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2015年映画興行成績の実態は? 松谷創一郎 × 宇野維正が徹底検証

2016年02月28日 13:21  リアルサウンド

リアルサウンド

 『ジュラシック・ワールド』や『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』などの大作が次々に公開され、好調だったといわれる2015年の映画興行成績について、ライター、リサーチャーの松谷創一郎と、本サイト主筆の宇野維正が語り合う。(リアルサウンド編集部)

図表付きの元記事はこちら
 


■宇野「テレビ局の映画への関与の仕方が転換期にきている」


宇野:2015年は夏から毎週このサイトで動員ランキングをもとにしたコラムを連載していて、年間を通じても興行成績が良かった年という印象があるのですが、実際はどうだったのでしょう?


松谷:日本映画製作者連盟が1月末に発表した統計(日本映画製作者連盟・過去データ一覧表)によると、総興行収入は過去最高だった2010年の2207億円に次ぐ2171億円となりました。2010年は『アバター』や『アリス・イン・ワンダーランド』など、3D映画がヒットした年ですね。


宇野:おぉ、あの年の次というのは、結構すごいことですよね。


松谷:すごく良かった年です。ただ、僕は11月までの段階で「もしかしたら過去最高になるかも」と考えていたので、思ったほど伸びなかった印象です。約40億円の差なので、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』がもう少し伸びて、あと一本ヒット作があれば違う結果になったと思います。


宇野:確かに、秋が深まってから急に失速しましたよね。日本ではほかの大作が『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の公開前後から逃げちゃったので、それも大きかったかもしれませんね。ちなみに本国アメリカでも、スピンオフを一本挟んでの次の『スター・ウォーズ』続編の公開が2017年の夏から冬に変更されて、同じ2017年冬に公開が予定されていた『アバター2』が逃げて公開を先送りにしちゃいましたよね。そういう調整要素っていうのは、海外でも同じようにある。


松谷:日本では『オデッセイ』も『ブリッジ・オブ・スパイ』も1月に逃げちゃいましたからね。加えて『妖怪ウォッチ』も前年ほど当たらなかった。そういった要因が重なって、過去最高とはならなかったのでしょう。一方、2000年以降では入場者数が4番目でした。興行収入の高さと一致しないのは、一人あたりの単価が上がったためです。平均単価が2013年の1246円から2014年の1286円に上がったのは、消費税分でしたが、今回はさらに17円プラスして1303円になりました。1300円台は初めてで、これは4DやIMAXなどの影響です。


宇野:単価が上がったのも印象的ですが、夏のハリウッド大作ラッシュもすごかったですね。『ミニオンズ』、『ジュラシック・ワールド』、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネーション』と、すべて50億を超えています。


松谷:洋画は昨年特に良かったと言われていますね。たしかに50億を超える作品がこれほどあるのは久しぶりのことです。でも、一昨年のシェアは邦画58.3%、洋画41.7%で、昨年は邦画55.4%、洋画44.6%だったので、劇的にその比率が変わったわけではないんですよ。


宇野:2012年に邦画65.7%、洋画34.3%と洋画が急激に底を打った年から次第に回復してきて、その直前の2011年時の邦画54.9%、洋画45.1%という水準に戻っただけなわけですね。


松谷:もしかしたら邦洋逆転もあるかと思ったのですが、結局は邦洋のシェアは10%以上も離れています。だから、洋画が調子いいとはいっても、超大作だけではなく10億~20億規模の作品も増えていかないことには、邦洋逆転はないんですよ。


宇野:なるほどねぇ。確かにその規模の洋画の中ヒットが確実に減ってきてますよね。洋画系の配給会社の再編が始まっているのとも無縁じゃない気がします。なにしろ、1998年から2002年の頃は大体邦画3割洋画7割でしたからね。それが10年後の2012年にはすっかり逆転してしまった。たった10年で国内ものと海外ものがここまでドラスティックにひっくり返った分野って、他にないんですよね。ただ、傾向としてはこのところ洋画が持ち直してきてはいる。これは感覚的な推測に過ぎないんですけど、邦画における“テレビドラマの映画化”の流れがだいぶ落ち着いてきたのが、ひとつの要因なんじゃないかと思うんですよ。この間びっくりしたのは、今年公開予定のテレビドラマの映画化作品って、今公開中の『信長協奏曲』と『さらば あぶない刑事』しかないんですよ。すごく象徴的だったのは、EXILEのAKIRAが出演していた昨年のドラマ『HEAT』(関西テレビ)の視聴率が最低2.8%と記録的な低さで、もともと映画化前提だったのが立ち消えになったこと。98年にドラマ『踊る大捜査線』が映画化して大ヒットして以降、“テレビドラマの映画化”は邦画の潮流のひとつになって、その後の邦画優勢に繋がっていったけれど、ここにきて転換期が訪れているのかもしれない。


松谷:そうですね。邦画の原作タイプ別興行収入(元記事を参照)を見るとより顕著なのですが、この2~3年はたしかに、全般的にドラマ映画のヒットは減ってきています。去年は『HERO』が46.7億円で悪くはないのですが、2007年の映画第一作は81.5億円でした。『踊る大捜査線』も最後の方はかなり興行収入が落ちていましたし、『相棒』も去年は映画化しなかった。13.1億円の『劇場版 MOZU』はそれなりに当たりましたが、目標ほどではなかったはずです。10.6億円の『ST 赤と白の捜査ファイル』も伸びませんでした。


宇野:それなりにヒットしたのは『HERO』みたいな一昔前の作品ですよね。本当は『半沢直樹』とかを映画化できれば良かったんだろうけれど、人気俳優に対してのテレビ局の求心力も低下している。ただ、先日東宝とTBSが製作した『64(ロクヨン)』の試写を観たら驚くべき完成度で、テレビ局出資映画の底力を見ました。同じ原作はNHKでもドラマ化されていて、それが見事な出来だったので、映画のスタッフにはかなりプレッシャーもあったと思うのですが、それを見事に跳ね返す仕上がりで。


松谷:自分も『64(ロクヨン)』のドラマには感心していたので、映画化はどうなんだろう?と思っていたのですが、そこまで言われると期待ができそうですね。


宇野:結局のところ是枝裕和監督の近作もフジテレビがお金を出資しているわけで、一概にテレビ局映画って言っても様々なんですよね。テレビ局が製作する映画の成り立ち自体が、自社のテレビドラマを映画化する役割から、そことは独立したものに変わりつつある。


松谷:日本テレビが製作幹事の『桐島、部活やめるってよ』(2012年)が、興行成績は奮わなかったものの内容的に評価されたことで、風向きがちょっと変化しつつあるのかもしれないですね。


■松谷「物語を作る才能は、小説やマンガに流れている」


松谷:日本の映画はいわゆる原作モノが多くて、いろんなメディアが集合する場になっているのも特徴的です。最近では特にマンガ原作が多いのですが、この傾向は2000年代に入ってからなんですよ。そのきっかけになったのが2002年の『ピンポン』で、2005年の『NANA』でさらにその傾向が加速した。で、去年は『暗殺教室』や『進撃の巨人』、『寄生獣』などが公開されています。面白いのが、『ヒロイン失格』や『ストロボ・エッジ』といった、マンガ好きじゃないと知らないような作品まで映画化されて、しかもヒットに繋がっていること。正月やGWや夏休み以外の、映画興行が奮わない春とか秋くらいに、若い女の子たちの観客を掴む成功スキームが確立されたといえるかもしれません。福士蒼汰みたいなイケメンの若手俳優に、有村架純みたいな旬な女優を起用して、ヒットを狙うと。こうした作品は、若手を使うのでギャラを抑えられ低予算で作れるので、うまいやり方ですよね。


宇野:少女マンガ原作映画も含めた、一連のティーンムービーの勢いは最近、特に感じています。『妖怪ウォッチ』と『スター・ウォーズ』と同じタイミングで公開された『orange-オレンジ-』があれだけ善戦したのは象徴的ですよね。“マンガの映画化”という文脈は今、邦画においてテレビドラマ映画化作品を引き継いで確実にメインストリーム化している。


松谷:そうでしょうね。先ほどのグラフでいうと、オレンジとグレーのところが“マンガの映画化”に当たるんですけれど、ここが年々増えていることがわかります。


宇野:以前、Netflixの日本法人代表であるグレッグ・ピーターズ氏に取材した際に、なぜ日本に重点的に資本投下しているのかを訊いたんです。実はNetflixのアジア支部はシンガポールにあるんですけど、日本ではそれとは別に大きな支部を設立している。つまり、アジアの中で完全に特別扱いされているんです。中国や韓国でもあれだけ映画界が活発になっているのに、どうして日本だけ特別視するのかって。現在進行形で世界的に成功している映画監督だって多いわけではないし、映画業界も構造的な問題を多く孕んでいるのに。そうしたらピーターズ氏は「確かに日本の映像界には未熟な部分はあるかもしれない。でも、日本は物語の宝庫なんですよ」と言っていて、それにすごく納得させられたんです。たしかに映画の作り手については他国に比べて決して充実しているわけではないのかもしれないけれど、世界に売り出せる物語がまだザクザク埋まっているっていうんですね。マンガコンテンツは、そのひとつなのでしょう。


松谷:その通りだと思います。僕は映画オリジナル作品がいまいちなのは、映画界に物語を作ることができる人材が流れていないからだと思っています。オリジナルで勝負できる人も多くない。だからマンガ原作に頼らざるを得ないんじゃないか。インディペンデントではオリジナル作品も多いですが、80年代と比べるとすごく減っています。実際、インディペンデントのオリジナルは、マンガだったら新人賞にも入選しないようなレベルばかりです。


宇野:専業の映画脚本家っていうのは、もう日本では生活が成り立たないんでしょうね。オリジナルの作品についても、西川美和監督や是枝監督を筆頭に、作家性の強い監督が自分で書いているケースがほとんど。あるいは、もともと作・演出が基本の演劇界からの人材が映画界に流入してきている。オリジナルの脚本を映画用に書く、旧来の意味でのシナリオライターの仕事は、専業のプロフェッショナルとしてはほとんど成立していないという印象です。


松谷:テレビドラマ界だと、坂元裕二さんや奥寺佐渡子さんが活躍していますが。坂元さんはあれだけ優れた脚本を書くのだから、過去には映画でのチャレンジもしているけれど、ぜひまた映画でも手腕を発揮してほしいですね。いずれにせよ、物語を作れる人は小説家かマンガ家になるのが、ずいぶん前から日本だと普通なんだと思います。海外だとマンガが弱いから、映画界に才能が流れているという面はあるのかもしれません。


宇野:そうですね。だからこそお金も流れるという。「日本の映画はマンガ原作ばかりだ」という批判もあるけれど、そもそも産業構造的に仕方がない。映画会社が人材発掘をしないとか、もはやそういうレベルの話ではないですよね。


松谷:マンガ界だと、売れていないけれどすごい才能の持ち主はゴロゴロいて、でもあまりパッとしないままに消えていくケースもあるんです。そういう人を映画会社が引き抜いて、オリジナルで脚本を書かせてみたらいいんじゃないかと、僕は思うんですよ。たとえば、『ネメシスの杖』などの朱戸アオさんは、素晴らしい作品を描くので、映画の脚本を書いても面白いはず。作品を読めばわかりますが、朱戸さんが映画の影響を強く受けていることは一目瞭然ですしね。


宇野:現場の生の声を聞くと、原作がないととにかくお金が集まらないという話もよく聞きますね。今の映画界は、すでにカタチになっているものがないと、お金は動かないということですね。これはほんの一例ですけど、黒沢清監督がある時期あまり映画を撮れなかったのは、映画界の人たちから「あいつはオリジナルしか撮らないんだ」って誤解されていたからだそうです。『贖罪』で原作モノを手がけてから、急に仕事がくるようになったという。逆にいえば、別に原作が有名作品やヒット作品ではなくても、会議の机に「これを映画化したい」という原作があれば、途端に企画が通りやすくなるんですよね。


松谷:そこにはプロデューサーの問題もあって、結局は企画が大切なんです。その話だと、黒沢監督とこの原作を結びつければ絶対に面白い映画が作れると確信を持てるプロデューサーがいるかどうかがなんですよね。でも、今のプロデューサーの多くは、売れているマンガを人気のキャストで実現できればヒットする、というふうにしか考えません。それで面白くなればいいけれど、失敗すると『進撃の巨人』のような作品になってしまうわけです。


宇野:去年の話となると、やはり『進撃の巨人』は避けて通れませんよね。(日本映画製作者連盟・最新映連発表資料)


松谷:前編の興行収入が32.5億円で、後編が16.8億円だから、ほぼ半減しています。『寄生獣』は前編が20.2億円で後編が15億円だから、大体75%になっているわけですけれど、これが普通なんですよね。『進撃の巨人』が前編でいかにお客さんを裏切ったかが数字でも明確にわかります。こういう映画にしないために製作委員会があったはずなのに、結果的にはビジネススキームしかなかったということの証明でしょう。予算的にはおそらく黒字にはなっている。ただ、日本映画はこういうことの積み重ねで信頼を失ってきたということは忘れてはならないと思うんです。


宇野:うん。そうですね。


松谷:フジテレビ映画の興行収入も『少林少女』(2008年)あたりから落ちています。あの映画は15億のヒット作になったけれど、あまりにも内容がひどかったのでその後の映画作品にも影響したと考えられます。『少林少女』は、「フジテレビ映画」というブランドに強いダメージを与えてしまいました。


宇野:たしかに、キャストや原作の力で集客できても、実際の作品がつまらないということが続いたら、信頼は落ちます。一方でアニメはいうと、昨年は『心が叫びたがってるんだ。』がヒットしましたね。久々にジブリ・細川以外のオリジナル作品で、10億超えしたという。オリジナル作品を期待できるのは、そこですよね。


松谷:『心が叫びたがってるんだ。』は大規模公開ではないのに10億超えですから、本当に大ヒットですよ。


宇野:不思議な逆転現象ですよね。マンガ原作の実写映画が量産されて、批判も多い中、アニメのオリジナルで秀作が作られているというのは。多分、国外セールスとかを考えても、オリジナルアニメの方が可能性はあるのかもしれない。


松谷:手堅くお客さんも入るし、マーチャンダイジングでいろいろな商品も売れるし。ただ、アニメの作り方の問題ももちろんあります。脚本をちゃんと作って、それを回してみんなで確認するという制作スキームがない作品もあるみたいなんですよ。絵コンテからいきなり書き始めるみたいな。そうなると、クオリティのコントロールも難しくなってしまう。たぶんそのあたりは今後、改善されていくのだと思いますけれど、作家性が強くても許されるのが今のアニメ界隈なんだと思います。


■宇野「残念ながら映画批評は機能していない」


宇野:洋画については、昨年これだけいい数字が出たのは洋画ファンとして嬉しかったけれど、大ヒットシリーズの続編やリメイクが2015年に集中することは数年前からわかっていたことなので、まぁそれに応じた結果が出たかな、と。ただ、今年が昨年よりシェアを拡大するかというと、それは相当難しいと思います。ジブリがなくなったのと歩調を合わせるかのように、ピクサーの作品も精度が落ちてきているようにも思うし。『ベイマックス』や『アナと雪の女王』みたいな作品が出て来れば、もちろん数字も変わってくるんだろうけれど、そういう機運も今のところあまり感じられない。海外では相変わらずアメコミ映画全盛期で、『デッドプール』が特大ヒットとなって、『バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生』と『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』でさらに盛り上がるんでしょうけれど、日本でどこまでいくか。『アントマン』のような続編ものではない作品でもようやく10億を超えたように、ちょっとずつ裾野が広がってはいるんですけど。


松谷:日本ではたぶん、マーベルはそれほど盛り上がらないですよね。一方で、去年は『ジュラシック・ワールド』が大ヒットしたように、アトラクション元年といってもいいほど、MX4Dのような新規格が盛り上がったじゃないですか。ここでまたNetflixの話が絡んでくるんですけれど、要は自宅のテレビでも気軽に高画質、大画面で映画が観られるようになったことで、映画館に足を運ぶ理由が改めて問われていることの現れでもあると思うんです。そう考えると、たとえば『俺物語!!』のような作品を映画館で観る意味は、果たしてどれだけあるのかと。


宇野:そういう事情を踏まえて、映画業界もbonoboみたいな配信サービスを始めていますよね。新作についても、劇場との同時配信はさすがにまだ先の話だと思いますが、早めに出していく方向に確実に進んでいくでしょう。ただ、アメリカでNetflixがオリジナル作品の『BEASTS OF NO NATION』を劇場で公開しようとしたら、映画館運営会社が上映をボイコットしたみたいに、やっぱり配給と興行は利害が対立することは避けられない。配給側の本音としては、もう公開日にでも配信したいでしょうが、そうなると映画館は潰れてしまいますからね。


松谷:たぶん、配給会社が「映画館は潰れてもいいや」、と思うタイミングがきたら、公開と同時配信しますよね。でも、日本の場合は配給と興行が同じ資本であるケースが多いので、そんなに簡単にはいかないと思いますが。


宇野:いずれにせよ、ネットの力がこれだけ大きくなって人々の嗜好が多様化して、自宅でも簡単に映画が観られるという状況になると、ヒットを狙うにはわかりやすい超大作を作るか、あとはインディーズ作品を細々と作るかという状況になってくる。そうなると、全体の数字は落ちていないんだけれど、中ヒットがなくなります。昨年の洋画のランキングは、まさに超大作ばかり。デヴィッド・フィンチャーやスティーブン・ソダーバーグといった監督は、そういった現在の映画状況を悲観して、テレビの方に流れてしまったわけで。


松谷:でも、日本の映画興行におけるメガヒット率(元記事を参照)を見てもらうと、実はあまり変わっていないんですよ。20億円台とか10億円台の作品が結構あります。シネコンが主流になって、大ヒットと小ヒットが分かれる傾向っていうのはあるんですけど、邦画に限れば満遍なく10億から30億くらいまであるんです。


宇野:一方、『アメリカン・スナイパー』が22.5億で、あれだけ騒がれた『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が18億……。アメリカで大ヒットした作品でも日本では中規模ヒットになって、アメリカで中規模ヒットとなった作品はまだ日本ではなんとか公開されているものの、おそろしいことに、中規模のヒットにさえ届かなかった作品はもう公開すらされなくなるかもしれないってことなんですよね。コメディ映画とかを中心に、これまでも日本公開が見送られることは少なくありませんでしたが、それが全ジャンルに及んできている。これは大問題です。


松谷:シネコンだと、一週目で当たらなかったものはすぐに公開しなくなるので、伸びにくくなるという傾向は強まったと思います。


宇野:でも『ミニオンズ』シリーズなんかは12億、25億、50億と興行収入が倍々で増えている。『ワイルド・スピード SKY MISSION』も地方にお客さんが入るようになって、35億に乗っかったわけです。だから、シリーズを育てるという面でいうと、まだ日本の洋画界は機能しているといえるかもしれない。ただ、大変残念ながら批評は機能していないですね。シリーズものであれば、『テッド2』や『ターミネーター:新起動/ジェニシス』のように向こうでコケたものでも当たっているのが現状で、それは誰も専門家の批評なんて気にもとめてないし、そもそも日本ではちゃんとした批評がほとんど書かれていないということだと思います。その逆もあって、たとえば『007』シリーズでいうと、2012年の『007 スカイフォール』はその前作の『007 慰めの報酬』から、世界中のほとんどの国で興行収入が2倍以上になったんですよ。これは作品の中身が評価されて爆発したわけだけど、日本では前作から微増しただけでした。これもつまり、批評が届いていないということの証拠で。


松谷:映画研究者のアーロン・ジェローが歴史を踏まえて指摘したように、日本の映画評論は面白いかどうかという感想ばかりですからね。例えば、Rotten Tomatoesみたいな人々の評価を集計する批評サイトがあると、多少は変わるのかなと。


宇野:日本にもいくつかレビューサイトがありますが、自分はそこには懐疑的です。こういう映画サイトをやっている身としては、粛々と真っ当な批評をサイトにアップしていくしかないとしか言えませんね。放っておくと5000万の興収しか稼げない映画を、せめて2億くらいにする、そのくらいの力はまだあると信じて。


松谷:そうですね。そういう意味で『マッドマックス』は、悪い数字じゃないと思うけれど……。


宇野:でも、あれだけロングランして18億だから。『テッド2』とか『ターミネーター:新起動/ジェニシス』にも全然負けているんですよ。せめて30億くらいはいってほしかったな。


■松谷「映画館ならではの体験について、真剣に考えるべき」


松谷:映画館は常にテレビから影響を受けながらも共存してきましたが、そのときの最大のアドバンテージは映像の解像度と大画面でした。しかし、解像度は4Kテレビの出現で並ばれてしまった。さらにこれだけ配信とかの環境が整ってきた中で、映画館が生き残る道の一つは、やっぱりアトラクション化なんですよね。映画研究者のトム・ガニングが書いた「アトラクションの映画」という有名な論文があるんですけれど、リュミエール兄弟が発明した直後の初期映画では、映画文法もまだ確立されていなくて、ただびっくりするような映像ばかりだったんです。例えばウェイトリフティングの人が、ずっとそれを上げ下げしているような。アトラクションの映画とはそうした見世物的な映像を指すのですが、昨今の4Dの魅力はその方向性に近づいている。要は、映画館に行かなければできない体験を提供すると。


宇野:その歴史は理解できますが、今年でいうと『ヘイトフル・エイト』とか、『レヴェナント: 蘇えりし者』とかは、そういうわかりやすいアトラクション作品ではないけれど、映画ならではのスペクタクルを追求している作品で、イニャリトゥやタランティーノはそこでまだ本気で戦っているんですよね。実は彼らの作品にこそ、映画館に行かなければできない本当の映画体験がある。


松谷:『レヴェナント』の撮影監督であるエマニュエル・ルベツキは、『ゼロ・グラビティ』や『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』も撮っていますよね。ああいう作品は、たしかに映像体験として至高のものがあります。ただ、あそこまでやらないと、映画館ならではの価値を生み出さないのかもしれません。


宇野:だからこそ、ルベツキは今引っ張りだこになっているんでしょうね。


松谷:そうなると、アクションでもなくCGがすごいわけでもなく、3Dでも4Dでもない日本映画を、これから映画館に行って楽しみたいかというと、ちょっとわからない。そこは一度、真剣に考えたほうがいいと思うんですよ。こういうと怒られるかもしれないけれど、正直、『海街diary』とかなら、僕は家で観ても十分なんです。大画面のテレビで映画と同等の解像度ですから。


宇野:うーん。まあ僕は広瀬すずちゃんのしたたる汗を映画館の大画面で楽しみたいですけどね(笑)。ただ、松谷さんの意見の方が今の観客のリアルに近いかもしれない。


松谷:Netflixがあって、Amazonビデオがある中で、映画館にわざわざ行くのって、やっぱり面倒くさいことですよ。でも韓国だと、国民一人当たりの鑑賞数が今や日本の4倍くらいです。それは以前、リアルサウンドでも書いたように社会意識みたいな強さというのもあるのかもしれないけれども、それ以上に、彼らが映画館で映画を観ることの楽しさに気づいたということだと思うんです。(参考:なぜ韓国人は『ベテラン』に熱狂したのか? 社会問題をエンタメ化する韓国映画の特性)


宇野:中国でも、ずっと海賊版DVDや違法サイトでしか映画を見ていなかった人たちが、一気に映画館に押し寄せたのが今の活況を生み出している。だとすると、日本でも最近はテレビも持っていない若い子が増えていて、全部スマホやパソコンで映画を観ているっていうから、逆に映画館の価値は高まっているのかもしれない。


松谷:でもそういう人って、もともと映画も観ないんじゃないですか?


宇野:まあ、そうかも……。でも、自分は仕事上仕方なく試写によく行きますが、映画館で観る映画が一番ですよ。深夜にふらっと車でシネコンに行って、誰も入ってない映画館で一人ぼっちで映画を観る、あの楽しみを多くの人に知ってほしいですけどね。


松谷:たしかに、深夜一人映画は楽しいですが(笑)。ただ、映画に限らず産業は経済合理性に従う傾向があるので、配信で儲かるようになれば一気にそっちに流れるでしょうね。
(宇野維正/松谷創一郎)