2016年01月27日 20:21 リアルサウンド
ニコニコ動画を中心とするネットの音楽シーンで、“高音出したい系男子”とのキャッチフレーズで異彩を放つ、ウォルピスカーター。中性的で伸びやかな高音が多くのリスナーの心をつかみ、ネットでいま一番“伸びている”ボーカリストと言えるだろう。そんな彼が1月27日、1stアルバム『ウォルピス社の提供でお送りします。』をリリース。書き下ろし楽曲のクレジットには人気ボカロPの名前が並び、それは各クリエイターの代表曲にもなり得るキラーチューンで、ウォルピスカーターのボーカリストとしての評価、期待値の高さが伺える内容だ。その音楽遍歴から本作に込めた思いまで、じっくり語ってもらった。
・高音以外にもチャレンジしたい
ーーデビュー・アルバム&当サイト初登場ということで、まずは音楽遍歴から伺いたいと思います。子ども時代から、どんな風に音楽に触れてきたのでしょうか?
ウォルピスカーター:うちは母子家庭だったので、母親と車で出かけることが多かったんです。カーステレオから流れていたのがGLAYやL’Arc~en~Cielで、そのうち母が宝塚にハマり出したので、一緒によく観ていました。そのうちに歌モノが好きになり、自分でも歌ってみたい、と思うようになったんです。もっと言うと、プロの歌手になりたいって。でも、中学生くらいだと恥ずかしくて周りになかなか言えないじゃないですか(笑)。だから、高校はあえて知り合いのいないところに進んで、最初の自己紹介で「軽音楽部に入って、歌をやります」と宣言したんです。
ーー早いうちから目標は明確だったんですね。
ウォルピスカーター:そうですね。一番好きなバンドはスピッツだったんですけど、当時はエモ系だったり、ハードコアだったり激しめのロックをやっていて。ただ、バンドコンテストに出てみて、怪物みたいにレベルの高いバンドを目の当たりにして、高校3年生くらいの頃には「あ、自分は無理だ。歌は趣味で続けていこう」と思うようになっていました。
ーーそこで、ニコニコ動画に「歌ってみた」動画を投稿することになったんですね。
ウォルピスカーター:そうなんです。軽音部の活動が終わってやることがなくなってしまったので、「歌ってみた」ならちょうどいいかなと思って。そうしたら、動画の再生数もまだそんなに伸びていない時期に、いまの事務所から声をかけてもらったんです。
ーー諦めていたプロへの道が、スカウトからリスタートしたと。
ウォルピスカーター:いえ、足りていない部分が多いので、今でも「プロ」なんて名乗れませんし、最初は半信半疑で、新手の詐欺かと思ったんですよ(笑)。「ちょっと試しにやってみませんか?」という話だったので、“様子見スタート”ですね。
ーーそうは言いますが、持ち前の伸びやかな高音はもちろん、細やかな表現力も含めて、ボーカリストとしてのスキルは動画投稿を重ねるなかで向上を続けていたと思います。ファンの間では“高音出したい系男子”というキャッチフレーズが浸透していますが、ハイトーンにこだわるようになったきっかけは?
ウォルピスカーター:高音って、地道に練習して半音上がって……みたいに、少しずつ出るようになるものではなくて、実はある瞬間にいきなり出るようになるんですよ。ある日、突然5音くらい高い声が出るようになったことがあり、それが気持ちよくて。それで、「もっと出したい!」と思うようになったんです。「命のユースティティア」(Neru/2013年)というボカロ曲を歌ってみたときに一気に音域が広がったんですけど、ボカロ曲って際限なく高いキーがあるので、「この曲は出るかな」とチャレンジを続けて。
ーー確かに、ニコ動での選曲を見ると、ランキングに上がる人気曲より、チャレンジングな曲を選んでいる印象があります。高音だけでなく、人気ネットラッパー・VACON氏の「HATED JOHN」など、高難易度のラップにもチャレンジしていたり。“とりあえずこの曲を歌っておけばリスナーはよろこぶだろう”みたいな妥協がありませんね。
ウォルピスカーター:そうですね。楽曲の人気ではなく、僕自身がスキルアップして、興味を持ってもらえるようにしなければと。そうしてチャレンジしてきたことが、今につながっているのかなって。ラップしかり、シャウトしかり、高音以外にもどんどんチャレンジしていきたいですね。
・ドラマチックで面白いアルバムになった
ーーさて、そんななかでリリースされた今回のアルバムですが、収録曲はどんな意図で選んだのでしょう? これまでニコ動にアップされた曲も、すべて録り直していますね。
ウォルピスカーター:次にいつ出せるかも分からないので、これまで応援してきてくれた方たちに恩返しをしたい、という思いがありました。なかでもたくさんの方に聴いてもらっている「夜明けと蛍」(n-buna)、「アスノヨゾラ哨戒班」(Orangestar)などは入れたほうがいいだろうと。中性的な声を評価してくれる声が多いので。
ーーノスタルジーを感じる人気の夏曲で、ファルセットが美しい「夜明けと蛍」は、あえて一番のサビのオクターブを下げていますね。またブレイクするきっかけになった「アスノヨゾラ哨戒班」は、動画版よりいい意味で力が抜けていて、表現が深くなっているように感じました。再録にはどんな気持ちで挑みましたか?
ウォルピスカーター:動画を投稿してから何年も経っているわけではないので、ガラッと変えようとは思わなかったのですが、歌い直した意味はきちんと持たせたいと思って。「アスノヨゾラ哨戒班」はミックスも結構変わっているので、聴き比べて楽しんでもらえたらうれしいですね。
ーーそして書き下ろし曲ですが、鬱P、Last Note.、doriko、Orangestarと、ニコ動で音楽を聴いていれば唸るような、豪華なクリエイター陣が参加しています。しかも、それぞれが“おいしいところ”全開のキラーチューンを提供しているという印象でした。
ウォルピスカーター:こんな機会をいただけたのだから、大好きなボカロPさんたちにお願いしてみよう、ということでオファーをしたら、快く引き受けていただけました。当たって砕けろ、という気持ちだったんですけどね(笑)。
――せっかくなので、書きおろし曲を中心に伺いたいと思います。1曲目に収録された「CANDiES」は鬱P氏らしいヘヴィなロックで、スクリームも印象的です。一方で、繊細さやセクシーさなど、ボーカリストとしての表現の幅も感じられて、このアルバムの魅力を伝える一曲目にふさわしいと思いました。ただ、攻めてますね。
ウォルピスカーター:アルバムの中でも異色の曲なんですけど、中間に挟むより、ド頭に持ってきた方が驚かれるだろうなと。イントロのエモーショナルな感じから急にヘヴィなサウンドになるので、つかみはバッチリだと思います。
ーー5曲目の「7th」(Last Note.)は、疾走感のあるギターサウンドで、後半に向けてアルバムを加速させていくような一曲です。7曲目の「last will」(doriko)は胸に切なく迫るバラードで、決意が滲むような力強いボーカルも魅力的でした。
ウォルピスカーター:Last Note.さんは昔から大好きなんですけど、キーがどうしても合わなくて、なかなかチャレンジできなかったんです。そこで、今回はキーのことだけお願いして、らしい曲を作ってもらうことができました。書き下ろしのなかで一番打ち合わせを重ねたのは、dorikoさんですね。女性目線の歌詞で、ピアノ中心の楽曲が本当に好きなので、そういう曲をお願いして。けっこうわがままを言っちゃったかもしれません(笑)。
ーーそして、11曲目に収録された「時ノ雨、最終戦争」。気鋭のクリエイター・Orangestar氏らしく、独特な言葉の置き方が心地いいロックナンバーですが、生身のボーカリストが歌えるのか、という難しい楽曲だと思います。
ウォルピスカーター:実は歌入れだけで一ヶ月かかって、このアルバムで一番しんどかったです。ラストのサビがほぼブレスなしで2回続くのですが、そこは録音技術の集大成というか(笑)。ただ、Orangestarさんには音域もブレスも無視して、尖った曲を作ってもらいたかったので、本当に満足ですね。本人からは、あとあと謝られましたが(笑)。
ーーこの曲が普通にボカロ曲としてアップされていたら、歌ってみようと思いましたか?
ウォルピスカーター:いや、なかなか挑戦できなかったと思います。いま、オフボーカルの動画も上がっているんですけど、けっこう歌ってみた人がいるので、「やるな!」と驚いているんですよ。負けていられないな、と。
ーーこの曲に続いて、歌ってみた動画がダブルミリオンを突破している「アスノヨゾラ哨戒班」でアルバムが終わる、という構成になっています。多彩な楽曲が揃いましたが、同じく夏の匂いがする2曲で美しくまとまっているというか。
ウォルピスカーター:そうですね。「アスノヨゾラ哨戒班」を最後に置くというのは、最初に決まったんです。最後にディレイをかけて、ふわっと空間系になっていいかなと思いました。高音のあとは耳が疲れない曲を……という風に、曲順は細かく調整したのですが、結果としてドラマチックで面白いアルバムになったかなって。
ーー中性的な高音、セクシーな低音のいずれも魅力的で、今後の活動にも期待してしまいます。ジャケットには“ウォルピス社屋”が描かれていますが、これは“建設中”ですよね?
ウォルピスカーター:そうです。これからも続けていきたいですし、まだまだ完結していないぞ、と。成長記録という意味合いもコンセプトにあるので。今後もニコニコ動画を拠点に、いろいろと手を伸ばしていきたいですね。今回のようにアルバムを出せるのはうれしいですけど、リスナーさんには無料で気軽に楽しんでもらいたい、とも思いますし。こんなこと言っちゃうと、会社は困っちゃいますけど(笑)。
――アルバムとして形になったことで、ニコ動のリスナー以外にも広く届いていくと思います。どんな風に聴いてもらいたいですか?
ウォルピスカーター:ニコニコ動画という舞台だから成立している部分があるということは自覚していて、一般の方にどうやって好きになってもらうか、ということは課題だと思っています。最近はハイトーンのボーカリストが人気ですが、僕にも「高音出したい系男子」というオンリーワンの肩書きがあるので、まずはそこを聴いてもらって、名前と歌にギャップを感じてもらえたらうれしいですね。名刺代わりということで、名前だけでも覚えてもらえたら。肩書きに負けないように、去年より一音でも高い音を出せるようにしたいと思いますので、ぜひ聴いてみてください!
(取材・文=橋川良寛)