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映画『珍遊記』は原作ファンを裏切らないーー漫☆画太郎作品への溢れるリスペクトを検証

2016年02月24日 15:51  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)漫☆画太郎/集英社・「珍遊記」製作委員会

 勇猛果敢にも誰もが実写化不可能と匙を投げていた、不条理なギャグ漫画を実写映画化した猛者が現れた。かつて同じように実写化は不可能と謳われていたギャグ漫画『地獄甲子園』をはじめ『魁!!クロマティ高校』『ババアゾーン』等を実写映画化してきた山口雄大監督がその人である。


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 週刊少年ジャンプに連載され、その荒々しい画風と子供たちが大好きな下ネタをふんだんに盛り込み一世風靡した『珍遊記 -太郎とゆかいな仲間たち-』。日本人なら誰でも知っている「西遊記」をモチーフに、町一番のかぶき者で凶悪な暴れん坊だった主人公・山田太郎と、そんな太郎を改心させた高僧・玄奘の天竺への旅を描きつつ、数々の刺客たちと支離滅裂なバトルを延々繰り広げた衝撃的なナンセンス・ギャグ漫画だ。この作品を実写で映像化するという偉業に取り組んだ山口監督は、これまでにも漫☆画太郎作品の実写化に意欲的に取り組み、ゆうばりでヤングコンペ部門グランプリを獲得した『地獄甲子園』(03)を発表して以来、不条理でナンセンスなギャグ作品の異様な世界感を見事に成立させてきた。


 主人公である山田太郎(変身後)を文字通り熱演したのが松山ケンイチ。昨年実写映画化とそのキャスティングが発表された際はネット上を騒然とさせた。ほぼ全裸に丸坊主のメイクでドヤ顔を決めるというビジュアルは、これまでの松山ケンイチという俳優のキャリアを揺るがしかねないインパクトを与え、画太郎作品の実写化という高いハードルを本気で乗り越えようとする意欲が感じられた。


 これまでの画太郎作品の実写化にも共通する事だが、山口監督の画太郎作品に対する“原作愛”が、おそらくキャスト陣にも憑依したように思える。“変身前の山田太郎”という素顔が全く見えない役柄を演じたピエール瀧は、元々原作の大ファンで、コミックにも実名で登場している。また倉科カナが演ずる僧侶・玄奘に至っては、映画の冒頭から女優生命の危機にも値する恥ずかしいセリフの数々を何の躊躇もなく発し、太郎の育ての親であるじじいとばばあを演じた田山涼成、笹野高史の両氏は、年齢や性別をも超えた、時に初々しく、それでいて濃厚なラブシーンを見せてくれる。これもひとえに“原作愛”の賜物だと考えたい。お下劣かつ荒唐無稽な原作漫画の世界観を、心の底から愛する事によって、演者たちの羞恥心が消失するのだと……愛はどんな障害も乗り越えるのだ。


 昨年公開されたアニメ/コミックの実写化作品には酷評されたものもあったが、それに足りなかったものは間違いなく“原作愛”だ。作品によっては原作自体がまだ完結していないにも関わらず、映画を成立させる為に強引な結末に導いたり、安易に原作の世界観を改編したり、映画オリジナルのキャラクターを登場させることによって、原作者が作り上げたコミックへの“愛”はもちろん“リスペクト”すら感じられない作品が出来上がってしまう。そのため、原作のファンからは失笑や総スカンを喰らうことも多い。


 小説の映像化とは違い、確固としてキャラクターのイメージが出来上がっている故に、二次元のキャラクターと俳優が演じるキャラクターとのギャップが埋められないのだ。また原作者の意向を反故にして、映画化された不幸な作品もある(そして揉めた)。今回の『珍遊記』でも、原作には登場しない溝端純平が演じる龍翔と呼ばれるキャラクターが登場し、それが結果としてストーリーの重要なキーパーソンになっている。


 しかしそれは“原作愛”を放棄したわけではなく、本作に限っては荒唐無稽すぎて時に話の辻褄すら合わなくなってしまう画太郎作品の独特な世界観を、一本の映画としてまとめ上げる為に不可欠な要素として必要なものだったのだ。また自主映画時代からギャグのセンスとタイミングを身に着けてきた山口監督の卓越した編集が、画太郎作品独自のコマ割りをドラマチックな演出に昇華させている。原作と映画の微妙なバランスを絶妙なさじ加減で作り上げる術を心得た山口監督ならでは職人技なのである。


 誰もが躊躇する画太郎作品の実写化に対して、今回山口監督はお笑いトリオ「鬼ヶ島」のリーダーおおかわら、そして目下深夜のアニメ界を騒然とさせている『おそ松さん』の脚本を担当している松原秀の両氏を脚本に迎えた。この三人が“原作愛”をふんだんに盛り込んだ『珍遊記』が単なるナンセンス・ギャグ映画ではない事をその目で確かめてほしい。今こそ正しいギャグ漫画の実写化とはこういうものなのだ!という山口監督の魂の叫びを広い心で受け止める時なのだ。(鶴巻忠弘)