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大森靖子は“戦友”を手に入れたーー赤坂BLITZワンマンで見せたバンドの団結力

2016年02月25日 17:12  リアルサウンド

リアルサウンド

『HELLO WORLD!MYNO. IS ZERO』

 昨年10月に男児を出産したばかりの大森靖子が、産後初となるワンマンライブ『HELLO WORLD!MYNO. IS ZERO』を赤坂ブリッツで行なった。


 3月23日にメジャー・セカンド・アルバム『TOKYO BLACK HOLE』がリリースされることもあり、大森は同作に所収される4曲も披露。セットリストは来るべき新作への期待をおおいに膨らませるものだった。特に『絶対少女』以降、プロデューサーやバンドマスターとして大森に関わっている直枝政広(カーネーション)が彼女とデュエットする「無修正ロマンティック~延長戦~」はこの日の目玉のひとつ。この曲は作詞を大森と直枝が共同で行っており、ふたりが交互にメイン・ヴォーカルを取るスタイルで演奏された。


 また、開演前のBGMで宇多田ヒカルやglobeが流されたり、大森が思春期にカラオケで物真似をしていたというSPEEDの「BODY&SOUL」のカヴァーも演奏されたりと、彼女のルーツが垣間見えるライブだったのも興味深い。大森靖子の半生を詩人の最果タヒが文章化した『かけがえのないマグマ 大森靖子激白』(名著!)で、大森は「カラオケで歌を歌うのに何故金を払わなきゃいけないのか分からなかった」と思いながらも、好きな歌があれば夢中で歌っていた、という趣旨の話をしている。だが、大森はこの日、当時カラオケで歌っていたSPEEDの曲を、彼女たちと同じエイベックスからデビューし、プロのミュージシャンとして満員の観客の前で披露したのである。愛媛で鬱屈とした日々を送りながら、カラオケでSPEEDや浜崎あゆみを歌っていた思春期の大森に、「あなたは将来、エイベックス所属のプロのミュージシャンとしてライブでこの曲を歌いますよ」と教えたら、果たして信じてくれるだろうか……!?


 そんなこの日のライブだが、特筆すべきは、弾き語りはアンコールの4曲のみで、それ以外はすべて直枝政広(g)、畠山健嗣(g)、tatsu(b)、奥野真哉(key)、ピエール中野(ds)によるバンド・サウンドで固められていたことだろう。彼らのタイトでストロングな演奏は一分の隙もなく、主役の大森の魅力を見事に引き立てていた。しかも、MCでピエール中野や直枝と微笑ましいやり取りを交わしたり、「新宿」のギター・ソロ・パートで畠山を煽ってみたりと、大森がメンバーと打ち解け、心を許していることが伝わってくる。かつて弾き語りで膨大な数のライブをこなしていた大森だが、今は全幅の信頼をおけるバンド・メンバーがいるのだ。


 遡れば、直枝とは2013年6月17日に大森のライブに彼がギターで参加して以来(本当に素晴らしいライブだった!)、共演/共作を重ねてきた。畠山とは旧い知り合いで、彼は『魔法が使えないなら死にたい』の「高円寺」でギターを弾いている。tatsuとは『絶対少女』のセッションで初めて顔を合わせ、以降、ライブのバンド・メンバーとして活躍してきた。奥野とも『絶対少女』への参加がきっかけで意気投合し、現在彼はアレンジャー/プロデューサーとしても大森の作品に関わっている。また、2014年9月の“大森靖子コピバン祭り”では、globeの曲を一緒に演奏した際にマーク・パンサーのラップ・パートを担当してウケていたのも懐かしい。ピエール中野とは2014年6月に彼がPerfumeの「チョコレイト・ディスコ」をカヴァーした時に大森がヴォーカルを務めており(この時ベースを弾いていたのが、新作にプロデューサーとして参加しているクラムボンのミト)、先述のコピバン祭でも、大森や直枝と共に宇多田ヒカル、globe、SPEEDを演奏している。


 大森がメジャー・デビューと同時に手に入れたものは数多くあるだろうが、そのうちのひとつが、『洗脳』のツアー以来行動を共にしているこのバンドではないだろうか。もちろん、メジャー契約して以降も、大森靖子&THEピンクトカレフでの活動も平行して行なっていたわけだが、今のバンドとピンクトカレフはサウンドのベクトルがだいぶ異なる。派手なキメやキャッチーなリフを多用し、弾き語りとはかなり異なるアレンジを施していたピンクトカレフは、新宿ロフトのようなライブハウスで最も威力を発揮するタイプのバンドだったと思う。大森はインタビューでピンクトカレフについて、幕張メッセのような大きな会場では、後方まで音が届いていないと感じたそうで、それが解散のきっかけになったらしい。無論、この日のバンドにもピンクトカレフにも、どちらにも個々の良さがあるが、やはり方向性が違うのだろう。バンド然としていて良い意味でアクの強い音を出していたピンクトカレフに比べ、直枝らによる演奏は原曲の良さを最大限に活かし、大森が最も綺麗に映えるアングルを熟知しているような感触だ。彼らは、言ってみれば主演女優の大森を輝かせる名バイプレイヤーのようなもの。職人的な技術が光る演奏でさりげなく大森を盛り立てていたのだ。


 大森靖子は基本的に自分でアレンジをしない人だ。ラフなデモテープをアレンジャーやプロデューサーに送り、最後の肉付けを委ねている。つまり、それだけ共演/共作するミュージシャンを信頼しているということでもある。弾き語りで孤独に闘ってきた(その軌跡は先述の『かけがえのないマグマ』で知ることができる)彼女は、今、“戦友”とでも言うべき仲間を手に入れた。この日のバンド・メンバーも、その中の精鋭4人なのではないだろうか。(土佐有明)