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いきものがかりの楽曲における“余白”の重要性 シンプルかつ耳に残るフレーズを分析

2016年03月11日 15:01  リアルサウンド

リアルサウンド

いきものがかり『超いきものばかり~てんねん記念メンバーズBESTセレクション~(初回生産限定盤)(4CD)』

 今年でデビュー10周年を迎えるいきものがかりが、ベストアルバム『超いきものばかり~てんねん記念メンバーズBESTセレクション~』をリリースする。メンバー3人がセレクトした3枚組の同作には、「SAKURA」や「ありがとう」「風が吹いている」のような、誰もが知っている大ヒットシングルはもちろん、「あなた」や「ラブとピース!」といったアルバム未収録の最新シングルまで完全網羅。さらにはインディーズ時代の人気曲を新録するなど、昔からのファンはもちろん、最近彼らの魅力にハマッた人まで満足のいく内容となっている。そこで今回、同作の中から代表曲と新曲をピックアップ、ソングライティングの魅力を解析してみることにした。


 いきものがかりの強みの一つは、メンバー全員が作詞も作曲もできるということだ。しかも、それぞれの曲作りに対して「こうしたほうがいい」などのアドバイスを、他のメンバーは一切しないという。そのため、3人の“作家性”がどの曲にも色濃く残っているのだ。『サウンドデザイナー』4月号のインタビューでボーカルの吉岡聖恵は、他のメンバーの作風について次のように話している。


「リーダー(水野良樹:ギター)の曲は、メロディの緩急が激しくて、音程が上下に飛ぶところにインパクトを感じます。(中略)ほっち(山下穂尊:ギター、ハーモニカ)は、ひと筆書き的に曲を作ってくることが多いので、自然にスルスルっと曲が自分の中に入ってくるんです」


 そんな2人の楽曲に対して吉岡は、ボーカリストとしての“個性”をぶつけるのではなく、「あまり“クセ”を付けずに歌おうと意識している」という。コンポーザーの作家性を活かし、そこに自分自身を溶け込ませることによって、楽曲に“余白”を作る。彼らの曲を聴くリスナーは、その“余白”に自分自身を自由に投影させられるからこそ、いきものがかりの楽曲は、広くお茶の間に受け入れられてきたのではないだろうか。ちなみに吉岡は鼻歌からメロディを紡ぎだすことが多く、楽器に縛られないぶん、2人からすると「想像もしないようなメロディの展開をする」(水野)そうだ。


 さらに、いきものがかりには主に本間昭光(「ありがとう」「なくもんか」)や島田昌典(「SAKURA」「おやすみ」)、江口亮(「HANABI」)など曲ごとにアレンジャー・プロデューサーがいて、彼らのプロダクションが楽曲のカラーに大きな影響を与えている。クレジットを見ながら、それぞれの傾向を聞き比べてみるのも面白いだろう。


 では、実際に彼らの楽曲を聴いていきたい。まずは、彼らのメジャーデビュー曲であり、「桜ソングの定番」として今も不動の人気を誇る「SAKURA」(作詞・作曲:水野良樹)。デビューのための制作が難航する中、「一旦リセットして自由に曲を作ろう」という意志のもとに制作されたこの曲は、マイナー調のコード進行が日本人の琴線を揺さぶる。キーは「Fマイナー」で、サビ始まり。コード進行は「D♭M7- E♭ - Cm7 - Fm」という、浜田省吾の「J.BOY」や渡辺美里の「My Revolution」、tofubeats「ディスコの神様」などでも使われるJポップの王道。メロディは、いわゆるテンションノートをほとんど使わず、基本的にコードの構成音で成り立っている。そのため、かなり抑揚の激しい旋律だが覚えやすく耳に残るのだ。


 続いて、彼らの18枚目のシングル「ありがとう」(作詞・作曲:水野良樹)。『ゲゲゲの女房』の主題歌に起用され、彼らがお茶の間に広く知れわたるキッカケとなった曲のひとつだ。キーは「C」で、この曲もサビ始まり。コード進行は「C - EonB/E7 - Am7 - Gm7/C7 - Bm7-5/E7 - Am7/D7 - Dm7 - Fm6/FonG - C - G7」。2小節目の「EonB/E7」は、続く「Am7」のセカンダリードミナントコード。4小節目の「Gm」は、奥田民生やスガシカオの曲にも多用されていたドミナントマイナーで、次の「C7」とペアでツーファイブ(IIm - V7)を作っているようにも、トニックコードCへ戻ったようにも聴こえる。さらに5小節目の「Bm7-5/E7」は、続く「Am7」に解決するツーファイブで、その「Am7」も次の「D7」とペアでツーファイブを作っている。いわゆる「循環コード」だ。その上でメロディは、やはりテンションノートを用いず和音の構成ノートで作られている。しかも、出だしの“ありがとう~”という部分は“ドレミファソ~”と1音ずつストレートに上昇。この強烈なインパクトが高揚感を生み、一度聴いたら忘れられない印象を残すのである。


 『ロンドンオリンピック・パラリンピック』のNHK放送テーマソング「風が吹いている」(作詞・作曲:水野良樹)も、サビ始まりの曲。キーは「E」で、コード進行は「E - G#m7 - C#m7 - Bm/E - A/B - G#m7/C#m7 - F#m7 - Bsus4/B7」。ダイアトニックコードによるシンプルな流れだが、4小節目で「ありがとう」のサビ4小節目と全く同じ役割のドミナントマイナーが登場する。ここはメロディが“シ=B”なので、普通にトニックコードEでも問題ないのだが、そこに「Bm」を差し込むことで、聴き手のハートをわしづかみにする。そして、ここでもやはり、メロディはコードの構成音のみというシンプルなものだ。


 さて、最後に『超いきものばかり』に収録された新曲3曲の中から、「翼」(作詞・作曲:山下穂尊)を聴いてみたい。ミディアムテンポの軽快な曲で、抑揚を抑えて流れるように進んでいくメロディは、確かに吉岡の言うように「一筆書き」的で、「スルスルっと」体に入ってくるようだ。キーは「F」でサビ始まり。コード進行は「F- Dm - B♭ - C - F - Dm - B♭ - C - C」と、まさにシンプル・イズ・ベスト。Aメロは「F/B♭ - C/F - Dm/Am - G/C」で、Bメロは「Am/Dm - Gm/C - A7/Dm - Gm - G - C - C」。Bメロの3小節目で「A7」という「Dm」に対するセカンダリードミナントコードと、5小節目で「G」という「C」に対するセカンダリードミナントコードが出てくるだけで、あとは清々しいほどにストレートだ。ビートルズに例えるなら、コードにヒネリを加えて抑揚のあるメロを乗せる水野がポール・マッカートニー、時おりハッとするコードを差し込みつつも、感覚的にパパッと作ってしまう(ように聞こえる)山下がジョン・レノンというところか。


 ちなみに、吉岡が作る曲(本作でいえば「キミがいる」「東京」、水野との共作「涙がきえるなら」)は、抑揚のつけ方など、水野に作風は近いが、意識的にせよ無意識にせよ、自分の声がもっともよく響く帯域を「ここぞ」というところで上手く使っている印象だ。そこはやはり、ボーカリストならではの作り方という気がする。


 三者三様の作風を内包しながら、それを吉岡という稀代のボーカリストが歌うことによって「いきものがかり印」とでもいうべきカラーを作り上げてきた3人。聴き手が感情移入しやすい“余白”を絶妙なバランスで配置しつつ、今後も国民的グループとして名曲を作り続けてくれるはずだ。(黒田隆憲)