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真田広之が語る自身の役者キャリア、そして『Mr.ホームズ』出演を通して気づいたこと

2016年03月18日 13:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』(c)Agatha A Nitecka / SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

 これまで数々の映像作品が製作され、「最も多く映画化されている主人公」としてギネスブックに認定されている“名探偵シャーロック・ホームズ”。3月18日に公開される『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』も、シャーロック・ホームズが主人公のミステリー映画だ。死を前にしたホームズが、引退の原因となった未解決事件に再び挑むという、一風変わった原作小説の映画化作品で、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ、『X-MEN』シリーズのイアン・マッケランが、現役のホームズと引退後のホームズを演じ分けている。メガホンを取ったのは、マッケランとは『ゴッド・アンド・モンスター』でタッグを組み、『ドリームガールズ』『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン』シリーズなどの大ヒット作も手がけてきたビル・コンドン監督。そして、日本に訪れたホームズを案内する日本人ウメザキ役で、『ウルヴァリン:SAMURAI』『47RONIN』など、現在ハリウッドで活躍する真田広之が出演している。リアルサウンド映画部では、真田に電話取材を行い、今回の作品に出演することになった経緯、撮影現場でのマッケランやコンドン監督とのやりとり、そして俳優としての今後の展望などについて話を訊いた。


参考:93歳のシャーロック・ホームズが未解決事件に挑む『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』予告編公開


■「イアン・マッケランと一緒に仕事をして、老いることへの憧れが強まった」


ーー今回の作品では、年老いたシャーロック・ホームズが描かれていますが、脚本を読まれたときどのような感想を抱きましたか?


真田広之(以下、真田):これまでのシャーロック・ホームズのイメージをひっくり返すような面白さを感じましたね。フィクションの中に生きる存在なのに、帽子を被らないとかパイプを持たないとか、既存のイメージを否定してしまう。原作のアイデアの勝利かもしれませんが、まるで実在の人物を描いているかのように錯覚してしまう面白さがありましたね。それをまたイアン(・マッケラン)が見事に演じていて。ヒーロー像やカリスマ性はそのままに、人間味のある弱い部分もさらけ出されていて、非常に親しみを覚えました。


ーーシャーロック・ホームズは過去に数々の映像作品が製作されていますが、これまでどの程度関わりがあったんでしょうか?


真田:シャーロック・ホームズは、数あるヒーローの中でも、何本の指かに入るキャラクターだと思います。演技をする上で抑えておきたいキャラクターのひとつだったので、子どもの頃というよりは、この仕事をするようになってから、クラシック作品を観たり、新作が公開されると観に行くようになりましたね。


ーー今回の出演の決め手は?


真田:新しいホームズ像と、脚本の素晴らしさですね。この役をイアンが演じて、ビル・コンドン監督が撮るとどうなるんだろうというワクワク感があって。そして、シャーロック・ホームズの長い歴史の中で、よくぞ日本人の役を書いてくれたなと。また、自分に声をかけてくれたのが非常に嬉しかったですね。やはり英国ならではの作品ですから、まさか日本人の役がホームズの歴史の中に書かれるとは思ってもいませんでした。出たいと思っていたわけではないですけど、最初からありえないと思っていたんです。なので、最初にこの話がきたとき、どういう絡み方をするんだろうと興味が湧いてしまって。そして脚本を読んでみると、老いたホームズに深く関わる役で。友人のワトソンのフィクションを否定し続け、真実を追求し続けたホームズが、後悔や老いとの戦いの末に、最終的にウメザキのために人生初のフィクションの手紙を書くという。自分はそこまで関われるんだという喜びを感じましたね。


ーーイアン・マッケランとビル・コンドン監督は、『ゴッド・アンド・モンスター』(98)に続き、2度目の主演・監督タッグですね。


真田:彼らの素晴らしいチームワークの中に飛び込んでいく感じだったので、僕としては非常にやりやすかったです。すでに空気感ができあがっているところに自分が絡んでいくという、安心感がありました。実際に現場で監督とイアンの信頼関係を目の当たりにして、2人が同じものを目指しているんだなというのがすごくわかったことがあって。何度もテイクを重ねていろんなパターンを撮っていく中で、イアンは僕がいけたと思った時に、親指を立ててウインクをしてくれるんです。その姿は監督には見えていないんですが、イアンが親指を立てた時、必ず監督からOKの声がかかるんですよ。それを目の当たりにして、2人が必要としているものがまったく一致しているんだなと思いましたね。僕との共演シーンでのイアンは93歳の設定で、毎朝1時間半~2時間かけてスペシャルメイクをしていたんですが、もうメイクをして衣装を着た瞬間にホームズになるんです。ずっとその空気感でいらっしゃったので、そこに老人のホームズがいると思うと、自分もただウメザキでいればいいんだと。当然、“サー・イアン・マッケラン”のオーラはあるんですけど、威圧感とかはまったくなくて。お互い役として向かい合っていればいいんだ、どんと飛び込んでこいよ、というような空気感だったので、非常にやりやすかったですし、さすがだなと思いましたね。


ーーイアン・マッケランから学ぶことはありましたか?


真田:年齢を重ねられて体力的には大変になっていくとは思うんですけど、心のキャパシティはどんどん広がっていくんだなと思いましたね。技術を身につけ、地位も築き、キャリアを重ねても、決して情熱を失わない素晴らしさですよね。たまに子どものようにチャーミングな笑顔を見せたり、子どものような行動をしたりするんです。いろんなことに対する興味や感受性、遊び心といったものを失っていない。そのあたりは非常に魅力的でした。どのようにシワを刻んでいくかというのは、昔から課題だなと思っていて。年に抗うのではなく、ちゃんとその歳その歳、外見的なシワはもちろん、心のシワも刻んでいく。どうやったらあんなに素晴らしい歳の取り方をできるんだろうという先輩方が、周りにいっぱいいたり、一緒にお仕事をさせていただいたりもするので、イアンと一緒に仕事をして、ますます老いることへの憧れが強まりましたね。


ーー撮影中に話をすることも多かったんですか?


真田:撮影が始まる前や撮影後、みんなで食事をするときなどは、役とはまったく違う、面白いジョークも言うポップなお兄さんという感じで、すごくお茶目な姿も見せてくれたんですが、撮影中は役に入り込んでいたので、あまり話をしなかったんですよ。撮影が終わって、映画が完成して、ニューヨークやベルリンのプレミア、いくつかのパーティを終えたあとに、彼が僕に「現場で会っていたときは、ウメザキそのものだと思ってた」と言ってきたんです。実際に僕がそういう人間だとしか思っていなくて、撮影が終わってパーティなどを重ねていくうちに、まったく違うことに気付いたと。「誤解してたよ。現場では完全に役を演じてたんだね」と言ってくれたのが非常に嬉しかったですね。


■「自分の時間を捧げられる作品だと思えれば、どんな役でもやる」


ーービル・コンドン監督の印象はどうでしたか?


真田:大作も撮られている監督なので、少しプロデューサーに近い感覚も持っていないと成り立たないんだろうなと思っていたんですけど、本当の演出家なんだなというのを撮影初日から実感しました。フレンドリーで繊細でプロフェッショナル。ジャッジがすごくはっきりしている監督という印象でした。演出が非常にシンプルで、適切で、わかりやすいんです。これしかないという言葉を選んで、その言葉をただポンと投げてくるんですね。それによって俳優の演技がどう変わっていくのかを楽しみながら、シーンを作り上げていく。今回の作品はインディペンデントという括りに入ると思うんですけど、インディペンデントでありながらも、やはり監督の持っているスケール感により、大作の息吹が吹き込まれ、非常に品格のある作品に仕上がっていると思います。


ーー日本の描写もありましたね。


真田:撮影はすべてロンドンで、日本のパートはグリーンバックだったので、背景にどんな日本が描かれるかは、現場で見ることができなかったんです。なので、その辺は監督にどのように描かれるかを聞きながら撮影を進めていきました。リアリティを追求するというよりは、老いたホームズの記憶の中にある様々な日本を混在させながら、日本に対する監督のリスペクトも取り込まれています。特に広島はデリケートな部分でもあるので、どう描かれるのかは僕自身も心配していたんですけど、監督は任せてくれと。灰の中で新たな緑が生まれるという命の再生や復活が、どうホームズの心理に反映していくか。その象徴としての日本をイメージしたと思うんです。“フィクション、の中のフィクション、の中の彼の頭の中の日本”いう感じなので、完成したものを観て、なるほどなと思いましたね。


ーー真田さんからみたウメザキの人物像は?


真田:非常に複雑な過去や心理を持った男だと思います。父の失踪に関わっていたんじゃないかと、ホームズを疑いの目で見つつも、彼に関する本を読み続け、おそらく映画も観て、憧れている。そしてどこかホームズに父の面影を重ねていて、擬似親子のような複雑な関係性もある。なので、どの段階でどれぐらい心が寄り添い出したのか、どういうバランスで自然に見せていくのかが一番の課題でしたね。また、ウメザキは日本人でありながら、父の影響で英国訛りを練習していて、少し英国かぶれな部分があったりもします。あの時代に住んでいた日本人として、どこまでリアリティを持たせるべきか、フィクションとして、どこまでシャーロックに歩み寄るべきか、そのあたりのバランスも監督と一緒に見極めながら作っていきました。


ーー真田さんは現在ハリウッドで活躍されていて、様々な役柄を演じられていますが、これまでの作品の中で一番大きな出会いとなった作品は?


真田:どの作品がなかったとしても、今の僕はないでしょうね。出演する作品は毎回大きな出会いになりますが、敢えて挙げるとすれば、子役を終えて再デビューするというときに深作欣二監督に出会って、オーディションを受けて抜擢していただいた『柳生一族の陰謀』ですかね。深作監督との出会いは非常に大きかったです。あと、ロンドンで行ったシェイクスピアの舞台『リア王』も、その後の人生において、とても大きかったですね。初めての全編英語の仕事が、生の舞台ですから。イギリスの俳優たちに混ざって、日本人ただ1人で演技をする。異文化に触れながら、誰も見たことがないものを作り上げる難しさと面白さを、一気に体験するような感じでした。今後もそういったことを大事にしていきたいと強く思わせてくれた作品なので、今の活動に繋がる原点になっているんじゃないかと思います。一作ごとに成長して、また一流のスタッフ・キャストと組めるように自分を磨いていく。その積み重ねしかないと思います。少しずつ力をつけて、また次のステップに進むというのが、自分のあり方なのかなと思いますね。


ーーどのような作品に出演するか、決め手や基準はあったりするんでしょうか?


真田:最終的にはもう、臭覚や直感しかないですね。ただそのためには、本をしっかり読み、スタッフ・キャストを調べ、自分にできるかできないかを判断する必要がある。自信があるからやる、自信がないからやらない、ということではなくて、自分でいいのか、自分がその役をやることがその作品にとって一番いいのかということも考えますね。決まった定規があって当てはまるものをやる、ということではなく、やる意味を見出せれば、娯楽大作ももちろんやりますし、小さいアート系の映画もやります。自分の人生の何ヶ月間かを捧げるわけですから、今回の作品のように、本当に自分の時間を捧げられると思えれば、どんな役でもやりますね。その結果として、テレビも、映画も、舞台も、大作から小物まで、いろいろな役柄をいいバランスで演じられたらいいなと思います。(取材・文=宮川翔)