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西島秀俊も香川照之も昔はこの風景の中にいたーー『クリーピー 偽りの隣人』の強烈な黒沢清濃度

2016年02月22日 12:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『クリーピー 偽りの隣人』(c)2016「クリーピー」製作委員会

 先日、ベルリン国際映画祭の「ベルリナーレ・スペシャル」部門でワールドプレミア上映がおこなわれた黒沢清監督『クリーピー 偽りの隣人』を、一足早く観る機会を得た。サスペンス・スリラーというジャンルの性質上、ネタバレにつながるストーリーに関する記述は極力避けるが、その第一印象(これまで黒沢清の作品はすべて複数回観ている)をここに記しておきたい。


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 「ネタバレ回避と言っても、どっちにしろ小説の映画化なんじゃないの?」と思う人もいるかもしれない。最初に言っておくと、結末どころか、物語の冒頭から、いや、そもそもの主人公の設定から、本作と2011年日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作となった前川裕の原作小説『クリーピー』は大きく異なる。西島秀俊演じる主人公が犯罪心理学を大学で教えているのは原作と同様だが、今回の映画作品ではそこに「元・捜査一課の刑事」という設定が付け加えられた。その設定が、原作では極めてスタティックに始まるこの物語に、序盤から黒沢清の近作らしからぬメジャー配給作品(松竹、アスミック・エース配給)的なスケール感とダイナミズムを与えている。黒沢清ファンならば誰もが客席に座りながら、「おぉ、これは『CURE』以来の久々の感触だぞ!」と前のめりになるはずだ。


 昨年、『岸辺の旅』公開タイミングでインタビューをした時、黒沢清監督は次のように語っていた。「『贖罪』を撮ったことで『あぁ、こいつは原作ものもやるんだな』って思ってもらえたのか、それからようやく、原作の映画化の話がいくつか来るようになりました。自分としては、正直言っておもしろきゃなんでもいいんですよ」。これを額面通りに、黒沢清の「原作ものバンバンやりまっせ」宣言ととらえるのは早急であることが、本作『クリーピー 偽りの隣人』を観ればわかる。原作に黒沢清(と共同脚本の池田千尋)が加えた新設定やツイストや小道具は、序盤は前述したように物語のスケール感とダイナミズムを与えているが、中盤以降は逆に「黒沢清作品以外の何ものでもない世界」へと観る者を誘うべく奉仕している。本作の評価が分かれるとしたら、そこの部分だろう。


 西島秀俊×黒沢清と言えばもちろん『ニンゲン合格』であり、竹内結子と夫婦役を演じるという点では『ストロベリーナイト』での叶わぬ想いが成就したことになるわけだが、黒沢清ファンとして最も注目すべきなのは、その夫婦の隣人役に香川照之をキャスティングしていることにある。実は本作『クリーピー 偽りの隣人』は、まだミステリーとしての体裁をなんとか保っていた『CURE』を通り越して、終盤になるにつれて黒沢清Vシネマ時代の最後を飾った『蛇の道』や『蜘蛛の瞳』の連作を彷彿とさせるような、極限を超えてしまった人間の荒廃とした心象風景へと迷い込んでいくのだ。その『蛇の道』で復讐に取り憑かれていた男を演じていた香川照之が、本作では原作から付け加えられたサブタイトルが示唆しているようにキーパーソンとなる。


 北九州監禁殺人事件、あるいは原作が書かれた時点ではまだ明るみになっていなかった尼崎連続変死事件など、本作のテーマは、近年の日本で起こったいくつかの忌々しくも恐ろしい実際の事件を嫌でも想起させるものだ。西島秀俊も香川照之も、今では初めて黒沢清作品に出演した時とは比べものにならないほど役者としてのステータスが上がっている。しかし、もちろんあの黒沢清がただの社会派作品を撮るわけがなく、スター映画を撮るわけもない。これだけタイムリーな題材と実力面でも人気面でも文句のつけようのない役者陣が揃ったのだから、いっそのことエンターテインメントに吹っ切った作品を観てみたかった気もするのだが、「三つ子の魂百まで」ということなのだろう。本作は、21世紀に入ってから最も「あの黒沢清」らしい黒沢清作品となった。(宇野維正)