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『いつ恋』第二話レビュー “街の風景”と“若者の現実”が描かれた意図は何か

2016年02月01日 12:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』公式サイト

 名前も聞かないまま、曽田練(高良健吾)と離れ離れとなってしまった杉原音(有村架純)は、介護施設で働きながら、練が住んでいると言っていた雪が谷大塚のアパートで暮らしていた。(参考:『いつ恋』第一話で“男女の機微”はどう描かれた? 脚本家・坂元裕二の作家性に迫る


 一方、引越し屋を続けていた練は、同僚の失敗を押し付けられて、ビンテージ・スピーカーの修理代を請求される。いい加減な仕事をした同僚の責任をかぶることに納得がいかない練は文句を言うが、「腕立て伏せ300回できたら払ってやる」と言われて、腕立に挑戦。しかし、広告代理店に勤める練の彼女・日向木穂子(高畑充希)が変わりに弁償したことで、問題はうやむやとなる。
 
 『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(以下、『いつ恋』)の第二話では、練の後輩でデザイナーを目指している市村小夏(森川葵)、練の友人の中條晴太(坂口健太郎)、練の彼女だが、妻子のいる男と不倫している日向木穂子、音の働く施設に出入りする御曹司の息子・息吹朝陽(西島隆弘)といった人物が登場し、物語は恋愛群像劇へと向かっていく。


 その一方で、丁寧に描かれるのが、練と音が暮らす雪が谷大塚の街並みだ。練と音が暮らす雪が谷大塚の駅には北口と南口があり、コインランドリーが二件ある。音と練は別々のコインランドリーに行くので、中々出会えない。他にも二人がすれ違う100円ショップ、飼い主に放置されている犬がいる家、深夜バスが通っているバス停など、練と音の姿を追っているうちに街の地図が、想像できるようになっていく。漠然としたイメージとしての東京ではなく、雪が谷大塚という具体的な町を見せることで、音と練が実在する感触がより深まっていくのだ。


 一方、見ていて気になるのは、頻繁に登場するお金の描写だ。コインランドリーの使用料金が一回200円、音が買わなかったカサの値段が500円、ヘルパーの月給・手取り14万円。ビンテージ・スピーカーの弁償代198852円。まるで、あらゆるものには値段があると言わんばかりだ。


 中でも、ヒリヒリするのが、練と木穂子が喫茶店で会計を済ます場面だ。ブレンドコーヒー二人分の合計は消費税5%(2011年当時)込みで2310円。練が払おうとすると、財布に入っていたのは千円札と小銭だけで、30円足りなくて、すぐ(お金を)おろすと言って、木穂子に30円を借りようとする。一方、木穂子が財布を開くと一万円札ばかりで小銭がない。木穂子は伝票に一万円札を挟んで店員に渡す。財布の中にあるお金を使って、広告代理店で働く木穂子と引越し屋で働く練の生活レベルの違いを見せるえげつない描写である。


 華やかな職業の男女が登場する恋愛ドラマを作ってきた月9だが、『いつ恋』の主人公の職業は介護ヘルパーと引っ越し屋だ。これは、あえてカウンターを狙ったというよりは、地方から上京した学歴もない若者が付ける職業は、介護や引越し業者のような肉体労働しかないという現実をそのまま描いた結果だろう。人手不足の中で肉体労働を連日強いられるのが今の介護の実態なのだということが、ごくごく当たり前のこととして描かれていること自体が、見ていて苦しい。
 
 しかし、こういった辛辣な現実の描写は、手段であって目的ではない。


 終電がないため、深夜バスで帰宅した音は、バス亭から家に帰ることになる。いつもなら通らない道。そこで金網に紐でくくりつけられている犬を見つける。その犬は、練が餌をあげていた犬だった。犬を助けた音は家に帰ろうとするが、疲労のあまり座りこんでしまう。そんな音の前に、犬を探していた練が現れる。思わず、「会えた」と二度つぶやく音。


「引越し屋さん。できたらでいいけど、名前教えて。電話番号教えて。私も東京で、がんばってるから」


 今まですれ違っていた二人が、ついに再会したのだ。


 坂元裕二が脚本を書いた『最高の離婚』(フジテレビ系)に、綾野剛が演じる上原諒が、婚姻届を出そうと区役所に向かう途中で、友人から行方不明になった飼い犬を捜してくれと頼まれるエピソードが登場する。一晩かけて犬を探し回った諒は婚姻届けを出し忘れてそのままとしてしまい、それが原因で、恋人との関係を悪化させる。


 『いつ恋』では逆に、犬を捜すことで音と練が再会する。これは第一話で、今まで坂元裕二が描いていた「届かない手紙」というモチーフを反転させて、手紙を届けることが練と音の出会いのきっかけとなったことに通じるものがある。『いつ恋』では、今まで坂元が描いてきた「断絶の美学」が見事にひっくり返されている。これが坂元の新境地か、より深い断絶を描くための前フリなのかは、まだわからない。第三話の予告では練が音に木穂子のことを「付き合ってる人です」と紹介する場面もあり、すんなり二人が結ばれるというわけにはいかないだろう。


 だが、一つだけ確かなことは、本作が描こうとしているのは辛辣な現実ではなく、それを踏まえた上でしか描けない、恋の奇跡だということだ。練たちを見守る仙道静恵(八千草薫)は、練のことを「あの子の周りには、寂しい子が集まってくるの。その分、一番寂しいのもあの子だった。だけど……」と、語る。


 この、「だけど……」の先に何が来るのか。恋の奇跡はまだ始まったばかりだ。(成馬零一)