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さかいゆうが明かす“リスナーに届く音楽”の作り方「98%は焼き直し、残り2%にどう足跡を残すか」

2016年02月04日 16:31  リアルサウンド

リアルサウンド

さかいゆう

 さかいゆうが約2年ぶり、通算4枚目のオリジナルアルバム『4YU』を発表した。ソウルミュージックをベースにしつつ、ブリティッシュポップからAOR、ジャズまで多彩な要素を散りばめた本作は、さかいゆうの音楽的集大成であると同時に、新たなチャレンジを感じさせる一枚だ。とりわけAvec Avecやmabanuaといった気鋭のサウンドクリエイターとコラボレーションした楽曲では、これまで以上にダンスミュージックに接近した新しい“さかいゆうミュージック”を聴くことができる。リアルサウンド初となる今回のインタビューでは、『4YU』の制作過程や狙いをじっくり訊きつつ、創作者としてのクールな批評性と、歌手・演奏者としてのダイナミックな肉体性を兼ね備えた彼の音楽的スタンスに迫った。


・僕も(武井)壮さんも“立候補型”なんです


――約2年ぶりのオリジナルアルバムは、ステージ上でのパフォーマンスから感じる躍動感と、じっくり音を突き詰めるレコーディングの技巧が共に味わえる作品だと感じています。制作はどんなふうにスタートしたのでしょうか。 


さかいゆう:アルバムを全部聴いて残るものというのも大事だとは思うんですけど、もともとコンセプトを立ててまとめようというタイプじゃないんですよね。だから今回も一曲一曲、いい曲ができたからみなさんにお届けしよう、という感じでスタートして。本当に曲単位で進めるから、結果的に歌のスタイルも曲ごとにすごく変わるんです。


――確かに、曲ごとに60年代のポップスや70年代のソウル、あるいは80年代的なダンスミュージックの要素もあって、幅広いアレンジが楽しめる作品です。


さかいゆう:そうなんですよね。歌の幅の広さを聴かせたい、と考えたわけではなくて、アレンジのなかで自然とそうなるというか。例えば1曲目の「SO RUN」だったら、武井壮さんをイメージして作ったんですよ。それで、僕の音楽的なボキャブラリーのなかで武井壮という人を語ろうとしたら、こういうファンキーなタッチの曲になって。そういうふうに、漠然としたイメージから音の塊みたいなものを作っていく、というところから始めることが多いですね。


――「SO RUN」は実際、MVに武井壮さんが出演していますね。


さかいゆう:3年くらい前にお会いする機会があって、すごく刺激を受けたんですよね。それで自分なりにいろいろと調べて、一昨年くらいに対談する機会をいただいて。躍動感と、スポーツの人をつなぐ力みたいなものをすごく感じて、感動したんです。それと、自分と共通する部分も感じて。


――どんなところが共通していますか?


さかいゆう:僕も壮さんも“立候補型”なんですよ。誰かにお願いされて仕事をするより、自分から動いていく。自分から叫びたいものがあって、それで多くの人を巻き込んでいくのがエンターテイメントなのかなって思うんです。自分の好きなことをやっているんですけど、そのイメージを広げていくと、結果としてこういうアルバムになったというか。


――例えば、EPとして先にリリースされていた「サマーアゲイン」はどんなイメージで作り始めたのでしょうか。


さかいゆう:漠然と、すごく楽しくノレて、みんなで“イエーイ!”ってなっていて、でもテンポは速すぎないで、ずっと聴けるような、夏の終わりの感じの曲……というイメージですね。実際は冬に作ったんですけど(笑)。どの曲もこんな感じのイメージがあって、ひとつひとつ雲が晴れていくみたいに形になっていくんです。それで、歌詞を書いたあとも少しアレンジを加えて、微調整する。8曲目の「SELFISH JUSTICE」あたりは、緊張感を出すためにあえて音数を普段より多めにしてみたり。


――なるほど。今作は色んなクリエーターとのコラボレーションも大きな特徴で、特にAvec Avecさんが編曲に加わった「Doki Doki」「愛は急がず -Oh Girl-」の軽快なポップス感が印象に残りました。彼との作業はどのように?


さかいゆう:最初にスケッチみたいなものが必ずあるんですよ。それを渡して、そこから“加点”していく感じで作っていくんです。それで迷ったら、原点=スケッチに戻る。譜面では説明せずに、やっぱりイメージをまず作るんですよね。


――そのスケッチを作品に仕上げていくと。


さかいゆう:この曲を一緒に仕上げてくれるのは誰だろう、という感じで、歌詞もメロディもアレンジも含めて考えていくんです。


――なるほど。「愛は急がず -Oh Girl-」だったら、作詞は西寺郷太さんがクレジットされていますね。サウンドのアイデアがあって、それにあった歌詞を書けるのが西寺さんだった、ということでしょうか。


さかいゆう:そうです。西寺さんは、深いテーマを軽い言葉で言えるから。僕としては、すごく深い言葉で伝えるより、そっちのほうが好みなんですよね。頭のいい人にしかわからない難しい哲学書を読むより、いい絵本を読んだほうが大人にとっても勉強になることってあると思うんです。何度も聴きたくなるような軽~いフレーズで伝えて、生活のなかでその意味に気付かされる……みたいなギミックを作るのは楽しいですよね。それはいつも心がけています。


――確かに、今作も全体として考えさせられるというより、周りを巻き込んで盛り上がるようなイメージがあります。リフレインが耳に残るようなフレーズも多くて、クセになるというか。


さかいゆう:そうですね。ミドルからアップテンポの曲が多いし、これまでの僕のアルバムの中では、踊れる方かなと思います。そのぶん、初回生産限定盤についてくる『さかいゆうCOVER COLLECTION』は静かな感じで、弾き語りが多かったりするんですけどね。


・自分のことを“アーティスト”だとは言えない


――そういう意味では、2枚合わせて聴くとちょうどいいかもしれないですね。『COVER COLLECTION』では、中野サンプラザでも披露された「よさこい鳴子踊り」が、洒落たソウルチューンに仕上がってて面白かったですね。


さかいゆう:これ、歌的にもよく録れたなあと思うんです。僕にとってはチャレンジングなことでした。


――「Doki Doki」などもそうだと思うのですが、さかいさんの曲はすごくポップで、多くの人を楽しませつつ、同時に音楽面で冒険していく面がありますね。


さかいゆう:最終的には、自分好みというか、自分が何回でも弾けるようにしているだけかもしれないです。でも、いろんな人としゃべっていると、そこを軸に作っている人ってあんまりいないんですよね。というのも、一般的に音楽を制作する上で、“モデルになる曲”を立てることが多くて。洋楽が多いんですけど、当然その曲が“先生”になるから、ミックスもそういうふうに仕上げるんです。エンジニアさんも、そうすれば音作りもマイキングも簡単に選べますから、楽なんですよね。でも僕は、“これ、自分の好きな感じだな”という感覚を頼りに全部やっていて。趣味みたいなものですけどね。


――確かにポピュラー音楽には、過去のモデルを継承するという面もありますね。そこに、どれだけオリジナルな色を付けるかという。


さかいゆう:そもそも98%はこれまでの音楽の焼き直しで、残り2%の部分にどうやって足跡を残せるかなんだ、ということに僕は気づいちゃったんですよ。だから、僕は自分のことを“アーティスト”だとは言えない。今回のアルバムを聴いて本当に思ったのは、やっぱり98%どころか、99%は自分が今まで聴いてきた音楽に影響をもらっていて。そのアルバムをカバーと一緒に聴く……というのは、すごく意味があると思うんです。これは、もう自分の“音楽の親”を紹介しているようなものですから。大事なのは、2016年の今、さかいゆうの体を通して、自分も喜び、できれば周りも喜ぶような音楽を表現することで。そう思っている時点で、自分は芸術家ではないなと思うんです。


――ある意味、ポップカルチャーとはそういうものでは?


さかいゆう:そうです。その“分かっちゃっているヤツ”の強さというのもやっぱりあって、その2パーセントを思いきり変なものにはできないんですよね。2%を大きく変えて、ぜんぜん違う印象になれば世の中の人は反応するけれど、僕は古い音楽も新しい音楽も好きだから。もっと言うと、本当に新しい音楽ってまだ生まれていない音楽だし、自分が好きなものを追求して、自分が思う今の要素を含めて作り上げたものが、最新の音楽になるんじゃないかと。最近の音楽を意識しても、それは最新の音楽ではない。そういうものを意識しないほうが、誰かが僕の音楽を見つけたときに、衝撃が大きいのかなと。だから、自分の趣味に徹する方がいいと思っています。


――面白いですね。さかいさんの中に98%のアーカイブがあるとして、それは常に更新されていくものだということですよね。


さかいゆう:もちろん。読書と一緒ですね。要するに、たくさん本を読む人もいるし、ちょっとしか読まない人もいる。ちょっとしか読まない人は、それだけのボキャブラリーのなかで会話をするわけじゃないですか。そして僕は、好きな音楽はたくさん聴くけれど、無理して色んなものを聴くタイプではなくて。だから、本で言えば偏った作品ばかり読んでいる、という感じ。でも、そっちの方が面白いと思うんです。本当に好きなものじゃないと、ちゃんと消化できないですしね。


――そういう意味では、今回のアルバムには今のさかいさんのモードが表れているということですね。それがちょっとファンキーな方向に向かっているのかな、と思いました。


さかいゆう:やっぱり読書に似ていて、その時期に読んだ本のボキャブラリーに影響される、みたいなことにすごく近いと思います。そこからどんな言葉が出てくるかはその人の性格とか感性次第なんですけど、哲学書ばかり読んでいたら、ちょっと説教くさい口調になるみたいな(笑)。そういう意味で、ここ2~3年はわりとジャズを聴いていた時期だったので、その影響が出ている部分はあるかもしれない。ハービー・ハンコックやマイルス・デイヴィス、最近の作品だったらジェラルド・クレイトンとかロバート・グラスパーも聴きますね。具体的にどこが影響されているのかは、ちょっと自分でもわからないですけど。


・獰猛な欲望。それが僕にとっての音楽


――「下剋情緒」などはジャズの色が濃い曲ですね。この曲も後半はかなり躍動的ですが、たとえばライブでリスナーと音楽を共有することで、音作りにフィードバックされるものはありますか?


さかいゆう:ありますね。ライブで盛り上がりそうな曲は作りながら分かるし、あまり再現性を考えないで作るので、“ライブでやるのは難しそうだな”とも思うんです。歌とピアノは絶対に別録りなので、ライブでどうやってやろうと。自分が作ったもののせいで練習しなきゃいけなくなって、それで結果的にうまくなったりするんですよ。


――ライブで再現することで、ひとつハードルを越えると。


さかいゆう:だから、ツアーの前は1週間くらい休みがほしいんですよ。1日かけて2曲くらいしか練習できないので。リハのための練習ですから、言ってみれば練習の練習。それをけっこう丁寧にするんです。リハまでにはバキバキに仕上げておいて、ドラムのハットの抜き差しとか、そういう細かい会話をしたいんですよ。今回のアルバムでは自分で演奏している曲も多いし、例えば僕が弾いたベースを別のミュージシャンがどう解釈して弾いてくれるのか、というのが面白かったりして。それを自分にフィードバックできるし、これはもう会話、コミュニケーションですよね。そういう時間を取るためにも、ピアノと歌は仕上げておかないといけないんです。今回で言うと、「SO RUN」や「Doki Doki」は難しいですよ(笑)。


――なるほど。アルバムに話を戻して、先ほど自分の色を出すのは2%の領域だというお話がありましたが、ご自身では特にどんな部分にそれが出ていると思いますか?


さかいゆう:自分で言うのも野暮かもしれませんが、歌に関してはけっこう成長が見られるかなと思います。物理的に鼻から上というか、頭しか使っていなかった時期があるんですけど、最近は体全体を使えているなって。声の表情もより出るようになったし、「トウキョーSOUL」なんかは絶対に低音じゃないとダメで。高音も「WALK ON AIR」と「Doki Doki」では全然違うし、「下剋情緒」のAメロなんかではスイングしていたり。そういうバリエーションはすごく意識していますね。


――ボーカルという意味では、最終曲の「ジャスミン」の張りのある歌声もいいですね。


さかいゆう:こういうストーリー性のある曲を歌うときは、淡々と全部歌うものもあっていいと思うんですけど、この曲ではドンドン明るくなっていくのを声色で出していくという演出をしているので、そのあたりも楽しめるんじゃないかなって。あえて最初だけうつむきながら歌っているんですよ。だからサビのアタマ、1番の<めくるめく>と2番の<めくるめく>では、口角の上がり方から違うし、最後はもうシャウトですよね。そういう演出で、自分の中でのストーリーを伝えていて。面白いから説明しましたけど、本当は曲を聴いて気づいてもらうのが1番いいなって。


――さかいさんは音楽を冷静に捉えて、分析されていると思うんですけど、実際に作品として表現されると、とてもチアフルで聞き手をワクワクさせるものに仕上がってますね。ご自身ではそうした資質をどう捉えていますか?


さかいゆう:“伝えたいもの”として言葉になる前に、やっぱり感情の塊があるんですよね。自分でもなかなか言葉にできなくていつも困ってしまうんですけど、それを表現するいい言葉があったんですよ。キース・ジャレットが言っている“Ferocious Longing”(獰猛な欲望)という言葉なんですけど、常にそういう強い思いを感じられるヤツっているじゃないですか。歌は下手くそで、全然美声じゃなくても、聴いているとなんか泣けてきたり、トランペットやサックスでも、技術を超えたところで響いてきたり。超一流のミュージシャンって、そうだなと思うんですけど。ポップスでもブルースでもパンクでも、ジャンルみたいなものはあくまで表層的な部分で、その奥に、誰にも頼まれていないのに“こういうものを出したいんだ”という獰猛な欲望がある。それが僕にとっての音楽で、やっぱり衝動みたいなものが伝わっているんじゃないかなって。


――さて、そうして生み出されたアルバムをリスナーにどんなふうに届けたいですか。


さかいゆう:先ほど曲名を挙げていただいたんですけど、意外と初回生産限定盤に入っている「よさこい鳴子踊り」なんかが、自分の最近やりたいことかなと思っているんです。カバーというか、トラディショナルな民謡で、それを自分の言葉で“こんないい曲があるんだぜ”と伝えたかったというか。実は自分の曲もそうなんですよ。あなたの生活のなかでどんな役割になるかは僕にもわからないけれど、こんな曲ができたよ、って。これは武井壮さんをイメージした「SO RUN」を作ってから、カッコつけず、正直に言えるようになったことなんですけど、このアルバムを聴いて好きになってくれる人たちがいて、そういう人の輪が広がっていけば一番うれしいですね。そうなれば、自分を商品にして、自分が売れることで、いろんな人がハッピーになる。それが、エンターテイメントをやっていてよかったな、と思える瞬間なんです。
(取材=神谷弘一/構成=橋川良寛)