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「人類が破滅に向かう危機を感じている」カンヌグランプリ受賞作『サウルの息子』監督インタビュー

2016年01月23日 20:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『サウルの息子』ネメシュ・ラースロー監督

 第68回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞、第73回ゴールデングローブ賞外国語映画賞受賞、そして第88回アカデミー賞外国語映画賞ノミーネートーー。ハンガリー出身の38歳無名新人監督が、初長編監督作『サウルの息子』で世界を興奮の渦に巻き込んだ。舞台は1944年10月、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。ゾンダーコマンド(ナチスにより収容所の中から選抜された、死体処理に従事する特殊部隊)として働くハンガリー系ユダヤ人のサウルが、息子の遺体を正しく埋葬しようと、人間としての尊厳を貫き通そうとする2日間を描き出す。リアルサウンド映画部では、昨年11月に来日したネメシュ・ラースロー監督に取材を行い、本作に込めた思いや撮影背景などについて、話を訊いた。


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■「エキストラの数は、予算の上限ギリギリの400人ほど」


ーー長回しなどの撮影スタイルが非常に特徴的で惹きつけられたのですが、撮影も大変だったのではないでしょうか?


ネメシュ・ラースロー監督(以下、ラースロー):そうですね。撮影では、難しくないように普通に見せることを意識したので、すべてのシーンが非常に大変でした。どのシーンが難しかったは答えにくいですが、敢えてひとつ挙げるとするならば、水の中に入っていくシーンですね。本作には、中盤とラストに水のシーンが2つあるのですが、機材的にも動き的にも音的にも、水を使うシーンはどちらもとにかく大変でした。


ーー水といえば、エンドロールの最後のほうで、雨がしたたる音が聞こえたように思いました。


ラースロー:よく気付きましたね。あれは実際の雨の音なんですが、私はそこをとても意識しました。その理由のひとつはコントラストです。映画の中では、死体を燃やすシーンだったり、焼却炉が出てくるシーンだったり、“火”が頻繁に出てきます。その“火”に対する“水”=“雨”という意味で使いました。何かを表現したかったというわけではありませんが、私の本能的な部分が働き、火があったら水がないといけないという、そのようなバランスを考えて入れました。


ーー“涙”という意味も込められているのでしょうか?


ラースロー:“涙”としても解釈はできますが、どういう解釈をするかというのを言ってしまうのはスマートじゃないので…。でもあの最後の雨のサウンドは、人によっては火を鎮火する水というように思う人もいれば、涙と解釈する人もいるし、それはもう人それぞれです。映像がぼやけていたりフォーカスがあっていなかったり、現実なのか夢なのか、狂っているのか狂っていないのか、映画の世界そのものがすごいあやふやで、ハッキリとはわかりません。そのような状況の下、ひとつ枠を作るという意味で、火や水といった元素は非常に重要なポイントで、映画の世界を占める役割も果たしています。


ーー“映像がぼやけている”という話が出ましたが、そういったぼやけた映像の中でも、死体役のエキストラなどは、細かい動きをされていたように思います。


ラースロー:エキストラも非常に重要な脇役でした。ぼやけている映像の中で、後ろのほうで動いてもらうという形だったので、普通は「適当にその辺りを動いてください」という指示が多いと思うのですが、私は今回、監督経験のある友人に頼んで、エキストラ用の監督をしてもらいました。彼には、エキストラの方たちに、誰がどこでどのように動くかを脇役並みに指示してもらいました。ぼやけていたり、半分しか見えていなかったり、フォーカスが合っていなかったりというシーンでも、背後ではみんなしっかり忠実に動いている。そういう見えていない部分も、全部ちゃんと動かすということに気をつけました。エキストラの数は400人ほどだったのですが、予算的にはそれぐらいが限界でしたね。


■「人類が破滅に向かってしまう危機を感じている」


ーー『倫敦から来た男』で助監督を務められたとのことですが、タル・ベーラ監督から影響を受けたことはありますか?


ラースロー:タル・ベーラ監督から学んだ一番重要なことは、“どれだけ人に入り込める作り方をするか”です。彼の映画の中の主人公に、観客が自分の姿を投影したり意思疎通したりしたように、主人公の感情や考えに、観客がどれだけ同調できるか。そこはかなり意識をしたので、撮影スタイルなどの手法において、彼の影響をかなり受けています。


ーーサウル役のルーリグ・ゲーザにはどのような演出をされたのでしょうか?


ラースロー:自分の中でイメージしていたサウルを探すのはかなり大変だったのですが、今回サウル役をお願いしたルーリグ・ゲーザは、私生活面でも雰囲気的にも非常にサウルっぽい部分があったんです。撮影では、少し不自然な部分があったところは指示をして撮り直したりはしましたが、彼は性格的に自分の中にこもってしまうような、確固たる自分の世界観を強く持っている役者なので、特に細かい指示は必要ありませんでした。彼が本能的にサウルを演じてくれたので、部分的にサウル以上のものが出たのではないかと思います。


ーーキャスト・スタッフ含め、過酷な撮影を乗り越えるために何か心がけたことはありますか?


ラースロー:スタッフを信じていたというのはひとつあるんですが、基本的にこの映画はあの世ではないんですね。この世の地獄である。この映画で描かれるのは、地球上のある時代に、実際に行われていた普段の生活です。地獄のようなストーリー展開で、そのようなシーンもありますが、あくまでもこれは現実に起こったことなので、それを理解した上で、そういう頭で撮っていかないといけない。重要なのは、どれだけその世界に入り込めるか。なので、とにかくスタッフ全員で、その世界に入り込むことを目指し、撮影に挑みました。


ーーナチスが虐殺行為を行っていた時代と今のこの時代を比較して、共通するものはあると思いますか?


ラースロー:過去の歴史を辿ってみても、人類にはどうしても自殺や破滅行為などに傾いてしまう、本能的な動きがあるように思います。人類が抱える凶暴性や凶悪性というのが、最も大きくなったのが、第二次世界対戦の頃です。ナチスだけではなく、ソ連や中国も虐殺行為を行ってきたわけです。昨年パリでテロを起こしたISはもちろん、アラブやタリバンなどからも、その頃と同等の空気が漂っているように思うので、人類が破滅に向かってしまう危機は感じています。


ーー最後に、どのような人にこの作品を観てもらいたいですか?


ラースロー:基本的には、老若男女いろんな人に観てもらいたいです。でも、特に若い人に観てもらいたい作品ではありますね。(宮川翔)