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香港映画のエロ・グロ・バイオレンス“三級片”の怪優、アンソニー・ウォンが描く狂気

2016年01月12日 10:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『香港Ⅲ級片スーパークレイジー極悪列伝 限定版DVD-BOX』

 香港映画には「三級片」と呼ばれるジャンルがある。これは映画の内容が三流ということではない。三級片は単なる年齢制限であり、日本でいうところの「18禁」を指す言葉だ。全年齢対象は一級片、日本で言うところのPG12やR15が二級片(さらに二級片は更にA級、B級が存在する)である。ちなみに日本で親しまれているジャッキー・チェンの映画などは、二級片に区分されることが多い。前置きが長くなったが、三級片とは子供が観てはいけない映画…すなわちエロ・グロ・暴力に特化している映画群である。いわば香港映画のダークサイドだ。


参考:“囲碁で生死をかける”とはどんな状況か!? 韓国アクション『神の一手』が描く驚愕の世界


 そんな三級片シーンの中で、90年代に狂い咲いた俳優がアンソニー・ウォンである。実際の猟奇殺人事件をモデルにして、今日でも映画史上屈指の凶悪映画と言われる『八仙飯店之人肉饅頭(93)』に主演し、この映画で香港のアカデミー賞である香港電影金像奨で主演俳優賞を受賞(※もちろん競った相手は三級片だけではない)。今日ではジョニー・トー監督の映画などで渋い魅力を発揮しているが、90年代のアンソニーは、同じくジョニー・トー映画の常連サイモン・ヤムと並んで、香港映画きっての凶悪演技の専門家であった。


 そんなアンソニーの鬼畜三級片三部作とも言うべき強烈な映画が、この度「スーパークレイジー極悪列伝」と題して日本でも劇場公開され、めでたくDVD化された。前述の『八仙飯店』、そして『タクシーハンター(93)』『エボラシンドローム 悪魔の殺人ウィルス(96)』だ。いずれも主演アンソニー・ウォン、監督ハーマン・ヤウのコラボ作品である。ハーマンは、普段から「ジョン・ウーは終わった」などの情け容赦ない発言をするアンソニーをして、「俺よりクレイジーだ」と言わしめる狂気を持ちながら、功夫・ホラー・コメディ…ジャンルを問わずに活躍する香港きっての職人監督でもある。そんな二人のコラボ作品であるから、当然ながら万人にオススメできるわけではない。特に『八仙飯店』は今でもトラウマものであるため、興味があったとしても、いきなり見るとショックを受ける可能性がある。そういうわけで、今回は三作の中では一番ライトな『タクシーハンター』を、次回の記事では『エボラシンドローム』をご紹介しようと思う。今回の記事がダークサイドに飛び込む前の「準備運動」となれば幸いである。



 アンソニー演じるキンは、気弱だが真面目なサラリーマンだ。会社では皆に信頼され、愛する妻は身重…まさに幸せの絶頂にいた。しかし、急な陣痛を訴えた妻を病院に運ぶため、タクシーを呼んだのがいけなかった。モラルなきタクシー運転手は、キンの妻が股間から出血しているのを見るや、「シートが汚れるから乗せたくない」とまさかの乗車拒否。さらにキンの妻をドアに挟んだまま車を急発進させる。妻は引きずり回され、タクシーは逃亡、妻子は共に死亡…絶望のドン底に落ちたキンは酒に溺れる。この酒がいけなかった。泥酔してタクシーを捕まえたキンは、タイミングが悪いことに横暴な運転手に当たってしまい、酒の勢いでうっかり運転手を殺してしまう。慌てて家に逃げ帰るキンだったが、大変なことをしたと思いつつ、その顔は微笑んでいた。キンの中にある真面目さが悪い方向に覚醒したのだ。こうしてキンはタクシー運転手を無差別に殺す“タクシーハンター”になるのだが…。


 ここまで読んで、どういう話だと思った方も多いかもしれない。まず説明すると、当時の香港では乗車拒否やチンピラまがいの行動をとるなど、モラルの低いタクシー運転手が実際に問題になっていた。この映画はそんな社会問題に対する怒りが根底にある。このプロットは、いうなれば、そこから逆算的に作られたものだろう。そうした社会派(?)な一面もあるのだ。しかし、本作の最大の魅力は、やはりアンソニーの存在だ。悲劇によって壊れていく小市民を、時に切なく、時にユーモラスに演じている。その優しい佇まいは「スーパークレイジー極悪」なアンソニーを期待すると、呆気にとられるだろう。直接的な残酷表現も少なく、むしろ『タクシードライバー(76)』よろしく銃を構えながら決め台詞を練習するシーンなど、コミカルなシーンや、友情や人情を感じさせる場面も多い。ただ、そんな優しい佇まいをしていながら、微笑み一つで確かな狂気を表現して見せる。今まさに人間の心が壊れたことを、微笑み一つで表現する…これはアンソニーの高い演技力を持ってこそ可能な芸当だ。


 この映画を観れば、アンソニーが単なるキワモノ系ではなく、れっきとした実力派であることが分かる筈だ(そう言う意味では、アンソニー入門編としても最適な一本である)。そして…では、この高いポテンシャルをキワモノ方向に全力で振るとどうなるか?その詳細は次回『エボラシンドローム』にてご紹介したい。(加藤ヨシキ)