バルセロナ・テスト2日目は、ホンダのF1プロジェクト総責任者の交代というニュースから始まった。さらにテストが行われているカタロニア・サーキットでこの日、新旧の総責任者による会見を行うということで、テスト中もマクラーレンのホスピタリティテントに、代わる代わるメディアが駆け寄って中の様子を覗いていた。筆者も数人の海外メディアから、ホンダの決定と新しく総責任者に就いた長谷川祐介氏についての情報を尋ねられた。
実は長谷川 総責任者がカタロニア・サーキットを訪れるのは、今回が初めてではない。ホンダがBARと組んで戦った第三期F1活動には、エンジンサイドのレースエンジニアとしてジャック・ビルヌーブや佐藤琢磨と仕事をした経験がある。その後、チームはホンダとなり、長谷川氏はエンジンサイドのチーフエンジニアとしてテストレースの両面で現場の運営を支えた。
その後、ホンダは2008年限りでF1を一時撤退。長谷川氏とともに仕事をしたイギリス・ブラックリーのファクトリーのスタッフたちは、ブラウンGPを経て、2010年にメルセデスが買収。ホンダがF1に復帰した2015年にはチャンピオンとしてライバルチームになっていた。そのことを尋ねられた長谷川氏は「いえいえ、かつて一緒に仕事したメンバーが活躍する姿を見るのはうれしいです。(去年も)レース見ていて、応援していました。ボノ(レースエンジニア/ピーター・ボニントン)はBAR時代から一緒に仕事してきた仲だったので、去年のモナコでピットミスして優勝を逃したときは同情しましたよ。もちろん、我々と競うようになれば、話は別ですが(笑)」
今回、総責任者の座を譲ることになった新井氏だが、会社の決定を尊重している。それは、後任となる長谷川氏は、信頼できる部下の一人だからだ。
「96年のインディのチャンピオンは、彼なくしては取れなかった。長谷川が開発した制御システムが力を発揮しました」と新井氏。
その長谷川氏にとっても、新井氏はホンダに入社したときからの尊敬する上司である。ホンダが撤退した翌年は元同僚たちの活躍を応援するためにF1を見ていたが、その後はぱったりとF1を見なくなった。しかし、ホンダがF1に復帰した2015年は、モータースポーツを担当する部署でなかったにもかかわらず、深夜にテレビのスイッチを点けてF1をフォローするようになったという。しかし、そこで見たのは厳しい現実だった。長谷川氏は、そのことを以下のように語っている。
「技術的なやりとりを直接していたわけではないので、実態としては把握してはいませんでしたが、レース結果やトラブルの多さを見ているだけでも、新井さんが直面している大変さは想像できました。ただ、ひとつ言っておきたいのは、参戦までの短い準備期間を考えると、あの状況で昨年一年間戦ったことは素晴らしい仕事だと思っています」
その厳しい時期に総責任者としてホンダを指揮した新井氏。これまでの3年間で大変だったことはなんだったのだろう。
「いやー、すべてが大変だった。時間はない。経験値も少しほこりがかぶって錆付いていた。さらに現在の複雑なパワーユニットに対する理解度も低かった。3年間で一番辛かった時期は、昨年のオフシーズンからオーストラリアあたり。ここ(F1)に立っていていいんだろうかと思いました。あれから1年が経過して、こうしていま多くの周回数を重ねるなんて、当時は想像もできなかった。今後は研究所付きの主席顧問(エグティプチーフアドバイザー)として、私が経験したことで会社が発展できることがあればアドバイスしていきたい」
そう語る新井氏がメディアの前で公式にコメントするのは、今回が最後となる。「やりきった」という気持ちと、「やり残した」という気持ちのどちらが強いかと尋ねられた新井氏は、迷わずこう返答した。
「この仕事に、やりきったということはない。でも、会社のプロジェクトですから、それを引き継いでやってくれる人がいるということが大切。これから先もまだまだ大変な局面に遭遇すると思いますが、彼なら必ずモノにしてくれると信じています」
テストがスタートして2日間だけだが、ここまでのホンダの仕事を長谷川氏はどのように見ているのだろうか。
「まだわれわれの戦闘力が相対的にどれくらいあるのか、わからない。ただし、信頼性を改善させるという自らの目標に関しては、飛躍的に進歩していることは間違いありません。回生を上げるという課題も初日のジェンソンのコメントを聞く限り、だいぶ進化していると思う。ただし、ライバルたちに比べて、それで競争力が十分かいうと話は別。まだまだ厳しいというのが正直な印象です」
今回の総責任者が交代によって、組織やスタッフに大きな変更を加えることはないという長谷川氏。
「もちろん、必要であれば、改善することもありますが、現時点ではこれまでの体制を踏襲していくつもりです。去年一年間かけて苦労した経験を、これから活かしていくところですから、ここで変えるという考えは、いまはありません」
記者会見が行われたテスト2日目の2月23日。マクラーレン・ホンダのステアリングを握ったアロンソが周回したラップは119周。それは前日のバトンの84周を上回っただけでなく、ホンダがF1に復帰してから一日の最多ラップ数でもあった。