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『いつ恋』が浮き彫りにする、男たちの弱さーー5年の月日は練たちをどう変えた?

2016年02月29日 07:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』公式サイト

 2016年1月となり、曽田練(高良健吾)の変貌を予感させた『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(以下『いつ恋』)だが、5年の月日は杉原音(有村架純)たちにも変化をもたらした。


参考:『いつ恋』音はなぜドラマ名を口に?  脚本家・坂元裕二が描く「リアリズム」と「ドラマの嘘」


 音は介護福祉士の資格をとり、今も同じ施設で働きながら、井吹朝陽(西島隆弘)と付き合っていた。朝陽は本社勤務となっており、ヘルパーの派遣業務を担当していた。静恵おばあちゃん(八千草薫)の家で音は、日向木穂子(高畑充希)と5年ぶりに再会。木穂子は3年前に広告代理店を退社して今はデザイン系の事務所で働いていた。


 音と震災当時のことを振り返った木穂子は練のことを思い出し、勢いで電話をする、しかし、電話には別の人が出て、すでに携帯電話は解約されていた。数日後、練の務めていた柿谷運送のトラックを見つけた音は、会社に練の行方を問い合わせる。佐引譲次(高橋一生)から、練の名刺をもらう音。名刺には「株式会社スマートリクルーティング」のマネージャーと書かれていた。


 携帯電話がスマホに変わったことや髪型や服装の変化を通して登場人物の変化を描く第六話だが、低賃金で長時間労働を強いられる介護職員たちは、より過酷な状況に追い込まれていた。音と同僚だった船川玲美(永野芽都)は月に120時間の残業を強いられながらも残業代が出ずに精神的に参って、医師の診断書を上司に見せたら「甘えている証拠だ」と言われて、会議室で毎日反省文を書くことになったという。「私たちって消耗品なんですか?」と朝陽に訴える玲美。「僕から上に相談してみるよ」と朝陽は答えるのだが、「本来なら自己責任だと思うけど」と音にさりげなく言う。


 第五話で、仕事の契約更新を打ち切られそうになった玲美は「私たちはちょっとずつ投げやりになってかないと、こういうことがある度に傷ついちゃうんです」と言っていたが、この台詞は、音や朝陽たち全員の心境を示しているように聞こえる。それは非正規雇用の若者だけではない。朝陽の兄・和馬(福士誠治)は「親父に疲れた」といい、異動願いを出したと朝陽に言う。和馬は父の征二郎(小日向文世)が企業買収によって不動産を手に入れることで会社を大きくしてきた、と話す。


「親父が俺に与えた仕事は潰した会社の社員を全員解雇することだった。この10年、俺は散々『鬼だ。人でなしだ』と言われてきたよ」


 本作では鈍感な男たちの無自覚な悪意が描かれる一方で、当初は理解不能に見えた男たちが、自分たちと変わらない家族や恋人のことを守りたい弱い人間なのだ、ということが繰り返し描かれている。和馬の台詞にゾっとするのは、一見嫌な奴・悪い奴に見える鈍感な男たちのほとんどは、自分の意思でそう振舞ってるのではなく、与えられた仕事上の役割を演じてきた結果そうなっただけなのだ、ということだ。


 しかし、そのことに和馬は耐えられなくなった。「兄ちゃんと一緒に親父を追い出さないか?」と、和馬は言う。その後、朝陽の元には父の征二郎から連絡が入る。征二郎は、「社長室に入れ」「これからは自分の後を継ぐつもりでやれ」と言う。はじめて父に認められたと思う朝陽。同時に征二郎は和馬を「弱い奴」だと言い、「お前があいつにリストラを告げるんだ」と言って、朝陽に電話をさせる。


 一方、音は練と再会する。練の会社をネットで検索すると、生活に困っている若者を食い物にする悪徳派遣業者だ、という悪評ばかり。心配した音は会社の住所を尋ねる。


 音と練が親密になっていく過程を丁寧に描いてきた本作だが、その際に繰り返し描写されたのは、音が振った世間話に練がのっかることで二人だけの世界ができあがっていく様子だった。しかし、今の練は音の会話にまったく乗ってこない。それどころか、引っ越し屋さんという音の呼び方を否定し「何屋さんですか?」という質問に対しては「曽田です」と苗字を言うだけだ。


 しかし、そんな練の姿は、変わってしまったというよりは、昔の自分に戻らないように、何とか音を遠ざけようとしているように見える。彼が本当に変わったのなら、投石が飛んできて窓ガラスが割れた時に、音をかばったりしないだろう。あるいは、「ありがとう」とピンハネした若者から言われた時の複雑な表情。環境も外見も変わったのに練の内面は変わっていないのではないか。むしろ職業上の役割を過剰に演じようとしていることの痛々しさが伝わってくる。


 坂元裕二が脚本を担当した『Woman』(日本テレビ系)の中に、思い出の父を美化する一方で、実は父に暴力を受けていた母親を責める主人公に対して腹違いの妹が「星が綺麗だなって言いながら、足元の花踏みまくってる人のパターンでしょ」と責める場面がある。星と花の対比は本作でも朝陽と練の違いとして現れている。


 社内で出世して父に近づくことで、弱者への優しさを少しずつ見失いつつある朝陽と、貧困の若者から搾取する派遣業で働きながらも、迷いを隠すことができない練。空に輝く星が好きな朝陽と、地面に咲く花が好きな練とでは、同じ優しさでも目線の高さがまったく違う。そんな二人の弱者に対する距離感の違いが、ここに来て明らかとなった回だった。(成馬零一)