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『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』監督が語る、 世界の富を独占する“1%の悪魔たち”と戦う方法

2016年01月29日 17:11  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2014 99 Homes Productions LLC All Rights Reserved

「2008年に起こったリーマン・ショックの引き金を引いたのは、アメリカの低所得層をターゲットにした住宅のサブプライム・ローンだった」。言葉の情報としては、多くの人が知っている事実ではあるが、では実際にその震源地となったアメリカの住宅事情の真実とはどんなものなのか? それを徹底的なリサーチに基づいてフィクションとして描いたのが、フロリダの住宅地を舞台にした『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』だ。


参考:アメリカの貧困の信じがたい実態を描く『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』本編映像の一部公開


 この作品の特徴は、その徹底したリアリズムにある。悪徳不動産ブローカーを演じたマイケル・シャノンは、実際に現地の不動産ブローカーと数週間生活を共にし、その身振り手振りだけでなく台詞まで“本物の会話”にこだわったという。また、住宅から強制退去させられる人々を演じた人の多くは、実際に撮影現場の近くに住んでいる住人たちである。アンドリュー・ガーフィールドのファンならば、『スパイダーマン』の高校生ピーター・パーカーではなく、久々に実年齢(32歳)に合った役(住宅を奪われる父親の役)を好演しているところも見逃せない。イラン系アメリカ人監督、ラミン・バーラニに話を訊いた。(宇野維正)


■「これはアメリカだけでなく、どこの国でも起こり得ることを描いた作品だ」


——『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』、大変興味深く観させてもらいました。本作ではアメリカのサブプライム・ローンにまつわる住宅差し押さえ、強制退去の生々しい現実がフィクションとして描かれているわけですが、このテーマで作品を撮ろうと思ったのには、何か個人的な理由があったのですか? 例えば、ご自身、あるいは身近な人が深刻な住宅問題を抱えていたとか?


ラミン・バーラニ(以下、バーラニ):いや、個人的に何か被害を被っていたわけではないんだ。ただ、現在のアメリカで起こっている住宅問題は明らかに異常で、どこかで誰かが裏で操作をしているんじゃないか、とんでもない罠を仕掛けているんじゃないかって思わずにはいられなかった。そういう意味では、個人的な“怒り”がこの作品のベースにある。今作の舞台となるフロリダにリサーチに行って、そこで途方に暮れている人々と出会うまでは、どんな脚本になるか自分でもわからなかった。劇中に出てくる人々は、住宅を奪われる側も、奪う側も、すべて自分が実際にフロリダで出会った人々なんだ。


——サブプライム・ローンから発したリーマン・ショックと、それ以降の金融情勢はもちろん世界的な問題ですが、この作品ではあくまでもそのきっかけとなったアメリカ国内の住宅問題を描いています。我々日本人も含め、海外の観客にこの作品で訴えたかったことはどんなことなのでしょう?


バーラニ:正直、予想していた以上に海外の観客から強いリアクションがあって驚いているんだ。最初に上映されたヴェネツィア映画祭でも大きく取り上げられたし、何よりもすごかったのはギリシャでの上映だね。


——あぁ(苦笑)。


バーラニ:「これは現在のギリシャの状況を描いた作品だ!」ってみんなが口々に言っていた。だから、これはアメリカの国内問題を描いている作品だけど、それと同時に今の世界のどこにでも起こり得る出来事を描いた作品でもあるんだ。人口1%の人々が、残り99%の人々を上回る富を独占している。すべての発端はそこにあって、僕は日本のことはあまり知らないんだけど、きっとそれは日本でも変わらないんじゃないかな。あるいは、日本の社会はもうちょっとまともなシステムで動いているのかもしれないけれど、だとしたら僕らは日本を見習わないとね。


——いや、見習うべきようなところはないんじゃないかな(笑)。日本ではより狡猾にシステムが出来上がっていて、その「99%問題」が人々にとって見えにくくなっているだけだと思います。


バーラニ:それは残念だ(笑)。


——本作でその1%を象徴しているのは、マイケル・シャノン演じる悪徳不動産ブローカーということになるのでしょうか? 本作を観ていて自分が思ったのは、彼もまた加害者であると同時に社会の被害者であり、本当に憎むべき1%、倒すべき1%というのは、あくまでも顔の見えない存在として経済を支配しているんじゃないかってことなんですが。


バーラニ:そう。真の悪魔はシステムの中に潜んでいる。マイケル・シャノン演じるキャラクターは、そのシステムが生んだモンスターに過ぎないんだ。作品を観ながら気づいたと思うけれど、この作品にでてくるキャラクターは、最初は白黒はっきりしているかもしれないけれど、途中から善悪の境目がわからないようにあえて描いているんだ。その構造が、自分でも気に入っているところだし、きっとこの作品が高く評価されたところだと思う。アンドリュー・ガーフィールド演じる主人公は不動産ブローカーという悪魔と取引をするわけだけど、その悪魔もまた、どこかで悪魔と取引した普通の人間に過ぎないんだ。幼稚園児や小学生で「将来、不動産ブローカーになりたい!」なんて言う子供はいないだろう? でも、彼らは他に選択肢がないからその仕事について、そしてその仕事につくと今度は他に選択肢がないから悪魔の役割を担うことになる。そうやって、社会というものはできていると思う。


■「トランプにも観てほしいけど、彼はきっと新しい詐欺の方法を思いつくだけだろう」


——その社会を変えていくためには、何が一番必要だと思いますか?


バーラニ:ふーっ(深いため息)。そこが難しいところなんだよね。僕にできるのは映画を作ることだけで、映画で今の世界において何が起こっているかを人々に観てもらうことしかできない。僕自身、このテーマで今回作品を撮ろうと思って現地にリサーチにいいったわけけど、実際にリサーチするまではここまでひどいことが起きているなんて知らなかった。特に自分がショックを受けたのは、作中でも描いているけれど、この住宅問題を扱う際の法廷の風景だった。ほとんどの判決は自動的に60秒以内に下されていく。なにしろ、この問題で投獄された人間は一人もいないんだ……。でも、こうやって今ここで君とこの作品について会話をしているように、映画を作ることで、そこに会話が生まれる。会話、会話、会話。とにかく僕にできることは問題についての会話を生み出すことで、その会話が世の中を少しでもいい方向に変えるきっかけになることを願うだけだよ。


——本作が描かれた世界から、現実では5~6年の時間が経っています。状況は改善しているのでしょうか?


バーラニ:改善しているとは言い難いね。相変わらず司法は不動産ブローカーを野放しにしたままだ。それに、ふーっ(深いため息)、今のアメリカではドナルド・トランプのような人間が台頭してきている。僕は、彼にこの作品を観てほしいと思っている。でも、きっと彼のような人間は、この作品を観ても心を痛めるどころか、新しい詐欺の方法を思いつくだけだろうね(苦笑)。


——(苦笑)。アンドリュー・ガーフィールドは言うまでもなく『スパイダーマン』のピーター・パーカーであり、マイケル・シャノンは『マン・オブ・スティール』のゾッド将軍です。彼らのようなトップ・アクターが、このような社会性の強い作品に出ることはとても意味があることだと思いますが、あなたはエンターテインメント作品と社会派作品の境目をどのようにとらえていますか?


バーラニ:僕にとってその作品がエンターテインメント作品であるか社会派作品であるかというのはまったくどうでもいいことで、関心があるのはグッとくるストーリーがあるかどうか。それだけなんだ。そして、一番興味があるのは、これまで映画が描いたことのない世界を描きたいということ。今回の作品は、まさにそういう作品になったと思う。……それと正直に言うと、僕はアンドリューが演じた『スパイダーマン』シリーズを一本も観てないんだ。


——本当に!? それでキャスティングしたんですか!?


バーラニ:主人公がマントをつけて高層ビルの間を飛び回っているようなバカバカしい映画には興味がないんだ。


——(「スパイダーマンはマントをつけてないのに」と思いながら)はい(苦笑)。


バーラニ:アンドリューをキャスティングしたのは、彼が主演していたブロードウェイの舞台『セールスマンの死』に深く感銘を受けたからなんだ。そして、彼は『スパイダーマン』よりももっと“意味のある”作品に出ることを強く望んでいた。それに、『スパイダーマン』を観なくても、アンドリューがとても優れた役者であることはわかるよ。いや、観ないほうが、よりわかるかもしれない(笑)。(宇野維正)