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「厚生年金」加入逃れの事業主は刑事告発もーー漏れた200万人はどうしたらいい?

2016年01月29日 11:31  弁護士ドットコム

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塩崎恭久厚生労働大臣が1月中旬、厚生年金への加入義務を果たしていない悪質な事業主について、刑事告発を検討するとの考えを明らかにした。厚労省の調査では、厚生年金の加入対象であるにもかかわらず、加入していない従業員などが、約200万人にのぼると推計されるという。


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報道によれば、日本年金機構による立ち入り検査などもおこない、保険料を負担する能力があるのに納付しない悪質な事業主に対しては刑事告発をするという。これまでに厚労省や年金機構が刑事告発したケースはなかった。



なぜ200万人もの人が、厚生年金からあぶれていたのか、と驚いた人もいるかもしれない。本来であれば、どのような規模の事業所に厚生年金への加入が義務づけられているのだろうか。またなぜ、事業主はなぜ加入してこなかったのか。友弘克幸弁護士に聞いた。



●厚生年金への加入が必要な事業者とは?


「正確には『厚生年金保険』なのですが、ここでは『厚生年金』と呼びます。この厚生年金の適用事業所となるのは、次のような事業所です。



(1)『従業員が常時5人以上いる個人の事業所』で、農林漁業やサービス業などの場合を除いて、適用事業所となります(厚生年金保険法6条1項1号)



(2)株式会社などの『法人』の事業所は、規模の大小を問わず、適用事業所となります(同6条1項2号)



これらの適用事業所は、事業主や従業員の意思にかかわりなく、強制的に厚生年金が適用されるので、『強制適用事業所』と呼ばれます。



そして、このような強制適用事業所に常時雇用される70歳未満の労働者は、原則として厚生年金の『被保険者資格』を有します(厚生年金保険法9条)。事業主は、その労働者が厚生年金の被保険者資格を得たことについて、厚生労働大臣に届け出をしなければなりません(同27条)」



このように法律で定められているのに、なぜ「加入逃れ」がまかり通ってきたのだろうか。



「厚生年金は、年をとったり、ケガや病気で心身に障害が出るなどして働けなくなったときに年金や一時金の給付を行う制度です。また、家計の担い手であった労働者が死亡したときには、遺族に年金が支給されることもあります。



自営業者などが加入する『国民年金』に比べて給付内容が手厚いのですが、毎月の保険料は事業主と労働者が半分ずつ負担することになっています。このため、保険料の負担を免れようとする悪質な事業主は、従業員を厚生年金に加入させるのを嫌がるのです」



●従業員が「厚生年金への加入」を求める方法


そのような場合、従業員の側から加入を求めることはできるのだろうか。



「本来、厚生年金への加入資格がある従業員は、事業主に対して『厚生年金への加入』を求めることができます。裁判例の中にも、『事業主が、従業員について厚生年金の被保険者資格の届け出を怠ることは、労働契約上の債務不履行に当たる』と判断したものがあります(奈良地裁平成18年9月5日)。



また、従業員は、自分自身で、厚生年金に加入するための手続を行うこともできます。『被保険者資格取得の確認請求』という手続(厚生年金保険法31条)です。



具体的には、勤め先の事業所を管轄する年金事務所に、『確認請求書』などの書類を提出することになります。書式は日本年金機構のホームページからダウンロードすることもできます。詳しくは年金事務所で相談されるとよいと思います」



いっぽうで、事業主にとって「制度が厳しすぎる」という声もあるようだ。



「不払い残業(サービス残業)の問題に関しても、同じような声を聞くことがあります。



しかし、たとえば事業主が、『余裕がないから、取引先から仕入れをしても、代金を支払うことができない』『余裕がないから、事務所の家賃を支払うことができない』などと言ったらどうでしょうか。



相手が『従業員』だったら、どうして、決められたルールを守らなくてよいということになるのでしょうか。また、『余裕がないからルールを守らなくて良い』ということを許せば、真面目にルールを守って経営をしている経営者との不公平も生じてしまうでしょう」



最後に、友弘弁護士は「刑事告発も検討」という方針を次のように評価した。



「厚生年金保険法102条は、事業主が正当な理由なく年金事務所の職員による検査を拒んだり、虚偽の報告をしたときなどには、『6か月以下の懲役または50万円以下の罰金に処する』と定めています。



ルールを守らない事業主に対しては、刑事告発も含めて厳しく対応をする、という方針自体は正しいと思います。



ただし、この方針だけで『加入逃れ』がゼロになるとは思えません。『加入逃れ』を減らしていくためには、たとえば、学生に対する労働法教育(ワークルール教育)を充実させ、さきほど述べた『被保険者資格取得の確認請求』という手続があることを広く周知するなど、様々な方策を合わせてとって行く必要があるのではないでしょうか」



(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
友弘 克幸(ともひろ・かつゆき)弁護士
京都大学法学部卒業。2004年に弁護士登録。日本労働弁護団、大阪労働者弁護団に所属。
残業代請求、解雇、労災など、労働者側に立って労働事件を多く手がける。
事務所名:西宮原法律事務所
事務所URL:http://nishimiyahara-law.com/