻衣と西野七瀬のその後


 今回、全形態の楽曲をカウントすると、これまでのシングル作より1曲多い、計7曲が収録されている。しかし、選抜メンバー全員で歌っているのは「ハルジオンが咲く頃」の1曲のみで、アンダー曲「不等号」を除くと、選抜メンバーは各カップリング曲に参加し、必ずもう1曲歌うように振り分けられている。そのなかで、西野七瀬はついに自身4曲目となるソロ曲「釣り堀」を手にした。西野以外で複数のソロ曲をもつメンバーはおらず、彼女は2015年1月に発売した1stアルバム『透明な色』の「ひとりよがり」以降、ハイペースでソロの楽曲数を増やしている。今回の「釣り堀」は、「ひとりよがり」や「ごめんね、ずっと…」のような切ない恋歌とは違い、孤独を気にせずマイペースに生きる姿を歌っており、ファンの思う“西野らしさ”に近い楽曲ともいえる。ここから推察できるのは、前作誕生したユニット「サンクエトワール」がイベントを行なったように、西野七瀬の単独イベントもそう遠くない未来の話かもしれないということだろう。


 一方、前作で西野と並びセンターを務めた白石麻衣は、定期的に年長メンバーでのユニット曲に参加しているが、14枚目にしてついに橋本奈々未、松村沙友理との通称“御三家”によるユニット曲「急斜面」が登場。同曲は、MVが白石を主人公にしたものであるように、実際の音源も、白石をメインに据えたパート割りに仕上がっている。白石が西野とは逆にソロ曲を出していないのは、優等生な彼女は誰と組み合わせても、どんなタイプの曲を歌わせても、平均点以上でこなすことができてしまうからなのかもしれない。こうして、前作『今、話したい誰かがいる』でダブルセンターを務めた二人は、それぞれのスタイルで走り続けている。


・カップリング曲が教えてくれる、多彩な乃木坂の魅力


 ほかにも、カップリング曲では多彩な乃木坂の魅力を楽しむことができる。


 今回のアンダー曲の「不等号」も、8th「ここにいる理由」から続く、「すれ違う恋」をテーマにしたものだ。ただ、8thから全く同じことを歌い続けているわけではなく、12th「別れ際、もっと好きになる」以降、物語の主語が「僕」から「私」に変わっており、曲の世界観もより繊細かつ大胆な女性よりの視点となっている。同曲は乃木坂46の曲に珍しく、ベースを強調したアレンジに仕上がっており、女性の不安な気持ちが、激しく動くベースに乗って表現されているような聴き心地を与えてくれた。また同曲のMVは、星野みなみ主演「あたし、本と旅する」で監督を務め、MVでは初参加となる池田千尋監督によるものだ。降雪後の寒空の下撮られたMVは、特にダンスシーンの光が作る映像の質感やカメラワークが今までにはなかったもので、これもまた新たな視点を与えてくれる。


 通常盤に収録される「憂鬱と風船ガム」は、秋元真夏、生駒里奈、井上小百合、桜井玲香、高山一実、星野みなみという、今までになかった組み合わせの楽曲。卒業式や入学式のような華やかなセレモニーが多い春だが、一方で新しい学校やクラス、職場や環境の変化に馴染めず戸惑うことも決して少なくない。そんな春先の憂鬱を、軽快なベルの音と優しいストリングスが忘れさせてくれる、乃木坂からの優しい励ましの歌に仕上がっている。


 そして、「ダンケシェーン」に続く、生田絵梨花の“ワールドシリーズ”第2弾が「遥かなるブータン」。「乃木坂46時間TV」にて、フィンランド民謡への関心を明かした彼女が、ついにその手をアジアの地へと伸ばす。元々、フレンチポップ風なデビュー曲「おいでシャンプー」や、北欧風ポップス「吐息のメソッド」といった曲を歌ってきた乃木坂46だが、今回は中国の伝統的な楽器・二胡の奏でる風情のある調べに、太いシャッフルビートが乗った楽曲だ。


・“在校生の歌”としての「ハルジオンが咲く頃」


 今回はライブ向けの煽り曲が収録されているわけでも、「乃木坂の詩」や「悲しみの忘れ方」のようなエンディングテーマが収録されているわけでもないが、それぞれの楽曲にあるバックのストーリーが面白い。表題曲の「ハルジオンが咲く頃」もまさにそんな曲だ。


 「強がる蕾」が卒業生・深川麻衣のための歌なら、表題曲「ハルジオンが咲く頃」は乃木坂46に残る“在校生の曲”と位置付けることもできる。曲の詞には<いつもそばで微笑んでいた日向のような存在>、<まるで母親みたいに 近くにいる気配に安心した>など、深川麻衣を想起させるような言葉が散りばめられており、“ハルジオンが咲く頃”に、そんな深川麻衣の姿を乃木坂46のメンバーが思い出すだろうという詞になっている。卒業ソングの定番は旅立つ卒業生が歌う曲だが、この表題曲は深川麻衣が卒業した後も歌い続けられるよう、グループへと残るメンバーの目線にしてあるのだろう。


 また、表題曲は前作と同じく、Akira Sunset、APAZZIのコライトによるものだ。ただ、前回がピアノとアコースティックギターの音色が優しく心に触れる曲だったのに対し、今回はリッチなストリングスの重ね方や、ブリッジでのEDM風ともいえるキックの使い方など、作家としての幅広さを印象付けてくれている。乃木坂46の曲はストリングスアレンジを肝とする楽曲が多いが、秋元康との間で何度も直したという今回のストリングスは、深川麻衣の花道を祝福するように、高音も低音もとにかく分厚い。


 そして今回MVを担当したのは、表題曲のMVでは初の女性監督である山戸結希監督だ。彼女は、衣装や照明による鮮やかな色使いと女性の可憐さを引き立たせる演出で、“理想の女子校”をMVの中に作り上げている。西野七瀬のソロ曲「ごめんね、ずっと…」のMVの監督を担当しているのも彼女であり、同曲では西野が最後に発した台詞に胸を締め付けられたわけだが、今回もMVの最後で、深川麻衣による卒業の言葉が贈られている。


 「ハルジオンが咲く頃」は、深川麻衣を送り出す上で最高の楽曲となった。が、この曲のストーリーはまだ終わらない。この曲は深川麻衣が卒業して終わってしまう曲ではなく、前述の通り“歌われ続けること”を目的とした曲である。3rdアンダー曲「涙がまだ悲しみだった頃」でセンターを務めていた伊藤寧々が卒業した後、「伊藤ちゃんず」と呼ばれ親しまれていたもう1人のメンバー・伊藤万理華がこの曲のセンターを引継ぎ、より一層ファンに愛される曲としてくれた。そして深川麻衣卒業後、この「ハルジオンに咲く頃」を真ん中で歌い継いでくれるのは、2期生の堀未央奈だろう。これまで乃木坂46の振付で、曲終わりに2人のメンバーがここまでピックアップされるようなことは無かった。だが、今回は最後に深川と堀がセンターポジションに立って楽曲を締めくくっている。選抜でセンターを務めたメンバーとしては初めてアンダー落ちを経験し、2作のアンダー曲センターを経て、今回の選抜で唯一アンダーから昇格をしたのは、このためだったのかもしれない。「ハルジオンが咲く頃」は、堀未央奈がセンターとしてこの曲を歌い続けることで完成する曲なのである。卒業した深川麻衣の存在とともに、この曲が愛され続けるよう歌い続けてもらいたい。


 14thシングルの発売が迫る頃、名古屋では1期生永島聖羅の卒業ライブがアンダーライブの中で行われた。永島は選抜経験こそ1度のみで、アンダーでもセンターに立つことはなかったが、その太陽のような明るい性格で、アンダーライブをここまでの規模に引き上げた、グループにとって功労者の1人であることは間違いない。そして、彼女の背中を見てさらなる決意を胸に闘志を燃やしているのが、2期生でアンダーメンバーの北野日奈子であった。同い年であり、7th、8thと2期生の中では早い段階で昇格を経験している堀未央奈と北野日奈子。それぞれ挫折を経験したが、今ならそれぞれが受け取ったバトンを落とさずに坂を上ってくれると思う。きっとこの先、乃木坂46の歴史を振り返るとき、14thシングルは『次の世代へのバトンが繋がれた作品』と言われるようになるだろう。(ポップス)