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ディカプリオ、悲願のアカデミー主演男優賞を手にした理由 “逆境”と“家族愛”で新境地へ

2016年03月02日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)Getty Images

 かつて「アカデミー賞が欲しくない俳優なんかいない」と豪語したレオナルド・ディカプリオが、自身5度目のノミネートにして遂に『レヴェナント:蘇りし者』でアカデミー賞主演男優賞に輝いた。


参考:レオナルド・ディカプリオ、『レヴェナント』で初のアカデミー賞主演男優賞受賞


 本年のアカデミー賞主演部門にノミネートされた俳優陣が、それぞれ演じた役柄の多くに共通している点に、“逆境”そして“家族愛”という事が挙げられる。


 昨年の覇者で、本年も『リリーのすべて』で女装姿(保守的と言われるアカデミー会員たちだが、なぜか女装や男装の俳優を選出することには抵抗が無い)を披露し、世間の逆境に耐えた役柄を演じたエディ・レッドメインや、一人ぼっちで火星に取り残されたパイロットという逆境に耐えた『オデッセイ』のマット・デイモン。ハリウッドのレッド・パージによって、脚本家生命を断たれた名脚本家ダルトン・トランボを演じたブライアン・クランストンもその逆境に苦悩する姿を『Trumbo/トランボ』で披露した。アップルの創設者スティーブ・ジョブズを熱演した『スティーブ・ジョブズ』のマイケル・ファスベンダーも、周りのスタッフとの軋轢に耐え、成功していく中で、実の娘との確執に悩む姿を好演した。どの男優が選出されてもおかしくない状況で、見事に勝ち残ったのがディカプリオだったのである。


 主演女優賞では女性同士の同性愛を描いた『キャロル』のケイト・ブランシェットが有力とされていたが、やはり保守的なアカデミー会員は『ルーム』のブリー・ラーソンを選んだ。7年間にわたり監禁されていた母子の数奇な人生を描いた同作で、ラーソンが演じた母親が逆境に耐える姿を体当たりで演技した事が、正当に評価された結果となった。


 また助演女優賞には、世界で初めて女性に性別移行した男性を描く『リリーのすべて』で、夫を献身的に支える妻を演じたアリシア・ヴィカンダーを選出。助演男優賞は『クリード チャンプを継ぐ男』のシルベスター・スタローンを落とし、下馬評通り他の映画賞を席巻していた『ブリッジ・オブ・スパイ』のマーク・ライランスが獲得という結果に終わった。ボイコット運動を呼んだ人種差別問題や、LGBTを描いた作品を冷遇してきたことから、非難を浴びていたアカデミー会員が、サプライズや一つの作品に独占させず、全体的にバランスの良い順当で無難な結果を選んだのかもしれない。


 そんな今年のアカデミー賞で、ディカプリオに初のオスカーをもたらした『レヴェナント:蘇りし者』は、野生の熊に襲われ重傷を負ったまま、仲間に見捨てられ、極寒の荒野を彷徨った実在の男の復讐劇であり、アメリカ建国の歴史の中でも重要な実話として広く知られている。そして同じ題材がリチャード・C・サラフィアン監督によって『荒野に生きる』として過去に一度映画化もされていた。


 今回の映画化に際しては、愛する息子を無下に殺された父という設定を新たに加え、愛するものを奪われた父親の復讐という、実話以上に過酷な設定を加えているのが特徴で、単なるリメイク作品とは一線を画している。


 冒頭から、ネイティヴ・アメリカンとの凄まじい戦闘シーンをほぼワンカットでまとめ上げるという驚異の映像を作り上げたアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の確かな演出と、自然光だけで全編を撮影し撮影賞に輝いたエマニュエル・ルベツキの見事な映像美。そこから生まれた、アカデミー賞に相応しい壮大なスケールで描かれたシンプルなストーリーは、主人公の置かれた逆境を更に際立たせた。


 凶暴な熊の襲撃により喉を切り裂かれ、言葉もまともに発せず、文字通りボロ雑巾のようになりながらも、裏切り者の仲間を追い詰めていくディカプリオの鬼気迫る姿。加えて、ネイティブ・アメリカンの妻を亡くし、愛する息子を仲間に惨殺され、守るべき家族を守り切れなかった哀しみを帯びた感情の爆発が、いつもはアカデミー賞を意識するあまり過剰になりがちな演技と見事に合致し、初のアカデミー主演男優賞受賞に繋がったのだ。


 若干19歳で初めてオスカーにノミネートされ、それをきっかけに破竹の勢いでハリウッドスターへの階段を上っていったディカプリオが、これまでアカデミー賞から冷遇されてきた理由、それはやはり賞を意識しすぎた点にあると思う。


 狂気じみた迫力の演技で圧倒させた『アビエイター』、言葉巧みに投資家をだまし、巨万の富を得た若き株式仲介人を軽妙に演じた『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』には共通している点がある。それは(アカデミー賞ノミネートに至らなかった出演作品にも共通することだが)ディカプリオの演技に力が入りすぎているという事だ。心の病を抱えた主人公を、眉間に皺を寄せながら演じた前者はともかく、後者に於いてはコメディ色の強いストーリーにも関わらず、演技に力が入りすぎている。上映時間の長さも観客の体力を消耗させたが、ディカプリオの演技の力み具合が、実話ベースのコメディとしての軽さを消し去ってしまった。


 『レヴェナント:蘇えりし者』で“愛する息子を失った父親”という役柄を演じ、見事に俳優としての幅を広げる事に成功したディカプリオ。アカデミー賞を受賞したことが単純に俳優としての成功に繋がらないハリウッドで、今後どういう立ち振る舞いをみせていくのかが、彼に残された次の課題だ。(鶴巻忠弘)