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綾瀬はるか、極限に置かれた男女の「生」にどう挑む? 『わたしを離さないで』の意図

2016年01月22日 19:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『わたしを離さないで』公式サイト

 キャリー・マリガン主演で映画化もされた、日系イギリス人作家カズオ・イシグロのベストセラー小説『わたしを離さないで』。その連続ドラマ化ということで大きな注目を集めていた『わたしを離さないで』(毎週金曜22時~/TBS系)が、1月15日よりスタートした。初回の視聴率は、6.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。同時間帯に、15回目のテレビ放送にして視聴率17.9%を記録した映画『天空の城ラピュタ』(「バルス!」)の放送があっとはいえ、これは由々しき事態だろう。「思った以上に暗い」、「子役のシーンが長い」、「原作のテイストと違う」など、さまざまな意見が聞こえてきた初回。しかし、肝心の「物語」は、まだまだ始まったとは言い難い状況にある。今夜はその第2回の放送。まずは、初回の内容と、その感想から述べていくことにしよう。


参考:『いつかこの恋を~』『わたしを離さないで』『家族ノカタチ』……2016年1月期注目の連ドラは?


 手術室のベッドに横たわる男性と、それをガラス越しに見守る主人公・保科恭子(綾瀬はるか)。移植のため臓器を抜き取られた男性を「特別な部屋」に運び込んだ彼女は、「ある処置」を男性に施す。やがて絶命した男性を焼却炉に入れ、「焼却」ボタンを押す。これが彼女の「仕事」なのだろう。自ら車を運転して帰宅した彼女は、ベッドの下から年季の入ったバスケット・ケースを取り出す。外国人歌手のCDをはじめ、さまざまな思い出の品が詰まった「宝箱」。そして、綾瀬のモノローグ。「宝箱にはいろんなものが詰まっている。楽しかったこと。嬉しかったこと。辛かったこと。悲しかったこと。(中略)これは私にとって、たったひとつの明るい調べを持つ音楽だ。私がまだ何も知らなかった頃。私たちがただの子どもでいられた頃の、抱きしめたくなるような黄金色のとき……」。


 そこから物語は20年前に遡り、彼女の幼少期が描き出されてゆく。人里離れた山奥にひっそりと建てられた「特殊法人・陽光学苑」。恭子(鈴木梨央/綾瀬はるか)、友彦(中川翼/三浦春馬)、美和(瑞城さくら/水川あさみ)は、寄宿制の学校「陽光学苑」の同級生だ。しかし、通常の勉強以上に絵を描くことが推奨されること、「社会」の代わりに「心」という科目が設置されていること、さらには「健康」に細心の注意が払われることなど、この学校は校長・神川恵美子(麻生祐未)、教師・山崎次郎(甲本雅裕)の立ち居振る舞いを含め、何かが決定的におかしなことになっている。初回の最後、校長が生徒に向けて行ったスピーチ曰く、「あなたたちは、普通の人間ではありません。(中略)あなたたちには、生まれながらにして果たさなければならない、ある“使命”を負っています。それは、“提供”という“使命”です。あなたたちは、病気になったり怪我をした人のために自らの身体の一部を提供する。そういう使命のもとに作り出された特別な存在。言ってみれば、“天使”なのです」。


 以前、「本作には、大きな“ネタバレ”が含まれている」と書いたけれど(参考:『いつかこの恋を~』『わたしを離さないで』『家族ノカタチ』……2016年1月期注目の連ドラは?)、今回の連続ドラマ版は、その「ネタバレ」部分を、初回からいきなり明示してみせたのだった(冒頭の綾瀬はるかのシーンも含めて)。まどろっこしいので端的に言うけれど、この物語は、臓器移植のために作られた、クローン人間たちの青春群像劇なのだ。いつか誰かに臓器を提供し、やがて死を迎えるという「宿命」を負った者たちの、切実な「生」の物語。原作者であるカズオ・イシグロは言う。「短い人生のなかで避けられない死に直面したときに何が重要なのか。そういうテーマについて書きたいと思いました」。とはいえ、その「ネタバレ」部分……特殊な状況設定が徐々に明らかとなってゆくところが、原作小説の何よりの醍醐味のひとつだったはず。マーク・ロマネク監督の映画版も、その「謎解き」の部分に関しては、かなり慎重に取り扱っていた記憶がある。にもかかわらず、それを初回から大胆に提示してしまうとは、いったいどういうことなのだろう。そこには、今回のドラマ制作スタッフの明確な意図があるような気がしてならない。


 そこで、はたと気づいたことがある。コメディエンヌではなく、どこか影のあるシリアスな雰囲気を持った綾瀬はるかを主演としたTBSドラマであること、その脚本を担当しているのが森下佳子であること……そう、この作品は、イシグロの人気小説のドラマ化である以前に、2004年のドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』(原作:片山恭一)、2006年のドラマ『白夜行』(原作:東野圭吾)という綾瀬×森下作品の第三弾という、大きな流れのなかに位置する作品なのだ。原作のエッセンスを凝縮しながら、それを大胆に翻案し、ある「宿命」を負った男女の切実な「生」を、シリアス&サスペンスフルに描き出してみせること。初回の状況説明は、本作の「肝」が、その「謎解き」ではなく、極限状態に置かれた男女の「生」をリアルに描くことにあるという、制作者側からのメッセージなのかもしれない。その意味でも、綾瀬、三浦、水川という3人の役者が相対する場面が注目されるのだが……初回の最後になってようやく登場した水川を含め、同じ運命を共有する彼女たち3人の「希望」と「絶望」、そして「愛憎」の物語が描き出されるのは、次回以降に持ち越しとのこと。普通ではない使命を持った、普通ではない男女の宿命の物語は、果たして普通の人々の心の琴線に触れることができるのだろうか? 引き続き注目したい。(麦倉正樹)