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子役から映画界の巨匠へ ロン・ハワードが『白鯨との闘い』で示した作家性

2016年01月12日 15:21  リアルサウンド

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 ハーマン・メルヴィルが書いた米文学史に残る冒険小説『白鯨』。かつてその巨大な白いマッコウクジラと死闘を繰り広げた末に、片足を失った船長エイハブとその曰くつきの鯨との復讐劇を描いたその物語は、作家メルヴィルによる創作ではなく、実際に19世紀のアメリカで、捕鯨船エセックス号に起きた悲惨な出来事にインスパイアされて書かれたものだった。その壮絶な真実の実話を膨大な資料を元にナサニエル・フィルブリックが書き上げたノンフィクション小説「白鯨との闘い」(旧題「復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇」)を原作に、ロン・ハワード監督がメガホンを取ったのが『白鯨との闘い』だ。


参考:「鯨に襲われ海に投げ出されたら、どう生き延びる?」 『白鯨との闘い』特別映像が公開


 体長30メートルを越す巨大な白いマッコウクジラに襲われ、沈没した捕鯨船から命からがら脱出した三艘のボートが太平洋の海原を漂流する様を描いたサバイバル物という、ハワードにしてみれば『アポロ13』に通ずる題材ともいえる。
 
 今ではロン・ハワードといえば映画監督としてのキャリアの方が知られているが、かつてはハリウッドのテレビ界を中心に活躍する子役の一人だった。しかも子役時代を乗り越え、ティーンエイジャーまで(ハワードが演じてきたオーピーとリッチー・カニンガムというキャラクターを知らないアメリカ人はいないだろうし、ジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ』の主要キャストの一人といえば、我々日本人でも良く知っている)途切れることなく、人気を持続し続けてきた稀有な存在ともいえる。そんな彼をテレビの人気子役からティーンスター、そして映画監督デビューまでの道を導いたのがB級映画の神様ロジャー・コーマンだ。低予算映画の世界で暗躍する神様的な存在の師の教えを経て、幼いころから名優たちに囲まれながら出演していたシットコムで磨き上げられたセンスを駆使し、『ラブ・イン・ニューヨーク』や『スプラッシュ』等の大ヒット・コメディ映画で才能を開花させてきた。


 ハワードにとって転機となったのがアポロ13号の事故を映画化した『アポロ13』。これまで築き上げてきた得意なジャンルであるコメディ作品から、シリアスなドラマに取り組んだハワードが、名実ともに名監督して認められるようになったのは、この“実話の映画化”というジャンルである。幼いころからショービジネス業界で大人達に混ざり働いてきたという、人生経験が映画製作に影響を与えたのは確かだ。『白鯨との闘い』も実話の映画化という点で、ハワードにとって格好の題材であることに間違いはない。
 
 前作『ラッシュ/プライドと友情』でタッグを組んだクリス・ヘムズワースが一等航海士のチェイスを演じ、その家柄ゆえに船長に選ばれなかった屈辱と、ベンジャミン・ウォーカーが演じる裕福な家庭に生まれた船長ジョージ・ポラードとの男と男のプライドをかけた対立もこの物語の重要な要素だ。未熟な船長と一等航海士、そして予告もなしに襲い掛かってきた白鯨と、生き残った男たちの壮絶なサバイバルをドラマチックに(そしてそれが実話である事もふまえて)描いたハワードの手腕は見事である。白鯨とエイハブ船長の復讐に焦点を絞ったメルヴィルの『白鯨』との大きな違いはそこにある。


 歴史研究家でもあるナサニエル・フィルブリックの手によるノンフィクションでありながら、のちに「白鯨」を執筆する小説家ハーマン・メルヴィルをベン・ウィショーに演じさせ、エセックス号の数少ない生存者の一人である老人トーマス・ニカーソン(ブレンダン・グリーソン)に当時起こった出来事を聞き出すというメタフィクション的な構造を築き、映画としてのフィクションを巧みに盛り込んだ脚色も上手い。本作の脚本を最初に持ち込んだのはハワードではなく、『ラッシュ』を撮影中だった主演のクリス・ヘムズワースだったというのも興味深いが、不意打ちのように生存者たちの前に何度も襲い掛かってくる巨大な鯨と、過酷なサバイバルの末に彼らが選択した壮絶な真実は、映画の題材として捨てがたい魅力に満ちている。


 が、しかし本作には他のハワード作品にも共通する少々残念な点も併せ持っている。オスカー受賞作『ビューティフル・マインド』でもラッセル・クロウ演ずるナッシュ博士の同性愛に関しては一貫して無視し、『ラッシュ/プライドと友情』でも映画本編の中で描かれていた以上にジェームズ・ハントは女性関係にだらしない人間であったことを描かなかった。本作でも、実は映画で描かれている以上に衝撃的な事実があったことを原作では描いていたが、本作ではそこはあえて(レイティングの影響も踏まえて)描いていない。史実を美化しすぎると指摘される点がハワードのウィークポイントでもあるのだが、本作のような凄まじく後味の悪い実話を映像化するよりも、観客に希望を与える結末を選択する。それがハワードの豊富な人生経験から学んだ技であり、ある種の映画愛なのかもしれない。
 
 何はともあれ、迫力に満ちた3D効果を堪能すべく、出来るだけ大きなスクリーン‥‥例えばIMAXシアターのような実物大のクジラをすっぽり包み込めるようなラージスクリーンで堪能するのがお勧めだ。(鶴巻忠弘)