2月13日、不妊治療を特集したNHK総合「ニュース深読み」の放送中、司会の小野文惠アナウンサーが「子どもを産めなかった我々(世代)は社会の捨て石だ」と言ったディレクターの発言を明かし、スタジオ内の全員が絶句する場面がありました。
不妊とは「1年間男女が子作りを続けても妊娠に至らない場合」をいい、検査・治療経験のある夫婦はいまや6組に1組。治療には肉体的・精神的・経済的な負担が重くのしかかります。(文:篠原みつき)
「生まれない子どもに税金使わないで」に涙浮かべ反論
1回30~60万円かかる体外受精の成功率は40歳で8.3%、45歳に至っては0.8%と、年齢と共にさらに険しい道のりになります。
健康保険が適用されない治療費の一部を地方自治体が助成する制度もありますが、
番組に寄せられた視聴者からの意見は厳しいものでした。「子供が欲しかったのなら、早めに結婚したらいいのに。そこで税金が使われるのは無駄」
「生まれない子どもに税金を使わないで。生まれてくる子供、赤ちゃんに税金を使ってほしい」
これはいずれも「東京都・20代女性」の声。このテーマは既婚で子どものいない、今年48歳になる小野アナウンサーの心を深く突き刺す問題でもあったようで、「40代の不妊治療をもっと手厚くしないと少子化は止まらない」という意見を読み上げた後、涙をこらえながら、こう力説していました。
「私も40代なので、20歳くらいの時に高齢出産のニュースを見て『50歳くらいまでに産めばいいのかな』と思っているうちに手遅れになりました。でも、ちょっとでも希望があるならと希望をつなぐ人たちの気持ちは、痛いほど共感できますし、そこに手を差し伸べないのは、無念っていうか……」
さらに最後はふり絞るような声で、40代女性の気持ちをこう代弁しています。
「20代30代の、今、もうちょっと仕事頑張らないとっていう時期、産めるような社会でもなかったですよね? 『そんな状況じゃなかったんですけど!』っていう、その辛さをどこに振り向けたらいいのかな…」
「捨て石」という言葉の重さに賛否
そして番組の後半、ふたたび小野さんの強い思いが現れた場面がありました。「実はこの番組を作ったディレクターも私と同じ世代で、気が付いたらタイミングがとっくに過ぎてましたという人」の発言を、こう明かします。
「私たちは、捨て石だと思うんですよ。でも小野さん、いい捨て石になりましょうよ。この無念を良いエネルギーにして、世の中に貢献できること探しましょうよ」
さらにスタジオに向けて「良い捨て石になるには、どうしたらいいと思われますか?」と問いかけました。
「捨て石」という言葉の重さに、スタジオのゲストたちは凍りついて絶句。視聴者からはツイッターに「『不妊』と言うだけで、なぜ『捨て石』にならねばならない? それは自ら差別されるべきだと言ってるの?」と苦言を呈する人がいる一方、番組サイトにはこんな賛辞も寄せられていました。
「放送中の小野キャスターの涙に共感しました。きっと子供のことで辛い思いをされていると思います」
「きっと同じ思いをされているんだと感じ、そんな中戦っておられるんだなと感銘を受けました」
無念の中の前向きか、あるいは痛烈な皮肉か
NHK解説員の村田英明さんは、「これは個人の問題だけではない。社会構造の問題がある」として、女性の社会進出と共に晩婚・晩産が増える一方、高齢でも産める生殖技術の進歩があった。そんな中、男社会で一生懸命頑張って、産みたくても産めない状況にあった人たちが今悩んでいることを指摘しました。
「捨て石」を辞書で引くと、土木工事の基礎づくりのため水底に投げ入れる石を指し、転じて「さしあたり無駄のように見えるが、いつか役に立つと考えられる物事・行為」という意味があります。「キャリアのため、子づくりを後回しにして手遅れになった世代」として無念の中でも前向きにという気持ちと、家庭か仕事の二者択一しかない日本社会への痛烈な皮肉のようにも感じました。
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