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<認知症訴訟>家族が「事実上の監督義務者」になる場合とは?最高裁判決の要点を解説

2016年03月02日 18:22  弁護士ドットコム

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認知症の高齢男性が徘徊中に列車にはねられて死亡した事故をめぐり、最高裁は3月1日、男性の家族に「監督義務はなかった」として、妻の賠償責任を認めた2審判決を破棄する判決を下した。高齢化社会における在宅介護が増えるなかで、今回の判決は大きな注目を集めた。


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事故が起きたのは、2007年12月のことだ。認知症だった男性(当時91歳)は徘徊中、愛知県大府市にあるJR東海道本線の駅構内から線路に立ち入り、列車にはねられて亡くなった。JR東海は列車が遅延して損害が発生したとして、家族に損害賠償を求める裁判を起こした。



1審と2審では「家族に監督義務がある」という判決が下されたが、今回の最高裁判決はそれまでの判断を覆したのか。そのポイントはどこにあるのか。今後の課題は何かあるだろうか。元裁判官の田沢剛弁護士に聞いた。



●家族は「監督義務者」にあたるのか?


「今回の判決は、民法の条文解釈が大きな争点になりました。



民法では、精神上の障害などで責任能力がない人は、他人に損害を与えても賠償責任を負わないと定められています(713条)。



その代わりに、責任能力のない人を監督する義務を負う人(=法定監督義務者)が責任を負うとしています(714条1項)。さらに、監督義務者に代わって責任能力者を監督する人も、責任を負うとしています(714条2項)。



したがって、もし加害者の家族が『法定監督義務者』であったり、監督義務者の代理だった場合、その家族は責任を負う可能性があります。



そして、これまでの裁判例では、夫婦の一方が認知症などの精神疾患をわずらった場合、『夫婦の同居・協力・扶助義務』(民法752条)から、その配偶者には、基本的に生活全般について、配慮または監督する義務があるとして『法定監督義務者』とされてきました。



今回の事件の2審判決も、その考え方によって判断されています」



●「事実上の監督義務者」として責任を問われる場合がある


最高裁の判決はそれまでとどこが違ったのだろうか。



「最高裁判決のポイントは、2つあります。



まず、最高裁は、『夫婦の同居・協力・扶助義務』について、『夫婦間において相互に相手方に対して負う義務』であり、『第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではない』と解釈しています。



そのうえで、『精神障害者と同居する配偶者であるからといって、(それだけで)その者が民法714条1項にいう『責任無能力者を監督する法定の義務を負う者』にあたるとすることはできない』と結論付けました。



つまり、単に、一緒に住んでいる家族だからというだけで、法定監督義務者ではないということですね。ここが1つ目のポイントです」



2つ目のポイントはなんだろうか。



「少しむずかしいですが、最高裁は、法定監督義務者にあたらない場合でも、『諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているか、あるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平(≒バランス)の見地』から、その人に対して、精神障害者の行為の責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められる場合、『法定監督義務者に準ずる』として、民法714条に基づく損害賠償責任を問い得ると示しています。



簡単にいうと、法定監督義務者でない場合でも、事情を総合的に考慮して、事実上の監督義務者として責任を問われることがあるということですね。これが2つ目のポイントとなります」



●何をどこまでやっておけば、責任を問われないのか?


今回の判決については、肯定的に評価する声が多数あがっているが、課題はないのだろうか。



「まさに、2つ目のポイントに課題があります。



最高裁は結局、『衡平の見地から、その者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況』があるかどうかを問題にするわけですから、これでは基準として、明確ではありません。



また、本来は『法定監督義務者に準ずる人であれば、責任を問える』という関係にあるはずです。ところが、今回の最高裁の判断では、『責任を問うのが相当といえれば、法定監督義務者に準ずる人である』とされ、『責任を問うのが相当といえなければ、法定監督義務者に準ずる人ではない』といっているようにも思われます。論理がさかさまになっている印象です。



今回のように、認知症の人を介護する家族からすれば、何をどこまでやっておけば、責任を問われないのか、もう少し明確な基準がほしいところです。その点が課題ですし、今後、事例の集積を待つことになるでしょう」



田沢弁護士はこのように述べていた。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
田沢 剛(たざわ・たけし)弁護士
1967年、大阪府四条畷市生まれ。94年に裁判官任官(名古屋地方裁判所)。以降、広島地方・家庭裁判所福山支部、横浜地方裁判所勤務を経て、02年に弁護士登録。相模原で開業後、新横浜へ事務所を移転。得意案件は倒産処理、交通事故(被害者側)などの一般民事。趣味は、テニス、バレーボール。
事務所名:新横浜アーバン・クリエイト法律事務所
事務所URL:http://www.uc-law.jp