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タイが生んだカンヌ常連、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督が語る『光りの墓』の映像美学

2016年03月22日 18:42  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

 2010年に発表された『ブンミおじさんの森』が、第63カンヌ国際映画祭パルムドールに輝いた、タイ出身のアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の最新作『光りの墓』が3月26日より公開される。2000年に発表された初長編作『真昼の不思議な物体』以降、長編作をはじめ、中編・短編などのアートプログラムを精力的に発表し続け、美術作家としても個展を開催するなど、世界的に活躍し大きな評価を得ているウィーラセタクン監督。今年1月から2月にかけては、日本では長らく劇場未公開だった『世紀の光』を始めとする、すべての劇場長編作とアート傑作選の特集上映「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ 2016」が、シアター・イメージフォーラムにて開催され、連日満員の大盛況を博した。最新作『光りの墓』は、かつて学校だった病院を舞台に、病院を訪れた女性ジェンが、“眠り病”にかかった兵士イットの世話を見始めたことから、その土地の記憶が“眠り病”に関係していることに気づいていく模様を描いている。リアルサウンド映画部では、ウィーラセタクン監督にSkypeインタビュー。本作の製作背景や、タイの故郷コーンケンに対する思い、そして映画製作における自身の考えを語ってもらった。


参考:パルムドール賞受賞監督、アピチャッポン・ウィーラセタクン最新作『光りの墓』公開決定


■「自分の記憶を手繰り寄せるような体験がしたいと思った」


ーーこの作品を手掛けることになった経緯を教えていただけますか。


アピチャッポン・ウィーラセタクン監督(以下、ウィーラセタクン):いくつもの要素があって、そのコンビネーションによって生まれた映画なんです。私は普段、ノートにいろいろなことを書き留めているんですが、そういうメモのようなものが集積してできた映画と言えるかもしれません。例えば、私は主人公のジェンを演じてもらったジェンジラー(・ポンパット・ワイドナー)の人生にすごく関心があって、彼女と近況を知らせ合ったりしています。最近彼女は結婚したんですが、結婚後どういう生活をしているかということにも興味がありました。また、タイの政治状況に対する関心も含まれています。そして、この作品のテーマのひとつである“睡眠”も、私が長年考えてきたことで、睡眠を通して現実から逃避する、夢に逃げ込むということと、映画にはどういう関係があるのかということを考え続けてきました。暗闇の中で物語を見るという必然性を、私たち人間は身体的に持っているのではないかということです。『ブンミおじさんの森』のあとに書いたいくつかの脚本をプロデューサーに見せ、最も現実的で映画化しやすいということでできあがったこの作品が、その集合体と言えますね。ただその脚本も、ロケハンをして現場で撮影をする初日まで、いろいろと変化を遂げ、最終的に今の形になりました。


ーー脚本は現場に入るまで変わっていくんですね。


ウィーラセタクン:脚本は常に変わりますし、撮影後、編集に至るまで変化していきますね。ただ、コンセプトは最初から変わらずに一貫していました。この映画の場合は、“夢”というテーマ、現実とファンタジーの組み合わせ、そして“病”という存在ですね。


ーー夢と睡眠の描き方が印象的でした。監督自身、夢はよく見るんですか?


ウィーラセタクン:私自身、夢を集めるような傾向があるんです。というのは、夢を見ることは映画を観に行く経験にとても似ていると思うんです。人生の生きている時間の半分は、自分が見た夢の中にあると考えることもできるわけです。見たあとに忘れがちになってしまいますが、夢は自分の頭の中で作った映画のようなものです。なので、自分の中で記録しておきたいというこだわりはありますね。


ーーこの作品のアイデアは新聞で読まれた記事がきっかけらしいですね。


ウィーラセタクン:そうですね、それがインスピレーションのひとつです。その記事では、タイ北部の小さな町の軍の病院で、ある病気にかかった人たちを隔離していたと書いてあったんです。小さなコラム記事だったので、理由や詳細は書かれていませんでしたが、その情報だけで自分のイマジネーションが掻き立てられたんです。タイにはいろいろな陰謀説があるんですが、そこにはきっと陰謀があるには違いないと思わせられました。


ーー実際に陰謀があったんですか?


ウィーラセタクン:何かその後のストーリーが確かにあったと思うんですが、結果には興味がなかったので、あまり深追いはしませんでした。映画の撮影中も、病の正体は何だったのかとスタッフから聞かれることが多かったのですが、実際はわかりません。わからないことが面白いと思うので、理由は追求しませんでした。


ーー今回の作品のタイ語題の意味は「コーンケンへの愛」だそうですが、このタイトルにはどのような意味が込められているでしょうか?


ウィーラセタクン:実は全編コーンケンで撮影したのは今回が初めてなんです。コーンケンは自分が育った故郷でもあるのですが、最近は急成長を遂げていて、他の町と同じような、特徴のない町になってしまいました。ただ、やはり自分の故郷ということで思い入れも強いので、撮影するにあたって、自分の記憶を手繰り寄せるような体験がしたいと思っていました。例えば、湖や市場、映画館など、自分自身の思い出がある場所を訪ねました。そして、退屈になってしまった町を舞台に、面白い映画が作れるかどうかという、自分への挑戦という意味もありました。


ーーどのような場所で撮影をするか、リサーチにも時間をかけるのでしょうか?


ウィーラセタクン:そうですね。ロケハンには時間をかけて、かなり周到にやります。でも今回は、町を知り尽くしているということもあり、これまでの作品に比べて最も容易なロケハンだったと思います。ただ、自分が気に入った場所をいくつかに絞り込むという作業がありました。結果、コーンケンの代表的な場所ではなく、自分の記憶の象徴のような場所を選ぶことになりました。現在のコーンケンにはセブンイレブンや大きなマンションもありますが、この映画にはそういった場所はあまり出てきません。まるでフィクションのような、タイムマシーンに乗って過去に戻り、昔のコーンケンを映し出したような映画になっているんじゃないかと思います。


ーー映画館での印象的なシーンがありますが、あの映画館は監督が実際に通っていた映画館なんですか?


ウィーラセタクン:いえ。私が昔よく通っていた映画館は、もう既になくなってしまっているんです。昔は大きな映画館がたくさんありましたが、日本や世界と同じように、シネコンやショッピングモールの中にあるような映画館が増えています。映画の中で登場する映画館は比較的新しい映画館で、今も営業しています。内装にとても魅力を感じたんです。


ーーあのシーンで上映されているのは昔のタイ映画ですか?


ウィーラセタクン:あれは『The Iron Coffin Killer』というタイの新作映画なんですが、古いタイ映画のような雰囲気がありますよね。今はもう作られていないような、自分が子供の頃によく観ていて大好きだった映画のような雰囲気がある作品だったので、許可をもらって映画の中で使わせてもらいました。ある意味、古いタイ映画へのオマージュ的な役割を果たしています。


■「映画製作におけるすべてのプロセスを楽しめるようになってきた」


ーーこれまで一緒に組んでいたカメラマンではなく、今回初めてメキシコ人カメラマンのディエゴ・ガルシアと組まれていますね。


ウィーラセタクン:技術力はもちろん、心穏やかで本当に素晴らしい人です。学生の頃に私の作品を観てくれていたということを彼から聞いて、なんだか年寄りになった気分になりましたが(笑)。ただ、そのおかげで、私が持っているリズムや照明の感覚みたいなものに、すぐに呼応してくれたと思います。実はこの映画は、私にとって、初めてプロのデジタルカメラで撮った長編作品なんです。まったく新しい体験でもあったので、私や他のタイ人スタッフには当然のようなことも、外国人の視点で意識的に見てくれたような気がしますね。


ーー色や照明の美しさが印象的でした。


ウィーラセタクン:色や光へのこだわりは強く、それをどう実現するかにも苦労しました。というのは、自然光を利用したいと思っていたからです。病院の中の照明もエフェクトで出したのではなく、コンピュータープログラムを使ってLEDライトに発色させるというような形でした。OKカットが撮れても「カット」と言いたくなくなるほど、自分自身もその世界に魅了されてしまうほど美しい光でしたね。


ーー病院もそうですが、町の色が次第に変化していく様子も美しかったです。


ウィーラセタクン:色の変化には、観客を夢の世界に誘う役割があると思うんです。登場人物たちもまさにそうで、新しい現実に導かれていく転換点になると思います。この経験によって観客は、この映画が作りごとなんだ、イリュージョンなんだということに気が付くはずです。例えば、もっと暖色寄りにするだとか、もっと寒色寄りにするだとか、色補正をして画面を変える作業が映画作りの中ではあります。この町の色の変化は、そのプロセスに気付いてもらう効果を上げようとして取り込んだのですが、と同時に、病院内の照明の色の変化に呼応しています。病を持った兵士たちが光を受けているように見えるのと同じように、私たちも光を受けているんだということを観客に感じ取ってもらうようにしたかったんです。


ーージェンジラーさんをはじめ出演者の皆さんはとても自然体な演技をされていますが、演出はどの程度されるのでしょうか?


ウィーラセタクン:演出はキャスティング段階から始まっているとも言えますが、いろいろな要素があると思います。私は脚本を書くときに当て書きをすることが多いんです。ジェンジラーもそうで、彼女の性格を取り込んだ役を書いたりします。また、キャスティング段階で私自身が好きな特徴を持っている人を選びがちなんですが、その特徴を活かすような脚本にまた自分で書き直していくという作業があります。人に応じて脚本を書いていると言えますね。だからこそ、役者の方々には、カメラの前では自分らしくいてほしいと指示をしています。でもそれは結構難しいようで、みなさん演技をしたがりますね。


ーーロケーション選びから、脚本執筆、撮影、演出などの話をうかがってきましたが、監督にとって、映画作りにおいて最も重要な作業をひとつ選ぶとしたらどの過程ですか?


ウィーラセタクン:そうですね……たったひとつだけを選ぶのは不可能ですね(笑)。もともと若い頃は脚本を執筆する作業や、企画を考える作業がすごく好きだったんです。私の作品の多くは低予算なので、撮影時にはいろいろな問題が起こり、なかなか思うようにいかずストレスがかかることも多く、撮影が嫌いだったんです。でも今は、トラブルを予測しながら撮影を行うこともできるようになってきたので、撮影も脚本も含め、すべてのプロセスを楽しめるようになってきました。それはひょっとしたら、自分が年齢を重ねてきた経験値によるものかもしれません。あるいは、こういうふうになるだろうという期待値がもう少し現実的になってきたのかもしれませんし、何か問題が起こってもその問題を楽しむことができるようになった能力のせいかもしれません。なので、今の自分にとっては、企画、脚本、キャスティング、撮影、編集……すべてのプロセスが大事だと言えますね。(取材・文=宮川翔)