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「できるだけ容赦なく、冷淡に」スコット・クーパー監督が語る『ブラック・スキャンダル』のギャング描写

2016年01月13日 15:21  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2015 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC., CCP BLACK MASS FILM HOLDINGS, LLC, RATPAC ENTERTAINMENT, LLC AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

 あらゆる凶悪犯罪に手を染め、ボストン裏社会に君臨した伝説のギャングスター、ジェームズ・“ホワイティ”・バルジャー。ウサマ・ビン・ラディンに次ぐFBI最重要指名手配犯に認定され、賞金2億4000万円にまで膨れ上がった彼の半生を描いた『ブラック・スキャンダル』が1月30日に公開される。ジョニー・デップが衝撃のビジュアルでバルジャーを演じるほか、ベネディクト・カンバーバッチやジョエル・エドガートン、ケビン・ベーコン、ダコタ・ジョンソンらが脇を固め、ギャングとFBIと政治家による、アメリカ史上最大の汚職事件を描き出す。メガホンを取ったのは、長編デビュー作『クレイジー・ハート』で主演のジェフ・ブリッジスにアカデミー賞主演男優賞をもたらし、前作『ファーナス/訣別の朝』で兄弟の熱い絆を描いたスコット・クーパー監督だ。彼はどのような想いで本作を手がけたのかーー。リアルサウンド映画部では、クーパー監督に電話取材を行い、本作についてじっくり話を聞いた。


参考:ジョニー・デップ主演『ブラック・スキャンダル』への期待 犯罪者の人生をどう描く?


■「今回ジョニー・デップが最も大きく変化したのは、感情的、心理的な面だ」


ーー本作でメガホンを取ろうと思った一番の決め手は何ですか?


スコット・クーパー監督(以下、クーパー):私がニューヨークに住んでいた頃、ジェームズ・“ホワイティ”・バルジャーの驚くべき話がボストンから海岸沿いに伝わってきたんだ。彼の悪名高き行動もよく知っていた。ちょうどそのとき、私がいたところから数マイルしか離れていない場所で、彼は逮捕されたんだ。ある1人の男が歴史的に悪名高いギャングである一方、弟は有力な政治家であることが、とてもシェークスピア的で惹きつけられた。その上、幼なじみの友人が出世して担当のFBI捜査官になり、FBIの与えた殺しのライセンスを手にしたバルジャーは、やりたい放題に権力を拡大していくことになる。やらない理由はないくらいに、この話にものすごい魅力を感じたんだ。


ーー映画化するにあたり、バルジャーに関するリサーチもかなりされたそうですね。


クーパー:撮影前の約6ヶ月間、脚本を書き直しながら彼に関するリサーチをしたよ。脚本を書き直す前には、ボストンのFBIやバルジャーを逮捕したロスのFBI、バルジャーを取り巻く“ウィンターヒル”ギャングたちを逮捕した検察官とも会い、密に話をした。ボストン南部のサウシーというコミュニティーで、実際のバルジャーを知る人たちにも会った。犯罪者が関わるとき、人は記録に残ってほしいことを話すから、真実を掴むことは非常に難しい。だから調査はかなり綿密に行った。ドキュメンタリーだと、本当の意味での真実を伝えなければいけないが、この作品は劇映画だから、少しの自由は与えられていた。だから、この映画の中にも、実際に彼が行ったかどうかはわからないが、武器を使って暴力を振るばかりではなく、心理的な暴力も振るうという彼の人間性を反映させた、心理的に人を追い詰める様子も描かれている。


ーーバルジャーの魅力は何だと思いますか?


クーパー:暴力を言語としていたバルジャーが魅力的だと言えるかどうかはわからないが、そのひとつには権力があると思う。でも忘れてはいけないのは、彼にはFBIという隠れた味方や、かなりの権力を持った政治家の弟の存在もあったということだ。ただ、バルジャーのことを知る人によると、彼のことを魅力的な人間だという人や、地元の人たちにはよくしていたという話があったんだ。私が地元の人に出演をお願いしたとき、彼らはこの作品には関わりたくないと言ったんだ。バルジャー兄弟は2人とも、自分たちや地元社会にはとても尽くしたからだそうだ。


ーーバルジャーの役づくりについて、どのようなアプローチを行ったのでしょうか?


クーパー:ジョニー(・デップ)と私は相当時間をかけて、役作りについて話し合いを重ねた。映画の最後には、FBIから提供された監視カメラの映像で本人の姿が映る。そこでわかるように、バルジャーは禿げた頭、人を射るような鋭い青い目、そして筋骨たくましい体型をしている。僕とジョニーは、彼の動きや歩き方、アクセント、心理状態などを話し合った。ジョニーの場合、ルックスはいつも演じる役によって変化するが、今回最も大きく変化したのは、感情的、心理的な面だ。ジョニーはとても優しくて心の温かい人間だけど、スクリーンで観る彼は正反対で、冷酷で冷淡。魅力的な部分はあっても、暴力的で、とても恐ろしい人間だ。私の目的はジョニーを微妙に演出することだった。彼が微細で現実的に描かれれば描かれるほど、より冷淡でもっと怖くなると思った。動きや瞬きが少なければ少ないほど、身の毛のよだつような怖さを感じるんだ。


■「バルジャーがどんな人物だったのか、断固として本当の彼を見せようとした」


ーー特にこだわったポイントはどこですか?


クーパー:できるだけ容赦なく、冷淡に描くことにこだわった。ギャング映画に登場するギャングはユーモアがあり、人が羨むような人生を送っていることが多い。だが、今回の作品は、実際に起こった出来事がベースで、被害者とその家族が存在するから、そんなことはできなかった。だから、本人をそのまま描くことを重視したんだ。冷淡で、悪賢く抜かりのない、計算高い、金目当ての人間。そんな彼の人間性を容赦なく描こうと思った。英雄として見せたり、魅力のある好かれるような人間として描くつもりは全くなくて、バルジャーが本当はどのような人物だったのか、断固として本当の彼を見せようとしたんだ。比較的好かれる役を演じることが多い、大スターのジョニー・デップがその役を演じるわけだから、実際にこれを成し遂げるのはもちろん簡単ではなかったよ。今回の作品での彼の行動は、観る人にとっては恐ろしいと感じるものになったと思う。実際のバルジャーを知る人がこの映画を観て、ジョニーはバルジャーの本質以上のものを表現したと言っていたんだ。ジョニー本人はとても心優しい人間だから、映像で観る彼がどれほど実際の彼とかけ離れているかがよくわかると思う。


ーー日本では暴力描写によりR15+指定になりましたが、暴力を描くことは必要不可欠だったわけですね。


クーパー:アメリカのテレビ番組や映画には、この作品よりずっと残虐なものが多くある。この映画では、暴力の描き方が現実的であるがゆえ、より怖く感じると思う。バルジャーの映画を正確に作るには、このような暴力の描き方をすることは避けられない。多くの被害者や家族の心の傷は、未だに癒されておらず、もし彼の暴力をある特定のスタイルで描いてしまったら、彼らが経験したことを軽く見ることになってしまう。この男がどれほど狂っていたかを理解してもらうためにも、暴力を描くことはとても重要だったんだ。暴力を誇張したり、ロマンティックに描いたりする監督もたくさんいるが、私は決してそういうことはせずに、できるだけ記録されている通りに作った。


ーー撮影時の現場の雰囲気はいかがでしたか?


クーパー:実際に犯罪が起こった場所でロケをしたから、雰囲気はかなり張りつめたものだった。でもボストン市の人々は、撮影のときもプレミアのときもとても歓迎してくれたよ。確かに暗く、重い雰囲気だけど、この映画の場合、被害者や被害者の家族の体験を考えれば、それは正確かつ適切な空気だと言える。


ーーデップ演じるバルジャーの弟・政治家のビリー役にベネディクト・カンバーバッチを起用した理由は?


クーパー:彼らはルックス的に似ているわけではないが、私は似ているかどうかということで役者は選ばない。実際のバルジャーと弟のビリーもあまり似ていなかったしね。ビリーは高貴な雰囲気さえ漂う、とても学識のある知的な風貌で、兄のブルーカラー的な雰囲気とは全く異なっていた。バルジャーがアメリカで凶悪犯が投獄されるアルカトラズ刑務所やレブンワース刑務所に投獄された一方、ビリーはアメリカでもトップクラスの大学を出て、地域の指導者として任務を果たし、地元に貢献したんだ。ビリーの若い頃の写真の中には、ベネディクト・カンバーバッチにとても似ているものもあったんだよ。ボストンだけでも8種類の方言(アクセント)がある中で、ベネディクトが作品の中で披露したアクセントは、実際のビリーを知る人に言わせると、ほぼ完璧だったそうだ。ベネディクトは才能と知性あふれる、カメレオンのような俳優だから、彼ならきっとビリーの人格をうまく演じきってくれると確信していたよ。


■「ジーン・ハックマンには引退を撤回してもらって、是非一緒に仕事がしてみたい」


ーーバルジャーの恋人リンジー役のダコタ・ジョンソンも印象的でした。


クーパー:実はダコタ・ジョンソンの演技は一度も観たことがなかったんだ。実際に会った彼女は、非常に心のこもった女性で、年齢の割にはとても賢く、敏感な面を持っていると感じた。彼女なら、他の人の前では出さない、バルジャーの脆い部分を引き出せると思ったんだ。バルジャーの脆い部分を見せるのはとても重要なことだから、彼女は完璧だと思ったよ。女性の出番は少ないが、彼女を含め本作に登場する3人の女性たちは、バルジャーから異なる形で影響を受けている、非常に重要な役割なんだ。


ーーこの作品の世界観を構築する上で、ジャンキーXLによる音楽も非常に大きな貢献を果たしていたように思います。


クーパー:私は劇的な背景音楽が好きなんだ。今回彼が手がけてくれた音楽は、バルジャーの心理にある怒りを感じさせながらも、物語の進行に伴う恐怖感やクラシックの要素もあったりする。伴奏が何かを示唆するように感じられる映画もたくさんあるが、本作はそうではない。編集、カメラ、ゴア描写などもそうだが、観客には監督の存在をどんな形においても感じて欲しくないんだ。この作品では、トム(・ホーケンバーグ/ジャンキーXL)の力量のおかげで、ボストンの町全体に常に覆いかぶさるような、暗い空気感や脅威が備わった。


ーー撮影には前作『ファーナス/訣別の朝』に続き、日本人カメラマンのマサノブ・タカヤナギが参加されていますね。


クーパー:彼は素晴らしいカメラの名人だ。私とマサが共通して大好きな監督の1人が黒澤明監督だ。黒澤監督はカメラを通して劇的なストーリーを語る能力があり、レンズやテーマの選択においても、マサや僕にとって非常に魅力的なものがある。今回の作品は、もちろん黒澤監督の手が直接かかっているわけではないが、そういった日本からの影響があるのは確かだね。僕らは日本の映画を本当に愛しているんだ。


ーー今後一緒に作品を作ってみたいと思う俳優・女優はいますか?


クーパー:すでに一緒に仕事をしているけど、クリスチャン・ベール、ジェフ・ブリッジズ、ジョニー・デップともまた一緒にやりたいね。ジョニーとは、もしまた一緒にやるとしたら、もっとユーモアのあるもので、彼がどれほど好かれるような人物なのかがわかるような作品がいい。彼の演技に嘘や偽りがないことが現れるようなものだね。罪の贖いをしようとしている人物を描いた作品なんかがいいと思う。まだ一緒に仕事をしたことがない人で言えば、ケイト・ブランシェット、メリル・ストリープ、マリオン・コティヤール、ダニエル・デイ=ルイス、ホアキン・フェニックス、レオナルド・ディカプリオなどだね。あとはジーン・ハックマン。引退を撤回してもらって、是非彼と一緒に仕事がしてみたいね。(宮川翔)