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『俳優 亀岡拓次』が映し出す脇役の美学 女優・大塚シノブが観たその奥深さ

2016年02月01日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会

 魅力的な要素がありすぎる作品である。まず原作者は芥川賞候補に5度選ばれた小説家で、劇作家でもある戌井昭人。以前、情熱大陸でも取り上げられていた人物だ。文学座研究生を経て、自ら劇団を立ち上げ、役者としても活動している。私はその経緯と自然体な人物像に一気に興味を奪われ、番組放送後の翌日、すぐに小説『まずいスープ』を購入したほどだった。


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 今回は『のろい男 俳優・亀岡拓次』が原作となっているのだが、なんとなく、番組で見た戌井氏の力の抜けた飄々とした感じが、今回の映画の主人公である亀岡拓次と重なるように見えた。さすが原作者自身が役者ということもあり、撮影の舞台裏や俳優という職業において、リアリティーや哲学を持って描かれている作品である。俳優といえば主役にスポットライトが当たるのが常だが、そこに脇役俳優を持ってくるところもツボだ。(ここからは敬意をもって、敢えて脇役と呼ばせて頂く)


 私は主役よりも脇役の俳優に興味を持つことが多い。実際、脇役を多く演じている俳優には演技達者な人が多い。もちろん主役は主役の難しさもあるのだが、主役はそこにいればカメラは自分を追ってくれるし、もちろん他者との兼ね合いはあれど、まず自分ありきで見られている。それに対して脇役は相手を際立たせながら、自分の役にも輝きを持たせなければならない。主役とはまた気を使う場所が違うし、主役以上に気を遣う部分もあり、その絶妙なさじ加減が、職人芸のように感じられるからだ。何気なくやっているように見えるけれど、実は演技は奥が深く難しい。出番が少なければ少ないほど、そこで存在感を出していかなければならない難しさもある。だからこそ、少ないシーンで存在感をバシッと出している俳優を見ると、逆にリスペクトしてしまう。


 自分自身、脇役も主役も演じたことがあるのだが、主役を演じた時、自分に余裕がなくてもそれなりに立てているのは、周りの役者の演技やそれによって生まれた空気のおかげだと感じ、脇を固めてくれている俳優陣に対し、尊敬の念が増した。土台がしっかりしていない家に、しっかりした家は建たない。つまり脇役あっての主役であるということである。


 その点、主人公の亀岡拓次は脇役の中の脇役、もうそれを通り越して神である。たまに失敗もするが、神である。スイッチがオンになる瞬間は役を演じる時だけ。それ以外は、地味で不器用で飄々としている。生活にさえ脇役臭が漂う。でもなぜか、地球は回っていても、彼だけはずっと変わらないのでは?と思わせるほどの、安定感を保っている。ほとんどの俳優は自己顕示欲や、強烈な個性と共に生きているように私には見える。ただこの男にはそれが全く感じられない。面白くないようで面白い、没個性。それも脇役俳優、亀岡拓次の魅力だと思う。もちろん実在の人物ではないのだけれど。


 そんな彼の人生に、横浜聡子監督のシュールでセンスのいい笑いが乗っかり、相乗効果で面白味を倍増させる。あるある、ありそう、ん?!あるかなー?いや、ないだろう…というギリギリのラインで攻めてくるのが、またたまらない。笑いとは、笑わせる意図が作り手や役者側から見えてしまうと、それだけで興ざめしてしまうものだ。しかしこの映画は、いともスムーズに笑わせてくれる。特に個人的には、亀岡とフィリピンクラブのベンちゃんの掛け合いのシーンが最高である。そこに絡んでくる染谷将太演じる横田監督との3人の台詞の間合い、トーン、空気感。全てが絶妙で、臓器から笑いがこみ上げてくる。


 他にもこの映画で面白いのは、普段主役級の俳優陣が1シーン、2シーンのみの出演、もしくはほぼ声だけの出演など、脇役に回っていること。なんとも贅沢である。また、三田佳子演じる女優 松村夏子は、映画『Wの悲劇』で薬師丸ひろ子演じる新人女優を不幸へと追いやった大女優の姿を彷彿とさせ、私は背筋が凍りつつも、密かに心躍ってしまった。その他、ヒロインを演じる麻生久美子や、脇を固める新井浩文、山崎努など、実力派俳優やベテラン俳優陣の安定感ある演技力も、この映画を支える柱となっている。


 そして最後に、この人を絶対忘れてはいけない。やはりこの人が土台なのである。亀岡拓次を主役として、そして脇役として演じた安田顕。この人の役者としての力量をまざまざと見せつけられる作品だった。非常にリアリティーのある俳優だと感じた。あらゆる場面において、小さな言動、表情一つ取っても、そこに亀岡拓次を演じている安田顕は見えない。役柄のせいもあるのだろうか、押しつけがましさがなく、細胞全てが亀岡拓次なのである。そして亀岡拓次が演じる芝居のシーンでは、芝居1つ1つが熱を持ち、まさに職人芸の域に達している。亀岡拓次を演じられるのは、この人しかいない!私はこうしてすっかり、俳優 亀岡拓次のファンになってしまったのである。(大塚 シノブ)