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『いつ恋』最終回はどこに向かう? 坂元裕二が第九話で描ききれなかった物語

2016年03月21日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』公式サイト

 杉原音(有村架純)は井吹朝陽(西島隆弘)のプロポーズを受けようと思い、曽田練(高良健吾)のことを諦めようとしていた。練に別れを告げるために会う約束をした日。音は街で鞄を盗まれて困っている明日香(芳根京子)と出会う。ひったくり犯はすぐに見つかり、穏便に済まそうとする明日香だったが、ひったくり犯を捕まえようとする男たちが押し寄せて大混乱となり、騒動に巻き込まれた音は階段から転落。意識を失い病院に運び込まれる。


参考:『いつ恋』いよいよ佳境へーー第八話で描かれた練、音、朝陽の濃密な三角関係


 『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(以下、『いつ恋』)の第二章は、第一章(一話~五話)を裏返したような話となっており、かつての音のような地方から出てきた少女・明日香を筆頭に、第9話には既視感の有る場面が次々と登場する。第一章は、音から見た練への想いをタイトルに集約させていたが、おそらく最終話は逆に、練の音への想いを「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」と語らせることで幕を閉じるのではないかと思われる。


「私はさ。東京生まれで、元々田舎もないし、よくわからないんだけどさ。故郷っていうのはさ。思い出のことなんじゃない。そう考えればさ。帰る場所なんていくらでもあるし、これからもできるってこと」


 柿谷運送の社長・柿谷嘉美(松田美由紀)は故郷の会津に「行ってくる」と言った練に対して「帰るでしょ」と言い、この台詞を言うのだが、『いつ恋』で描かれる恋心自体、失われた故郷を思う気持ちのようなものなのだろう。


 失われた思い出の中の故郷。それは朝陽にとっては昔の自分だ。ジャーナリスト時代に知り合った弁護士と朝陽は再会する。弁護士から朝陽が書いた記事のおかげで医療訴訟に勝てたことを感謝していると言われて朝陽は昔の自分のことを振り返る。このシーンの朝陽の表情が実にすばらしい。5年前とは別人のように変わってしまったかのように見えた朝陽だが、彼の中では、過去の自分に戻りたいという気持ちと、父の征二郎(小日向文世)に褒められるために非道な仕事をしている自分との間で揺れていたのだ。この辺り、前作『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)では中々描けなかった内面描写である。繊細な内面を持った青年が少しずつ変わっていく自分の姿に悩みながらも、愛する人を守るために変わることを選ぶ姿を見せることで、鈍感で無神経にみえる男たちにも、朝陽のような時代があったのだという補助線を引くことに成功している。


 その他にも、練と音の間を取り持とうとする日向木穂子(高畑充希)が音と仲良くなっている様子など、今まで同様、面白い場面は多い。しかし、音が意識不明の重体となる最後の展開には、少しげんなりしてしまった。野次馬的たちが正義感から泥棒を追いかける姿をSNSの炎上のようなものとして描きたい意図はわかるのだが、どうにも物語上の都合が優勢された不自然な場面に見えた。


 それ以上にうまくいっていないと感じたのは中條晴太(坂口健太郎)と市村小夏(森川葵)のエピソードだ。物語自体は一応、震災で心に傷を負った小夏を練の変わりに晴太が支えることで自分自身の過去と向き合う話となっているが、他のキャラクターの恋愛模様に較べると、どうも唐突に見える。おそらく、練が違法スレスレの派遣会社で働いている時に練と晴太と小夏、三人の物語を描き、そこで晴太の真意を掘り下げるつもりだったのだろう。


 しかし、三人の物語はうやむやとなり、結局、晴太の過去は「親が仮面夫婦で中学受験の時に家出した」という安直な物語に回収されてしまった。劇中には「晴太って何? 何か隠してる?」と小夏が尋ねるシーンがあるのだが、序盤を見る限りでは、晴太の行動は、小夏よりも練に対する執着で動いていたように思えた。そのため、震災の後遺症で苦しむ小夏を利用することで、共依存的な関係を作り出し、練の側に居続けることこそが晴太の目的だと思いこんでいた。おそらくあの派遣会社の仕事を練に紹介したのも晴太だったのだろう。


 「壮絶なシチュエーションを思いついたものだ」と、勝手に興奮していたのだが、物語の収拾が付かなくなると思ったのか、晴太と小夏の物語は途中で諦めて、朝陽の物語を徹底的に描く方向にシフトしたように見える。それ自体は連続ドラマではよくあることで、伏線をすべて回収することが絶対だとは思わない。ただ、晴太の練への執着や、彼の中にあったつかみどころのない悪意を描き切れなかったことは、今後の坂元裕二を考える上で大きな転換点となるのではないかと思う。


 坂元裕二は、作品内で描ききれなかったモチーフに次回作で取り組むことで、作品の強度を高めてきた。本作の朝陽と父・征二郎の物語は、『問題のあるレストラン』では消化不良だったパワハラを繰り返す雨木社長(杉本哲太)の内面描写に対する再挑戦であり、その試みは今のところうまくいっている。最終話を前にして次回作への期待を書くのもどうかと思うが、ありえたかもしれない、もう一つの『いつ恋』を想像することも、連ドラならではの面白さではないかと思う。(成馬零一)