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『オデッセイ』の大ヒットから学ぶ、映画ファン以外の観客を映画館に呼び込む方法

2016年02月11日 14:41  リアルサウンド

リアルサウンド

リアルサウンド映画部

 正直、今週はちょっと驚いた。本コラムは映画の動員ランキング、興行成績のデータを分析するのが目的の連載で、予想をすることが目的ではないわけだが、それにしても『オデッセイ』がここまでの大ヒットとなることはまったく予想してなかった。


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 先週末、全国814スクリーンで公開された『オデッセイ』は土日2日間で動員33万223人、興収4億9601万2000円を記録。ぶっちぎりで初登場1位。もちろん、これは初動としてはリドリー・スコット監督作品史上最高、マット・デイモン主演作品史上最高の成績。リドリー・スコット監督による近年の同ジャンルの作品(配給も同じ20世紀フォックス)である『プロメテウス』(2012年8月公開)の初週週末2日間の興収は3億249万7000円だったから、その約1.6倍。カメオ出演(と言うには重要すぎる役どころだったが)ではあったものの、「宇宙で一人ぼっち」という本作とのネタ被りが各方面から指摘されていたマット・デイモン出演作『インターステラー』(2014年11月公開)の初週週末2日間の興収は1億9338万9300円だったから、実にその約2.6倍。確かに今回の『オデッセイ』の814というスクリーン数の多さには目を見張るものがあるが、映画ファンの間であれだけ話題となった『インターステラー』の約2.6倍という成績は予想外だったと言うしかない。


 しかし、その「映画ファンの間であれだけ話題」というのが大きな罠なのかもしれない。例えば、昨年最も「映画ファンの間で話題」となった作品といえば文句なしに『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で、SNSや口コミでの評判によってほとんど年末近くまで「どこかの映画館でやっている」というロングラン興行を実現したわけだが、それでも興収は18億ちょっとで年間興収ランキングでも32位という下位に甘んじることとなった。外国映画では『テッド2』や『イントゥ・ザ・ウッズ』よりもはるかに下、日本映画も含めれば『ストロボ・エッジ』や『アオハライド』よりも下である。映画ファンの一人としては認めたくないところだが、(特に)外国映画が大ヒットするためには「映画ファンの間であれだけ話題」だけではダメなのだ。


 そんな映画ファンの間でよく槍玉に上がるのが、日本の配給会社や広告代理店が仕掛ける「本国公開から大きなタイムラグをあけての公開」「作品とはまったく関係のない芸能人による宣伝」「専門外の芸能人による吹替」「原題からかけはなれた邦題」「『SFの表記はNG』『ホラーの表記はNG』『アメコミの表記はNG』『続編の表記はNG』といった言論統制」などだ。実は今回の『オデッセイ』、今挙げた例の中では「専門外の芸能人による吹替」以外のほとんどすべてが当てはまる。さらに、『オデッセイ』公開前に映画ファンの間で非難轟々だったのが、漫画『宇宙兄弟』とコラボした劇場の予告編だった。自分も、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』をリピートしながら劇場で何度もいたたまれない気持ちになったものだ。


 しかし、少なくとも今回の『オデッセイ』では、そうした宣伝手法が当たったということになる。特に、本国での公開タイミングは『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』公開の直前だった本作を、「宇宙もの」被りを避けるために日本では『スター・ウォーズ』現象が落ち着くであろう年明け2月まで先送りして、『スター・ウォーズ』上映館で『宇宙兄弟』コラボ予告を流して一般の客にとって「『スター・ウォーズ』の次に映画館に行く作品」になるような動線を作ったのは見事な戦略だった。「100億を超える大ヒット作の直後には大ヒット作が続く」(2009年年末の『アバター』から2010年初頭の『アリス・イン・ワンダーランド』の流れが好例だ)というのは映画興行における隠れた鉄則だが、今回そのバトンを受け取ったのは『オデッセイ』だった。もちろん、それはただの偶然や幸運ではなく、周到に計算されたものなのだ。(宇野維正)