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クラムボンが“産地直売”ライブで示した、音楽ビジネスの新たな可能性

2016年03月04日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

クラムボン(写真=岩﨑真子)。

 「いちアーティスト、バンドが今後向き合うべき音楽商業の未来、その可能性を僕らなりにしっかりプレゼンテーションしていく過程はかなり斬新に感じるかもしれません」


 メンバーのミト(Ba./Gt./Pro./Key.)が、自らのTwitterで事前にそうアナウンスしたとおり、2月27日に渋谷クラブクアトロにておこなわれた『clammbon 2016 mini album 会場限定販売ツアー』は、かなりイレギュラーな内容となった。


 身動きを取るのもやっとなほど満員御礼のクアトロには、数台のカメラもセッティングされている。今日の様子はニコ生配信もされることが決まっており、何かクラムボンが「新しいこと」をやろうとしていて、それに対するオーディエンスの期待で、場内は開演前から熱のこもった空気に包まれていた。


 定刻の19時を少し過ぎたところで3人がステージに登場。原田郁子(Vo./Key.)の歯切れの良いピアノが刻まれると、『Musical』(2007年リリース)収録の「GOOD TIME MUSIC」からライブはスタートした。6弦ベースを自在に操るミトと、複雑なシンコペーションを畳み掛ける伊藤大助(Dr.)が、心地よいグルーヴを作り出し、原田の伸びやかな歌声がフロアの隅々にまでしみわたっていく。この曲の間奏ブレイクでは、自然発生的にハンドクラップが沸き起こり、あっという間にオーディエンスとステージが一体化した。2015年10月の武道館ワンマンでは、菅野よう子やMOROHA、徳澤青弦に室屋ストリングスと、豪華ゲストを迎えて夢見心地な一夜を提供してくれたクラムボンだが、会場やセットの規模がどう変わろうが、ゲストがいようがいまいが、何一つ変わることなくハイクオリティなパフォーマンスを届けられるのは、彼らの演奏力の高さはもとより、一度でも目にしたら一瞬で魅了されてしまう、気さくで飾らぬ3人のキャラクターによるところも大きいだろう。


 続いてファースト・アルバム『JP』(1999年リリース)から、「はなれ ばなれ」をプレイ。1999年にクラムボンが初のクアトロワンマンをやったときに、ステージでベースを破壊したミトが、テイトウワと高野寛にたしなめられた貴重(?)なエピソードがMCで語られると、場内からは大きな笑いが起きた。ガットギターに持ち替え、『id』(02年)から名曲「adolescence」を披露した後、本日のメイントピックの一つであるミトの“プレゼンテーション”タイムとなった。


 2015年3月に通算9枚目となるアルバム『triology』をリリースし、それを最後に所属レコード会社であるコロムビアを離れたクラムボン。今回のツアーにて会場限定販売される『モメント e.p.』が2015年のシングル『Slight Slight』と同様に、彼らの所属事務所tropicalからの発売となった経緯を、実に20分(!)にもわたってミトの口から語られたのである。「とにかく、いい楽曲を作り、考えられる限り最高のプロダクションで音源化し、自分たちの納得しうるクオリティの装丁でファンに届けたい」、「そのためには既存のリリース形態を、もう一度見直すべきなのではないか」と。それは例えば、制作費を全て自分たちで持つことによって、原盤権も自ら管理する。あるいは、メンバーそれぞれが「メディア」となり、SNSや個々の活動などでバンドのプロモーションをおこない、宣伝費を抑える。さらには、ライブ会場でパッケージを「手売り」することにより、流通コストを省く(原田はこれを、「産地直売」とネーミングしていた)。「そのためにはメジャーを離れ、インディへと移籍する必要があった」と、具体的な数字や的確な例を挙げながら、細かく説明していったのである。


「僕らは別に、金儲けがしたいわけじゃないんです」と、ミトは笑う。


「例えばここで使っているケーブル1本から、アウトボードに至るまで、僕らはものすごくこだわっている。そうすることで、最高の状態で自分たちの楽曲をみなさんに届けたいんです」


 そんな長い長いMCのあと、実際に『モメント e.p.』からの楽曲「希節」、「フィラメント」そして「Flight!」、本人たちの演奏によって、最高の音響で披露される。これ以上のプレゼンテーションがあるだろうか。今回のミニアルバム『モメント e.p.』は、タグ付き特殊紙ジャケット仕様となっており、ドローイング・アートディレクションは原田が担当、製本会社の篠原紙工との試行錯誤によって作られている。ここまで凝りに凝った作品は、既存のやり方で作るのは確かに難しかっただろう。その実物を見せながらの“実演”は、まさに“産地直売”そのものだった。


 こうしたクラムボンの画期的な試みにの背景には、インターネットやSNSが爆発的に普及したことや、機材やソフトが発達し、事務所が所有するスタジオでも本格的なレコーディングが出来るようになったことなどがあるだろう。また、楽曲提供を積極的におこなっているミトにとっては、主たるクライアントであるアニメやアイドルの現場が今もパッケージ文化を大切にし、会場限定リリースやそれに付随する特典などで、独自のカルチャーを生成していることに触発された部分も、もしかしたらあるのかもしれない。なによりこれが、クラムボンのこれまでの実績と、ライブバンドとして(プレゼン出来るだけの)実力があったからこそ成立する試みであることも見落としてはならない。が、彼らほどの地位を築いたバンドであるなら、放っておいても“売れる”システムが出来上がっているはずで、それを、わざわざ壊してまで次のステージへ進もうとしている理由は、単にバンドとしての“新陳代謝”や、あくなき制作へのこだわりだけでは決してないだろう。ある部分では旧態依然とした音楽シーンへの強い危機感と、後進のバンドたちがより良い環境で音楽を奏でられるようにという、彼らなりの責任感、使命感にかられての行動でもあったはず。そうした志の高さには、ただただ脱帽するばかりである。


 なお、ワーナー在籍時の5作とコロムビア在籍時の8作については、木村健太郎によるリマスター盤として廉価でリリースされており、二社とも良好な関係が続いているという。これも彼らの人柄と、音楽に対する真摯な姿勢があってこそだろう。


 後半は『triology』から「yet」、『2010』(2010年リリース)から「KANADE Dance」などを披露。ミトの遠戚であり、ライブの前日が命日だったNujabesにちなんで「Folklore」(2003年『imagination』収録)を演奏すると、ひときわ大きな拍手が挙がった。


「本当に、これからだと思ってます」と、アンコールで「Slight Slight」を演奏する前に原田は言う。


「新しいことを始める時って、それを知ってもらって一緒になって何かをやってもらったり、馴染んだりするまでには時間がかかると思う。今日はたくさんしゃべったけど、『あ、クラムボンはこういうことをやろうとしてるんだな』、『なにか新しいこと、始めたんだな』っていうことを、持って帰ってもらえたら嬉しいです」


 キャリア20周年を迎えた今なお、「これからだ」と言い切るクラムボン。彼らの今後がますます楽しみだ。(黒田隆憲)