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首を絞め、顔を殴る「DV彼氏」 逃げても届く「LINE300通」どうすればいい?

2016年02月04日 11:11  弁護士ドットコム

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同棲相手から半年間暴力を振るわれ続け、別れた後も報復を恐れて暮らしているという女性が、弁護士ドットコムの法律相談コーナーに相談を寄せた。同棲相手の男性から「数え切れない程の暴力」を受けてきたため、「黙って家を出て、今は実家に戻りました」という女性が、深刻な被害を投稿した。


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「首を絞められて、小さな骨を折ったこともあります。今では、蹴られた際のすね・ふくらはぎの傷が残り、殴られた右胸痛、顔を殴られ髪を掴んで引っ張りまわされた際の左首痛が続いています。頭を石の床でぶつけて、大きなこぶをつくったこともあります」



同棲相手のもとを離れて実家に戻ったが、離れて10日間ほどで、同棲相手から300通以上のLINEメッセージが届いているという。「逆上するとやくざのような脅しを受ける事があった」という相手だけに、「今後は二度と関わり合いたくない」と、恐怖心は消えないようだ。



そこで「私はどのような準備をしておけば宜しいでしょうか?」とたずねる。DVの加害者から逃れた後、報復などの被害を受けないために、どうやって身を守れば良いのだろうか。橋本智子弁護士に聞いた。



●「DV加害者は、支配下に置いた被害者を手放さない」


「DVは、ただの『暴行』ではありません。相手を支配し、思い通りにコントロールするため、体や心を痛めつけ、『自分に逆らったら怖い』と思い知らせる行為です。そして、加害者は、ひとたび支配下に置いた被害者を、決して手放そうとはしないのが普通です。そのため、DV加害者は別れた後、ストーカー行為に及ぶことが少なくありません」



このように橋本弁護士は説明する。



「まず、今回のご相談について、法律的な対処ということで考えると、立証の問題はありますが、DV防止法の『保護命令』の対象になるでしょう。



DV防止法では、一定の要件を満たす場合に、裁判所が加害者に対し『保護命令』を出すことができます。これは、刑事罰(1年以下の懲役または100万円以下の罰金)をもって、一定期間の接近禁止など被害者への接触を禁止することで、被害者を保護するという仕組みです。



「また、今回の事例では、300通以上のLINEメッセージが送られてきているとのことです。『ストーカー規制法』では、次のような行為が規制の対象となります。


(1)つきまとい・待ち伏せ・押しかけ



(2)監視していると告げる行為



(3)面会や交際の要求



(4)乱暴な言動



(5)無言電話、連続した電話・ファクシミリ・電子メール



LINEは以上の文言にはありません。LINEメッセージも電子メールに含まれるという解釈も可能かと思いますが、政府の有識者会議では含まれないとされています。電子メールを追加する法改正の時点ですでにLINEが普及していましたから、これが含まれないという解釈を許す立法は明らかに不備といわざるをえません。



警察としてもこの解釈に従わざるを得ないでしょうが、被害者としてはまず、諦めないで、被害の申告あるいは相談は必ずしてください。ストーカー規制法の正式な手続には乗らなくても、明らかに危険な状態であるということを警察に認識させることがまず大事ですし、こうしたメッセージの中には、明らかに脅迫といえるものなど既存の刑罰法規に触れるものがある可能性も高いです。



こうした訴えが増えることによって立法的解決が促されることも期待できますし、このような事態に至ってなおも警察に相談せずご自身やご家族だけで抱え込むことだけは、しないようにしてください。



『ストーカー規制法』は、つきまといやストーカー行為そのものを、刑事罰をもって禁止する法律です。ストーカー行為については、6月以下の懲役または50万円以下の罰金が定められていますが、公安委員会が出す『禁止命令』に違反してストーカー行為をした場合は、1年以下の懲役または100万円以下の罰金と、刑罰が重くなっています」



●「法律は最大限活用すべきだが、決して万全ではない」


しかし、橋本弁護士は「DV防止法やストーカー規制法の刑事罰は、決して重いとはいえません」と指摘する。


「初犯であれば、罰金刑か、懲役でも執行猶予が付くことが多いでしょう。つまり、仮に加害者が逮捕されて有罪になっても、遠からず、その身柄拘束は解かれてしまうのです。しかも、このような刑事手続に乗せてしまうこと自体、加害者の復讐心や攻撃意欲を増大させる可能性が高くなります」



では、DVの被害者は、身を守るためにどうすればいいのだろう。



「被害者としては、法律を最大限活用すべきことはいうまでもありませんが、それが決して万全ではないこと、ときには加害者の怒りを増幅させるという副作用もありうることを、しっかり理解しておく必要があります。



身を守るための方法としては、加害者に探し当てられないような土地に転居して、仕事や人間関係もリセットすることが、もっとも有効な手段です。しかし、人間関係や仕事などの事情でそうもいかないことが普通でしょう。



以上のことを前提に、現実に身を守るということを考えると、結局のところは、『自分自身で気をつけるしかない』という、なんとも頼りない答えしか示すことができません」



橋本弁護士はこう話し、さらに次のように続けた。



「つまり、住まいのセキュリティを強化したり、昼夜を問わず人気のない場所に一人で行かないようにするなど、防犯意識を強く持って生活することや、地元の警察署の生活安全課などに事情を伝えてパトロールを強化してもらう、といったことです。



ひとつひとつは小さなことでも、それらを積み重ねて、できることはしっかりやることが大切だと思います。また、ご本人だけでなく、ご家族1人1人が同じように身の回りに気をつけていただき、協力し合って身の安全を守っていただきたいと思います。



なお、DVやストーカー被害に対する支援措置として、住民票の閲覧等を制限する制度がありますが、これは、現実に身を守る上で全く使い物にならないことに注意してください。加害者が、なにかしら口実をもうけて弁護士に依頼し、その弁護士が請求すれば、住民票は出てきます。加害者が依頼した弁護士が被害者の住所地を知るということは、イコール加害者がこれを知ることと考えておく必要があります」



●弁護士としても「難しく歯がゆい問題」


最後に橋本弁護士は、2012年、神奈川県逗子市に住む女性が、ストーカー行為を繰り返していた元交際相手に殺害された「逗子ストーカー殺人事件」に触れて、このように語った。



「この事件では、報道によれば、殺害された女性は、警察に相談して『ストーカー防止法』に基づく措置をとり、転居して姓も変えるなど、加害者から身を守るためにいろいろと対策をとってきましたが、それでも防ぎきれませんでした。加害者が、並々ならぬ執念をもって被害者の居場所を探り続けていたからです。



加害者が被害者の住まいを突き止めてしまった要因の一つには、警察が加害者を被害者に対する脅迫容疑でいったん逮捕した際に、被害者の結婚後の名字と引っ越し先住所の一部を読み上げていたという不手際もありました。


被害者は自分の身を守ろうと手を尽くしていたと思います。それでも、加害者があくまで追跡あるいは攻撃をやめない場合に、どうやって現実の危険から身を守ったらいいのか。弁護士としても明確な回答を示すことができません。難しく歯がゆい問題です」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
橋本 智子(はしもと・ともこ)弁護士
大阪弁護士会所属
共著書『モラル・ハラスメント こころの暴力を乗り越える』(2014年、緑風出版)『Q&Aモラル・ハラスメント 弁護士とカウンセラーが答える 見えないDVとの決別』(2007年、明石書店)
事務所名:あおば法律事務所
事務所URL:http://www.aoba-osaka.jp/