F1の「エンジン開発トークンシステム」が2017年から廃止されることになりそうだ。その意味と影響について、イギリス人ジャーナリストのイアン・パークスが解説する。
「トークン」とか「ブラック&ホワイトボックス」といった言葉を耳にすると、F1ファンの多くは困惑の深い霧の中で迷子になってしまうだろう。
何かと議論の多いF1のトークンシステムは、2020年までパワーユニット開発に一定の制限を課す方法として2015年に導入されたものだが、早くも撤廃されることが決まったようだ。このシステムの意図は、マニュファクチャラーが開発に費やすコストに統制を加えて、資金力勝負の「自由競争」に突入するのを防ぐことにあった。
■システムの仕組み
トークンシステムではパワーユニットを42の部分に分け、それぞれの重要性に応じて1つから3つまでの「加重」トークンを割り当てており、パワーユニット全体は66個のトークンで構成される。
たとえば、あるチームが油圧ポンプを改良することを選択した場合は、利用できるトークンから1つを使わなければならず、燃焼を改善したいのであれば(具体的には、吸排気ポート、ピストンクラウン、燃焼室、バルブ角、バルブタイミング、バルブリフト、インジェクターノズル、コイル、点火プラグの変更)トークンが3つ必要になる。
2015年までに、トークン5つに相当するパーツの開発が「凍結」され、開発が許される残りの部分はトークン61個分になっていた。そして、やはり開発競争のエスカレートを防ぐために、2015年に使えるトークンの数は最大32個までに制限されていた。つまり、改良を加えることができるのは、パワーユニット全体の48%に限られるということだ。
当初の規定では、使えるトークンの数は毎年徐々に減らされて、2019年と2020年にはわずか3つになるはずだった。これはパワーユニット全体のうち、開発ができるのは5%にすぎないことを意味する。そして、ある領域が「凍結」されると、そこは開発範囲からブラックアウト(抹消)されるため、ブラック&ホワイトボックスという言い方が生まれた。
■フェラーリとルノーの不満
2014年にメルセデスが圧倒的な優位に立っていることが判明して以来、トークンシステムはフェラーリとルノーにとって、ずっと不満の種のひとつになっていた。昨年初め、この両社はレギュレーションに抜け穴があることをFIAに認めさせ、メルセデスとの戦いにおいて大きな前進を勝ち取った。2月末の期限までに最終的な仕様のホモロゲーションを取得するという規定の文言に欠陥があることを見つけ、その「解釈」により2015年に限ってはシーズン中に開発を行ってもよいことになったのだ。
また、昨年10月にはホンダを含めたマニュファクチャラー4社が、2016年もシーズン中の開発を認めることで合意し、同時に利用できるトークンの数を32から25に減らすという規定も見直して、32個のままとすることが決まった。
そして、その後も舞台裏でトークンシステムに関する話し合いは続けられ、2017年からはこれを廃止することになったのである。
ルノーのマネージングディレクター、シリル・アビテブールは言う。
「トークンシステムは撤廃されることになる。マニュファクチャラー全社が、それぞれのエンジンのパフォーマンスがほぼ同じレベルに揃うことを望み、トークンの廃止に同意したからだ。エンジンの性能だけで成績が決まってしまうようなF1は、誰にとっても望ましくない。それはメルセデスにとっても良いことではないし、ルノーとフェラーリにとっても同様で、全社がそうした状況を変えるべきだと考えた」
「ファンはエンジン交換のペナルティや複雑なトークンシステムが理解できなくなっている。それもこのシステムそのものをやめてしまおうと決めた理由のひとつだ」
ホンダとしては、できることならこの制限を受けずにF1に復帰したかったに違いない。開発の自由さえ与えられていれば、あれほど多くの問題を抱え込むことはなかっただろうし、マクラーレンも度重なるグリッドペナルティを避けられたはずだ。だが、メルセデス、フェラーリ、ルノーの3メーカーは、レギュレーションの「解釈」により、ホモロゲーション取得を先延ばしすることで開発トークンをシーズン中も使えることになった一方、ニューカマーだったホンダだけは、2月末までにエンジンのホモロゲーションを受けなければならなかった。
新しいハイブリッドシステムに関心を示し、F1への参入を検討しているマニュファクチャラーがあったとしても、昨年のホンダの苦戦を目の当たりにすれば、思わず二の足を踏んだことだろう。しかし、トークンシステムが撤廃されれば、新規参入のマニュファクチャラーがホンダと同じ苦しみに直面することはなくなる。開発の自由が確保され、問題が起きてもすぐに対処できるようになるからだ。
■再び開発競争の時代に?
トークンシステムの廃止によって、アビテブールが言ったように各社のエンジン性能が同等のレベルに収束する可能性はある。とはいえ、それが裏目に出れば、メルセデスがさらに開発を進めて現在のアドバンテージを維持する結果にもつながりかねない。ルノー、フェラーリ、ホンダにはメルセデスに追いつくチャンスが与えられることになるが、もはや彼らは敗北をトークンによる制約のせいにはできなくなる。
また、ファンにとって複雑で分かりにくい規制がなくなる一方で、コスト削減が求められているこの時代に、マニュファクチャラーが開発に多額の資金を注ぎ込む方向への道を開くことにもなるだろう。それは自動車メーカー4社の経営陣には頭の痛い問題であり、「クライアントエンジン」案の撤回と引き換えに導入される供給価格の上限があるために、開発に費やしたコストをカスタマーチームに負担させることもできない。
不評だったトークンシステムはまもなく姿を消す。だが、その先にあるのは、資金力がものを言う開発競争の時代の再来かもしれない。