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15年間の「義母の介護」の末に「遺産ゼロ」⁈ 嫁に相続権はない?

2016年02月25日 11:22  弁護士ドットコム

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夫の両親の介護をしてきた功績は、相続にはどのように反映されるのでしょうか? 15年間も、同居する義母の介護をしている女性がネット上のQ&Aサイトに「介護をしたのに遺産ゼロと言われてしまった」と、投稿しました。


 

女性は、「寝たきりだが口だけは達者な夫の老母(義母の介護を、シモの世話を含めて15年もしてきました」といいます。女性の夫は長男で、夫の2人の妹は離れて暮らしており、介護にはほぼノータッチです。


ところがその寝たきりの義母は、感謝の言葉を言うどころか、「口を開けば『あんたら夫婦には何もやらないよ。この家と土地は娘たちにやるんだ』とわめき立てています」。


相談者によると、義母は「少しボケがきているようで、遺言書を書く能力までは無い」とのことです。もしも義母の言い分が通るなら、義母を長年介護をしてきた相談者とその夫は、一円も遺産をもらえないのでしょうか? 山本 直樹弁護士に聞きました。


●口頭で言うだけでは「遺言」としての効力がない


まずはじめに、義母が言う「家と土地は娘にやる」という発言が、「遺言」としての法的な効力を持つのか考えてみます。


義母が、単に普段から口頭で言っているだけで、書面などを作成していないのであれば、義母の発言は法律上の「遺言」にあたらず、効力はありません。


被相続人(ここでは義母)は、遺言によって遺産分割の方法や、それぞれの相続人の取り分を定めることができますが(民法第902条、908条)、法律上の「遺言」となるためには、民法が定める方式に従わなければなりません(民法第960条)。


民法は、遺言の方式として、「自筆証書遺言」、「公正証書遺言」、「秘密証書遺言」のほか、特別な場合に行うことができる「危急時遺言」などを定めています。義母の発言はこれらの方式に従っているとはいえませんから、法律上の「遺言」にはあたらず、効力は認められません。


また民法では、「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」(民法第963条)とされていますから、認知症などによって判断能力がなくなり、遺言する能力がない状態で作成された遺言があっても効力が認められません。


●義母の実子である夫は遺産を相続できるが・・・


したがって、ご相談のケースを「遺言がない」という前提で考えると、相談者の夫は、相続人として遺産を相続することができます。


遺産を相続する人が遺言で指定されていない場合、相続人それぞれの取り分は民法が規定する原則どおりの割合になります。これを「法定相続分」といいます。例えば、相続人が配偶者と被相続人の子どもの場合は、配偶者と子どもが2分の1ずつ相続することになっています。


ご相談のケースではどうでしょう。


まず、事例に登場する人物のうち、相続人となるのは義母の3人の子、つまり夫と2人の義妹です(民法第887条)。なお、義母の夫、つまり義父が生きている場合、義父も被相続人の配偶者として相続人になります(民法第890条)。


義父が既に亡くなっていれば、3人の子のみが相続人となります。そして本件は、法定相続分における「子が数人あるとき」にあたり、それぞれの相続分は互いに等しいとされていますから(民法第900条)、夫は遺産の3分の1を相続することになります。


いっぽう、相談者は、義母の実子というわけではないので、義母と養子縁組を行ったなどの事情がない限り、相続人とはならず、遺産を相続することができません。


なお民法には、「被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした場合」は、その相続人の遺産の取り分を増やす制度があります(民法第904条の2)。これを「寄与分」といいます。


例えば相続人が、被相続人の事業を長年無給で手伝い、財産を増やすことに貢献したような場合は、寄与分を主張できます。ただし、寄与分を主張できるのは相続人だけなので、相談者自身は主張できません。


もっとも、相談者が義母の介護を長年してきたことについては、本来は義母の子である夫が行うべき介護に、妻である相談者が協力していると見る余地があります。


そして、妻が相続人である夫の補助者として介護を行っており、それが特別の寄与、つまり通常の親子の扶養の程度を超えていて、義母の財産の維持に貢献したのであれば、夫の相続分における寄与分として、遺産が上乗せされる可能性があります。しかし、実際は立証が難しいことが多いです。


●遺産が不動産だけの場合は?


さて、ご相談のケースで、義母は「この家と土地は娘にやるんだ」と言っているとのことですが、仮に遺産が不動産だけで、現金や預貯金が全くない場合、相続はどうなるのでしょうか。


遺言によって分割方法が指定されていない場合、遺産のうち不動産や現金などは相続人らの共有となり(民法第898条)、「遺産分割手続」によって分割しなければなりません。


そのため、遺産の不動産をどうするかについて、相続人全員で遺産分割協議を行って全員が合意するか、または家庭裁判所の遺産分割の調停や審判といった手続を行う必要があります。遺産分割協議や調停で相続人どうしの話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所の審判によって定められます。


不動産が共有のままでは管理にも処分にも困ることになりますので、実際は、不動産を取得したい相続人が、他の相続人に代償金を支払って、不動産を単独で所有するケースが多いでしょう。


このとき、遺産に現金などが含まれていれば、代償金相当額を他の相続分で調整して遺産分割する方法がとれます。しかし、不動産のみであれば代償金を用意することが困難なケースも多く、遺産分割が難航することが多くなります。


このような遺産分割の手続には労力と時間がかかりますので、不動産をお持ちの方は、あらかじめ遺言で遺産分割方法をきちんと定めておいた方が良いと思います。




【取材協力弁護士】
山本 直樹(やまもと・なおき)弁護士
「社会貢献できる仕事をしたい」との想いで弁護士を志す。交通事故・相続・離婚問題など、身の回りで起こる身近な法律問題をまじめ一筋にサポートしている。
事務所名:弁護士法人みお京都駅前事務所
事務所URL:http://www.miolaw.jp/