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菊地成孔と幸田浩子、『偉大なるマルグリット』を語る 菊地「音楽家としての純粋さに感動する」

2016年02月17日 22:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2015 – FIDELITE FILMS – FRANCE 3 CINÉMA – SIRENA FILM – SCOPE PICTURES – JOUROR CINÉMA – CN5 PRODUCTIONS – GABRIEL INC.

 ジャズミュージシャンの菊地成孔とソプラノ歌手の幸田浩子が、2月16日に映画美学校(東京・渋谷)で開催された『偉大なるマルグリット』の特別試写イベントに登壇し、同作の魅力やふたりの音楽観についてトークを繰り広げた。


参考:菊地成孔が語る、音楽映画の幸福な10年間「ポップミュージックの力が再び輝き始めた」


 『偉大なるマルグリット』は、ジャノリ監督が“伝説の音痴”と呼ばれた実在の歌姫 フローレンス・フォスター・ジェンキンスからインスピレーションを受けて完成させた作品。主人公のマルグリット夫人がサロン音楽会で歌を披露し、儀礼的な貴族たちの拍手喝采を受けたことから、自身の音痴ぶりに気づかずにリサイタルの開催を目指すという悲喜劇だ。


 日本を代表するソプラノ歌手として世界中で活躍する幸田浩子は、劇中で使用されている「椿姫」や「カルメン」、「フィガロの結婚」といった楽曲について、「マルグリットの心情を表す選曲はどれも素晴らしく、なにより一生懸命歌うマルグリットの姿が愛おしくてしょうがなかった」と、本作への感動を語る。一方で菊地は、昨今の音楽映画の多くは時代考証が綿密にされていることに触れ、本作でマルグリットの衣装などがどれほど当時を再現しているかを幸田に尋ねる。幸田によると、マルグリットが頭に羽をつけているのはフローレンス・フォスター・ジェンキンスへのオマージュとのことで、悲喜劇としての脚色は見られるものの、当時の雰囲気をうまく再現しているとのことだ。


 “狂騒の時代”と呼ばれた1920年のフランスを舞台に描く本作は、第一次世界大戦直後の時代背景や、ダダイズムやシュールレアリズムといった当時の芸術思潮もまた丁寧に描かれているという。菊地によると、「マルグリットが『ラ・マルセイエーズ』を歌うシーンでは、途中で斧を使ってピアノをぶっ壊したり、典型的なダダイストのパーティーを描いていた。片眼鏡の男がマルグリットに渡したパンフレットもダダイストのもので、精巧に再現していた。彼がマルグリットに送るコラージュ写真も、初期のシュールレアリズムのもの。そういう文化の流れを丁寧に描いていた」とのことだ。また、そうした中でマルグリットがリサイタル開催を決意するシーンについて、「音楽家としての純粋さに感動する」と述べた。


 さらに菊地は、本作で描かれる重層的なテーマについても言及。アムール(愛)をテーマとした夫婦愛の物語であり、真の歌声とはなにかを問いかける音楽映画であると同時に、裏テーマとして「テクノロジーへの抵抗」も描かれているという。当時は黎明期のテクノロジーだった写真と録音機が、本作で重要な役割を果たすことの意義を紐解いた。


 また、マルグリットが音楽への愛と夫への愛、どちらを選択するかで迷う姿は、音楽家であるふたりにとって特に共感できるところだったようで、幸田は「旦那様に愛されたいというマルグリットの想いはすごく感じた。ただ、彼女の一番の助けになり、その時に必要な言葉や響きを与えてくれたのはオペラだったのではないか」と感想を述べ、菊地は「お客さんに愛されること、旦那さんに愛されること、音楽に愛されること。その三つをすべて叶えるのは難しい」と、苦笑いを浮かべた。


 菊地は最後に、「細かく時代考証を見ていくと、いろんな隠されたテーマが見えてくる。(中略)たくさんの階層が深く、細やかに描かれている映画なので、何度も何度も見返してもらえればいいなと思う」と本作を勧め、幸田は「本作を観て、名歌手が名曲を歌ったときに感じるような“心の動き”を感じてもらえたら素敵。温かいジューシーな気持ちを持って帰ってほしい」と語り、イベントは幕を閉じた。


 本国フランスで動員数100万人を突破し、大ヒットを記録した『偉大なるマルグリット』は、2月27日よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー。(リアルサウンド編集部)