2016年03月25日 10:42 弁護士ドットコム
机の前で硬い表情でうつむく男性、その前に中年の刑事からスッとカツ丼が差し出される、「これでも食え」ーー。往年の刑事ドラマで見かけた、そんな「取調室のカツ丼」を問題視する声が上がった。
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指摘をしたのは、河野太郎衆議院議員(国家公安委員会委員長・行政改革担当大臣)。なぜこの問題を取り上げたのか、その意図は不明だが、ブログ記事の中で、次のように指摘した。
「現実にはそんなことをやったら、警察内部のルールで監督対象行為とされ、処分を受けることもあります。取調べ中には便宜を供与したり、提供することを申し出たり、約束をすることはしてはいけません」
河野議員の指摘するように、取調中の被疑者にカツ丼を差し入れる行為は問題あるのだろうか。「警察内部のルール」とあるが、法的に見ても問題なのだろうか。刑事手続に詳しい平賀睦夫弁護士に聞いた。
「取調べ中の被疑者にカツ丼を差し入れる行為は、法的に見ても『大問題』です。端的に言えば、取り調べをもとに得た被疑者の供述が、任意でされたものとは言えず、違法と評価される可能性があるからです」
平賀弁護士はこのように指摘する。「任意」とはどういうことなのだろうか。
「刑事訴訟法の目的は、簡単に言えば人権保障と真実発見を目的に制定されています。(刑訴法1条)。
そして、この法律で、司法警察員、検察官、検察事務官は、犯罪についての捜査権限があり、被疑者を取調べ、被疑者が供述した内容を調書にすることができます。ただし、取調べに際しては、被疑者に対して、あらかじめ、自分の意思に反して供述をする必要がないことを告げなければなりません(同法198条)。これが、取調べの基本的な原則です。
犯罪の捜査は、事案の真相を明らかにするための証拠を集める作業ですが、被疑者の取調べでは、被疑者本人から偽りのない真実を聞くことが重要です。真実でない自白は証拠としての価値はありません。
ですから、『強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない自白は、これを証拠とすることができない』(同法319条)とされているのです。
『任意にされたものでない自白』、つまり、本人の自由な意思に基づいてなされたものではない自白は、証拠として利用することはできません」
では、カツ丼を差し入れることにどんな問題があるのか。
「河野議員が委員長である国家公安委員会は、警察官が犯罪の捜査を行うに当たって守るべき心構えや捜査の方法など、捜査に関する必要な規則『犯罪捜査規範』を定めています。
その規則には、『供述の任意性の確保』のために、次のように規定されています。
『取調べに当たっては、強制、拷問、脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない』
『取調べに当たっては、自己が期待し、又は希望する供述を相手方に示唆する等の方法により、みだりに供述を誘導し、供述の代償として利益を供与すべきことを約束し、その供述の真実性を失わせるおそれのある方法を用いてはならない』(168条)。
取調べ中の被疑者にカツ丼を差し入れる行為は、『供述の代償として利益を供与すること』に該当し、それによる供述は『任意にされたものでない自白』として、証拠として認められない可能性があります。担当の警察官は、規則違反をしたことになりますから、処分を受けることもあるでしょう。
我々市民としては、発生した犯罪行為について、捜査当局の適正かつ迅速な法令適用を求め、社会生活の平和と安全を期待したいものです」
平賀弁護士はこのように述べていた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
平賀 睦夫(ひらが・むつお)弁護士
東京弁護士会所属。日弁連・人権擁護委員会、同・懲戒委員会各委員、最高裁判所司法研修所・刑事弁護教官等歴任。現在、(公財)日弁連交通事故相談センター評議員、(一財)自賠責保険・共済紛争処理機構監事、日本交通法学会理事等
事務所名:平賀睦夫法律事務所
事務所URL:http://www.houritsujimusyo.com