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ジャッキー・チェンの凄味はアクションだけじゃない! 『ドラゴン・ブレイド』で見せたフィルムメイカーの手腕

2016年02月09日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(C) 2015 SPARKLE ROLL MEDIA CORPORATION HUAYI BROTHERS MEDIA

 コミカルな作風とカンフーを組みあわせた演出、想像を絶する命がけのスタント、身の周りのモノを使った斬新な殺陣……ジャッキー・チェンが創造した“ジャッキーアクション”は映画に革命をもたらした。『るろうに剣心』大ヒットの立役者である谷垣健治アクション監督がジャッキーに憧れてスタントの世界に足を踏み入れたのは有名な話であるし、『ザ・レイド』のギャレス・エヴァンス監督をはじめ、彼の影響を受けたクリエイターは数知れない。今となってはアクション映画でジャッキーのエッセンスを取り入れていないものを探すほうが困難だろう。そして、ジャッキー自身もジャッキーアクションを武器にハリウッドでも活躍し、今や“世界で一番有名なアジア人”である。


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 そんなジャッキー主演作の評価について、筆者がどうしても納得できないのが、彼に期待されているものがいまだに“ジャッキーアクション”であるということだ。作品が公開されるたび、「歳をとってもジャッキーアクションは健在」「今回の作品はジャッキーアクションが少なかった」という声が聞こえてくる。いや、ちょっと待てと。いかに伝説的なアクション俳優とはいえ、60歳を超え、「アクションを引退する」と何度も口にしている人間に、同じようなアクションばかり期待してどうするのか? ジャッキー自身も明確にジャッキーアクション以外を押し出した作品を作り続けているというのに。2月12日に公開となる主演最新作『ドラゴン・ブレイド』はそんな非ジャッキーアクション作品のひとつであり、映画製作者としてのジャッキーの手腕が炸裂した快作だ。ここからは『ドラゴン・ブレイド』の魅力を”ジャッキーアクション”ではない3つの要素に分けて語っていこう。


 舞台は紀元前50年のシルクロード。36もの部族が抗争を繰り広げる戦乱の中、後漢の西域警備隊隊長フォ・アン(ジャッキー・チェン)は戦いを収めるべく日夜奮闘していた。しかし、何者かの陰謀により反逆者の汚名を着せられ、辺境の関所・雁門関に部下とともに左遷されてしまう。命じられた砦の修復工事に汗を流すフォ・アン。そんな彼の前に、ローマ帝国の将軍ルシウス(ジョン・キューザック)率いる一軍が突如としてあらわれる。ルシウスは実の兄・ティベリウス(エイドリアン・ブロディ)に命を狙われる、執政官の息子・プブリウスを守り、この地に逃れてきたのだという。事情を知ったフォ・アンはルシウスを受け入れ、ともに砦の再建に汗を流し、熱い友情を育んでいく。そんな中、二人の前についにティベリウス率いる大軍勢が姿を現す。


■「平和」をテーマに繰り広げられる大殺戮劇80億円超の大スペクタクルに震える


 本作のテーマは「平和」 ジャッキーが長年訴え続けてきた言葉である。そんなわけで、冒頭ではジャッキーが〝ジャッキーアクション″を駆使し、抗争を戦わずして治める微笑ましいシーンから始まる。ところが、その後はローマ帝国軍とジャッキーたちの間で死屍累々の大殺戮劇が繰り広げられることになるのである。プブリウスを守るため、西域の平和を守るため矢に貫かれ、腕を切り落とされ、槍で串刺しにされるフォ・アンと仲間たち。「いや、平和どこいったんだよ!」とツッコみたくなる残酷な演出は、歴史スペクタクル『三国志』などで重厚なアクションを描いてきたダニエル・リー監督のものだ。平和を手に入れるためにとてつもない犠牲を払うという現実感は、コミカルさが売りのジャッキーアクションでは到底実現できなかったこと。さらに、約90億円の予算をかけた砂漠でのロケーション、CGを使わないセット、ドローンを使用した空撮が重々しさに拍車をかけ、圧倒的な迫力で観る者を震わせる。


■エイドリアン・ブロディ&ジョン・キューザックの見事なアンサンブル


 本作の設定は、実在した英雄フォ・アンとそのエピソードに基づいている。よって、演じるジャッキーも現実を逸脱しない程度のヒーローとして描かれる。劇中での強さでは相棒となるジョン・キューザックや、敵役のエイドリアン・ブロディといい勝負。ここで活きてくるのが、この二大俳優の存在感だ。ライバルとしての互角の戦いを経て、ジャッキーと熱い友情を育むキューザック。そんな彼が迎える残酷な結末は、物語のクライマックスを熱くする駆動力となる。一方のブロディも、実の弟の毒殺を図り、味方の命すらゴミのように扱う将軍を圧倒的な狂気をもって演じている。そのオーラだけでも「ジャッキーより強いんじゃないか?」と思わせてくれるではないか。ジャッキーの存在感に頼った多くの作品で空気のように扱われてきたハリウッド俳優とは明らかが違う。ジャッキーだけではなく、3人のアンサンブルが作品の核になっているのである。


■アクション監督・ジャッキーの職人技が冴える ローマ重装歩兵との戦い


 本作では、身の回りのものを使ったジャッキーアクションはほとんど登場しないが、代わりに目を見張る‟武器アクション”が繰り広げられる。盾と剣を装備した重装歩兵と中国武術をベースとした剣術の対決では、それぞれの特長を活かした創意工夫あふれる殺陣が楽しめる。また、『300〈スリーハンドレッド〉』でも描かれた歩兵密集戦術“ファランクス”を、各民族独自の戦法で打ち破るシーンは必見。ジャッキー自身も一風変わったギミック付きの刀で戦うので、コアなアクション映画ファンも飽きることがないはずだ。コミカルなアクションや危険なスタントがなくとも、ジャッキーはアクション監督として職人的な技を見せてくれている。


 本作は、ジャッキーだけの魅力ではない、こういった“アクション映画としての面白さ”に満ち溢れているのである。


 ジャッキーは2000年代後半から既存のイメージとはかけ離れた作品をいくつか製作してきた。それはいわば、ジャッキーの過去に対する憧憬“ノスタルジー”への挑戦である。


 2009年の『新宿インシデント』ではカンフーすら封印し、中国からの渡航者が日本の闇社会で成り上がる中華版『ゴッド・ファーザー』をやってみせた。ここでジャッキーは、香港ノワール『ワンナイト・イン・モンコック』のイー・トンシン監督を抜擢し、自らのために殺人すら犯す主人公を演じた。2010年の『ラスト・ソルジャー』は、『ドラゴン・ブレイド』と同じく平和がテーマ。ジャッキーは中国の若手ワン・リーホン演じる将軍を人質にとり、報奨金を得ようとする脱走兵を演じた。こちらはアクションこそ派手なものの、ジャッキーの活躍は控えめなうえ、とてつもなく切ないラストで幕を閉じる。筆者はどちらも大好きだが、軽快なジャッキーアクションを求める方には不満が残ったようだ。


 そういった不満を持つ方はよく考えてほしい。60歳を過ぎたおじさんが超人のように動いてしまってはシリアスな世界観は破たんをきたし、ジャッキーだけを観ることが目的になってしまうはずだ。派手なアクションやスタントを観たければ、過去作のDVDやYouTubeに転がっているスタントマンのアクションリールを観ればいい。一連の非ジャッキーアクション作品では、ジャッキーはフィルムメイカーとして、自らを作品の一部としてコントロールしているに過ぎないのである。自身の監督作……例えば『ライジング・ドラゴン』のような作品では、暴走して往年のジャッキーアクションをファンに見せようとしてしまうこともあるが。


 『ドラゴン・ブレイド』は監督の持ち味、共演者の個性、そして自身の思想を上手く差配した、ジャッキーの製作者としての進化を体感できる作品である。ジャッキー・チェンはノスタルジーに浸らない。俳優としても、フイルムメイカーとしても、ひたすら貪欲に先に進み続けるのである。(藤本 洋輔)