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フィリピンパブはいかにしてエンタメ映画の題材となったか? 『ピン中!』の社会的背景

2016年03月03日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016「ピン中!」影山塾

 フィリピンパブ、行ったことありますか? 私は3回ほどあります。昔の話なので、あまり強い印象はないですが、日本人のキャバクラより安くて、カラオケがあって、ちょっとノリがいい……という感じだったような。意識高い系だったあの頃は、「経済格差に依拠したこのようなサービスは、いかがなものか?本国には、幼い子供がいて、両親・祖父母の生活は彼女の双肩にかかっているのだろうなぁ」などと、ありがちな感慨にふけり、ハマることはありませんでした。フィリピンパブにハマり中毒になった人や状態を、本作のタイトルである「ピン中」と呼ぶそうです。


参考:『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』はなぜ映画に? 世代別マーケティングの観点から考察


 いわゆる「フィリピンパブ」は1980年頃に誕生したとされています。(一説では、元セクシー女優の麻美ゆまの実家が最古のフィリピンパブを経営していたとか? )1970年代より、在日米軍の軍人を相手にした飲食店などで演奏するフィリピン人のミュージシャンが、「興行ビザ」で来日していましたが、1981年に、日本とフィリピンの間で、フィリピン人エンターテイナーのビザ発行を促す協定が結ばれ、接客を行うホステスが数多く入国するようになりました。


 興行ビザについては、フィリピンパブで行われている接客が、「演劇,演芸,歌謡,舞踊又は演奏の興行に係る活動」とみなすことができるのかをめぐって議論となり、年々、厳格化されてきました。1988年には、興行ビザ入国者の急拡大を背景に、法務省がホステス行為の排除を目的とした厳格化方針を出し、2005年には、アメリカ国務省より人身売買監視対象国の指定を受け、「人身取引対策行動計画」に基づいて更なる厳格化を行っています。(法務省HP:在留資格「興行」(例,俳優,歌手,ダンサー,プロスポーツ選手等)の場合)


 フィリピンパブには付き物の不法残留問題ですが、国別で見てみると、韓国(22.7%)・中国(14.4%)・タイ(8.8%)に次いで、フィリピン(8.3%)が第4位で4,991人となっており、もちろん全員がフィリピンパブで働いているわけではないですが、個人的な感想として、メディアから受けるイメージより少ないようにも感じます。(法務省HP:本邦における不法残留者数について(平成27年1月1日現在))※パーセンテージは、2015年の国別構成比


 日本の映像作品でフィリピン人と言えば、やはり、ルビー・モレノに尽きるでしょう。テレビドラマ『愛という名のもとに』(1992年)で、チョロこと倉田篤(中野英雄)を手玉に取り、お金を巻き上げ、結果、自殺させてしまうフィリピンパブのホステス役は、高校生だった私には強い衝撃でした。確かに彼女は悪いが、しかし彼女だってお金を稼ぐ必要があり、自殺を選択したのはチョロの問題なわけで…という、世の矛盾を突きつける野島伸司節に、フィリピンパブのホステスという存在はうってつけでした。あの時代に見ていた人なら、きっと覚えていると思います。それぐらいインパクトがありました。


 翌1993年、映画『月はどっちに出ている』(崔洋一監督)でも、フィリピンパブのホステス役でしたが、こちらは、在日コリアンとフィリピン人という、日本においては、異邦人だが背景の異なる二人のラブストーリーで、いわゆる図式的な人物像を超えて、逞しくも美しいフィリピン人ホステス像を描き、ブルーリボン賞・毎日映画コンクール・報知映画賞などで最優秀主演女優賞を、日本アカデミー賞でも優秀主演女優賞を獲得しています。


 1981年以降の興行ビザ緩和の影響もあり、日本人と結婚するフィリピン人が増え、近年では、芸能界でも、フィリピン人とのハーフタレントの存在感が増しています。例えば、秋元才加・ラブリ・高橋メアリージュン・池田エライザ・ざわちんなど、枚挙にいとまがありません。国際結婚の増加に伴って、今後、ますますの活躍が予想されます。


 さて、そんなこんなの状況を受けての本作ですが、政治的に正しい人から怒られそうなタイトル(『ピン中!』)を引っ提げ、極めて全うなエンタテインメント作品・ラブストーリーとして成立しています。フィリピンパブの持つ歴史的・経済的背景といったある種の重苦しさや、日本人が抱く(なかなかどうして拭えない)ある種の差別意識といった諸問題は飛び越え、それら現実的事象は物語を構成する要素以上の意味は持ちません。


 これは、日本にフィリピンパブができて年数を経たことと、日本社会の変化に依るところが大きいと思います。つまり、日本人にとっても貧困は他人事ではなく、未婚率の上昇が象徴するように、非モテはどこにいっても誰にもモテないという事実が、現実的事象という背景の雑音を掻き消して、ようやく、人間対人間のドラマとしてキチンと成立できるようになったと言えるのではないでしょうか。(それが、日本という国家の衰退を意味しているとしても、グローバル化の厳しさを体現しているとしても)


 本作に登場するフィリピンパブのホステス役の俳優たちの演技がうまいかどうかは、カタコトの日本語ということもあって、正直よくわかりません。ただ、リアリティはあります。昔はハマらなかった私も、物語が進行するうちに、ドンドン可愛く見えてきます。あなたも、「ピン中」になってしまうかどうか、本作で試してみてはいかがでしょう? 新しい発見があるかもしれません。(蛇足ですが、ヒロインのジェーン役のコトウロレナは、フィリピン人ではなく、ルーマニア人と日本人のハーフなんですね…)(昇大司)