ホンダがF1に関する新しい人事を発表したというニュースは、テストが行われているスペイン・バルセロナでも大きな話題となっていた。発表があった現地2月23日の午後には、これまでホンダF1プロジェクトの総責任者を務めていた新井康久氏と、後任となる長谷川祐介氏がそろって記者会見を行った。冒頭、新井氏は今回の体制変更を次のように説明した。
「今回の体制変更は、形だけを見ると、これまで私がやってきた仕事を3人に分けているように見えますが、実際にはそういう意図はない。F1という複雑なプロジェクトをホンダとしてしっかりやっていくためには、より専門的に集中して行っていこうという判断です。青山の本社(本田技研工業)にF1担当の役員を置いたのも『ホンダは、これからもF1をきちんとやる』という表れだと考えていただきたい。少しわかりづらいかもしれませんが、これからサーキットの現場で私の代わりを務めるのは長谷川です」
新井氏からバトンを渡された長谷川 総責任者は、ホンダでもモータースポーツ経験の豊富なエンジニアのひとりである。ホンダが第2期F1活動を休止したあと、アメリカのCARTへ挑戦を開始したときにはエンジンのシステム制御を担当。その後、ホンダの第3期F1活動に参画。ジャック・ビルヌーブや佐藤琢磨のエンジン担当レースエンジニアとして、F1の世界で揉まれた。その後ホンダが一時撤退する2008年末まで、エンジンのチーフエンジニアを務め、現場責任者の中本修平氏に代わって2009年からはホンダのF1活動を統率する予定だった。だが、その職に就く前にホンダは撤退を発表。長谷川氏にとっては8年ぶりのF1となる。
「ホンダが一時F1から撤退したあとは、日本に帰ってリサーチ研究や量産車のEVやハイブリッドなど先進的な開発を行っていた。今回、任命されるまでF1のプロジェクトには一切関わっていませんでした」
長谷川氏が再びF1を見るようになったのは、ホンダがF1に復帰した昨年から。しかし7年間のブランクを経て復帰したホンダを待っていたのは厳しい現実だった。今回のホンダF1活動を初期から指揮してきた新井前総責任者は「現在のF1の複雑なパワーユニットの世界に挑戦し、これまでいろんな厳しい経験をしましたが、そのプロジェクトに携わることができたことは得難い経験として大切にしたい。ちょっと大袈裟ですが、これまで私がホンダで経験した中でも一番濃密な時間だったと思います」と、2013年5月から2年9カ月の総責任者時代を振り返った。
長谷川氏にも、今回の任命には特別な思いがある。
「第3期でやり遂げられなかった続きをやらせてもらえること自体は、とてもうれしいし、エキサイトしています。その一方で、いまパートナーを組んでいるチームとのプロジェクトは世間からの期待も大きいだけに、まかされた責任の重大さに、これまで経験したことがないようなプレッシャーも感じています。『いったい自分がどれだけのことができるのだろう』と考えると夜も眠れない」
市販車の開発時代から、研究所の上司として長谷川総責任者をよく知る新井氏は、新しいホンダのリーダーにエールを送った。
「F1というモータースポーツの最高峰での戦いでは、これからも大変な時期が待っているでしょう。けれど、彼なら、やり遂げてくれると信じています」
(尾張正博/Text : Masahiro Owari)