2016年01月11日 10:02 弁護士ドットコム
アパートや自宅の空き部屋を旅行者に貸し出す「Airbnb」や、自家用車を使ってネットで依頼してきた相手を目的地まで運ぶ「Uber」など、主にインターネットを活用して、個人の持っているものを「シェア」するビジネスが、「シェアリングエコノミー」として世界的に拡大しようとしている。
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ただ、旅館業法や道路運送法など、既存の法律に抵触する可能性があり、今後、どのような法制度が望ましいのか、議論になることが見込まれる。今回、旅館業法のポイントと今後のあり方について、石原一樹弁護士の見解を紹介したい。
2015年にイノベーションの時代の流れが大きく動き出し、産業からついには政府まで突き動かし始めました。そして、2016年に何らかの答えが出るかもしれないところまできているようです。
2012年ころからシェアリングエコノミーと呼ばれる個人の有するリソースを有効活用する文化が醸成されてきました。これにはインターネットが大きく関わっており、CtoCモデルとして急成長を遂げた背景がありますが、このようなビジネスへの規制は追いついておらず、そもそも存在しないか、あるいは適用されうる規制はあっても機能していないケースが多いのが現状です。
モノや空間をシェアするというシェアリングエコノミーというイノベーション産業において、特に、注目すべき地位に登りつめたAirbnbに代表される民泊ビジネスの規制のあり方について改めて検討してみたいと思います。主としてCtoCを中心に拡大している民泊ビジネスに、現行の旅館業法をそのまま適用することに違和感があることは、事業者のみならず規制当局も認識しているはずです。旅館業法の対象とする事業は何か、その規制を設けるプロセスでどのような議論がなされていたのか、その議論が今日でも有効な前提として考えることができるのでしょうか。
以下では詳細な解説として、まだインターネットもなく、家庭用電話すら十分に普及していなかった時代に制定された旅館業法の立法趣旨・立法事実からひも解いて、改めて規制のあり方を考えてみましょう。
今からおよそ70年前の昭和23年(1948年)に制定された旅館業法ですが、宿泊ビジネスとしてはもっと昔からありました。旅館業法の立法事実や立法趣旨を検討するにあたっては、昭和23年の通達が参考になります。
通達には「これら多数人の集合出入りする場所の衛生上の取り締まりは、公衆衛生の見地からすこぶる重要な事項であり」と記載されていることから、(1)多数人が集合出入りする場所であって、その場所の取り締まりに関しては、(2)公衆衛生の見地がすこぶる重要ということがわかります。
(1)について、確かに旅館は一般的に、多数人が同時に宿泊することができる施設であることが多いです。
(2)について、公衆衛生とは、一般的な法律によく出てくる用語ですが、旅館業法に関しては、特定の事象を想定していたと考えられます。
当時は結核をはじめとする感染症が流行していたため、その感染拡大を阻止するための方策が必要でした。これと歩調を合わせるように結核予防法が昭和26年(1951年)に制定されており、旅館業法の「衛生上の取り締まり」「公衆衛生」の真意は、結核をはじめとする感染症予防にあることは明らかでしょう。
旅館業法第5条第1号には、宿泊を拒むことができる例外事由の1つ目として、「伝染性の疾病」が規定されています。この背景をもとに旅館業法の目的と規制内容を見てみましょう。
旅館業法の目的(第1条)には、主に以下のように定められています。
(1)旅館業の業務の適正な運営の確保
(2)旅館業の健全な発達を図る
(3)利用者の需要の高度化及び多様化に対応したサービスの提供の促進
(4)公衆衛生及び国民生活の向上に寄与
当然ですが、「旅館業」の適正運営と健全な発達、そして「利用者」つまり「国民」の需要に対応したサービス提供と「公衆衛生」とが謳われています。
ここまで見てきた立法事実や目的といった背景から分かるように、旅館業法における「旅館」とは
(1)多数人の集合出入りする場所
(2)多数人を同時に宿泊させる場所
(3)多数人が集合出入りすることから感染症等の予防が必要な場所
という要素が必要であると考えられます。
旅館業法では、上記目的のもと、「旅館」に対して規制がなされています。
(1)許可
(2)宿泊者名簿の備え置き
(3)構造設備の維持
このような規制があるわけですが、実際の運用は都道府県が行っており、仮にシェアリングエコノミーにこのような規制を適用するとしても、到底現実的ではない、という問題があります。
次に、民泊やAirbnbに代表されるような、個人宅や民家を貸し出すシェアリングエコノミーについて考察してみます。
シェアリングエコノミーが想定している、貸し出す「モノ」は、もはや「旅館」ではないことが明らかです。
個人宅は旅館にはなりえないため、法律上も旅館に該当する、というあてはめは不正確です。とはいえ、何も規制がないとなると、利用者の需要に対応することや利用者の安全を確保することが難しくなります。
では、シェアリングエコノミーで対象とされる「モノ」に対して、どのような規制が考えられるでしょうか。
ここでの必要な規制を考えるにあたっては、旅館業法の目的との共通点と相違点を意識する必要があります。
旅館業法の規制内容である(1)の許可制は、旅館を営業する事業者が取得すること想定しており、個人が取得することを想定していません。許可にあたっての判断要素は、構造設備、公衆衛生、そして犯罪の前歴がないことです。公衆衛生は前述のとおり、感染予防の観点から旅館には必要ですが、せいぜい数人を泊める場合には大きな考慮要素とはならないはずです。
(3)の構造設備の維持に関しては、そもそも個人宅は「旅館」の要件を満たしていないので、この規制は不要です。現に人が住めないような場所でない限り、居住用の空間であれば構造設備として十分だと思います。住んでいるマンションに友人数人を泊める際に、一定規模以上の広さを要求するのは不合理でしょう。
(2)の宿泊者名簿は、誰を泊めたか、犯罪者や反社会的勢力に関係する者を泊めてないか事後的にチェックできる体制が必要なのでこの規制はシェアリングエコノミーにおいても必要です。
ここで新たに出てきた論点、犯罪の前歴がないことが許可にあたって考慮されていることです。これは旅館業法違反者を業界から排除するための要件であり、旅館業に限らず、シェアリングエコノミーにおいてもこのような悪い人は退席してもらうのは必然でしょう。
以下、別の視点から少し整理してみます。
旅館業法と比較すると分かりやすいと思うので、旅館業の許可を取得する段階で考慮されるべき事項(A)と、許可取得後、旅館として稼働する段階で考慮されるべき事項(B)とに分けて考えます。
1.共通点
(1)本人確認制度(A)
本人確認は、インターネット上での個人情報の登録時において要求されることも多くなっており、いまや当然のようになってきました。旅館業法には「宿泊者名簿」の備え置きが要求されていますが、名前と住所と職業をその場で書いてもらうことにどこまで正確性があるのでしょうか、仮に嘘の記載をしても旅館側は気づかないのではないでしょうか。この観点からいうと、例えばAirbnbはパスポートの写しを要求しています。もちろん偽造や虚偽の可能性は排除できませんが、単に宿泊場所で本人確認書類を確認せず、アナログで記載してもらう場合とパスポートの写しを要求される場合とでどちらがより厳格でしょうか。
(2)税金(B)
旅館業にかかる税金は、許可の有無を問わないので、シェアリングエコノミーにおいても、事後的にお金で解決する、というのは既存業界にも納得感があるのではないでしょうか。むしろここは、既存業界と平仄を合わせる必要があると思います。
基本的には申告ベースでの課税にならざるを得ないので、シェアリングエコノミーを提供するプラットフォーム事業者があらかじめ徴収してまとめて納税する、という運用スキームもありうるかもしれません。そうするとプラットフォーム事業者の負担が増えますが、決済処理と納税申告時の手間だけなので、(実作業の内容を想定できていませんが)現実的には対応可能ではないでしょうか。あるいは貸す側の人が申告するためのフォーマットを用意してあげると親切でしょうか。
2.相違点
(3)犯罪履歴の照会(A)
犯罪履歴の照会は、警察の協力が得られない限り自己申告になってしまいますが、旅館業の許可を取得する際に提出する申請書の中にも、誓約書があるため、自己申告で宣誓するという意味では同じです。ただ、誓約する相手方が都道府県なのかプラットフォーム事業者なのかという違いかと思います。貸す側の人にとってはさしたる違いはないでしょう。
(4)保険制度の創出(B)
利用者の安全を確保するという観点では非常に有益な制度だと思います。Uberのように社会経済的にも大きな影響力を持つ企業であれば通用して納得感も得られそうですが、特に保険については一定数以上のデータがないと保険会社としては商品設計が難しそうです。そこで、プラットフォーム事業者が自ら保険や補償を提供することが考えられますが、実は保険業者にとっても新規開拓できる市場なので、参入してくる業者は一定程度いるのではないでしょうか。
現行の旅館業法も既存の業界においては、それなりに合理的な役目を果たしていると考えます。しかしながら、それは伝統的なホテルや旅館に対してのみ適用されるべきものであり、Airbnbのようなプラットフォーム事業者と、自宅や空き部屋を貸す人、借りる人という関係者がいる中に伝統的な旅館業法を適切に当てはめることは困難です。それぞれが果たすべき役割の中で適切な規制やルールを定めていくことが最重要と考えます。
つまり、事前に貸す側の人だけ許可を取得するのでは不十分でもあり、不公平でもあるので、プラットフォーム事業者に求める事項、貸す際に求める事項等、全ての関係者に適用されるような設計が必要と考えます。それが旅館業法の改正によりなされるのか、シェアリングエコノミー法を新たに制定するのかわかりませんが、2016年に一定の方向性が見えてくるのを楽しみに待ちたいと思います。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
石原 一樹(いしはら・かずき)弁護士
2012年に弁護士登録後、ヤフー株式会社に入社し、企業内弁護士としてインターネットに関する法務業務に従事。ホーガン・ロヴェルズ法律事務所外国法共同事業を経て窪田法律事務所に入所。日本国内外を問わず積極的にスタートアップ企業やベンチャー企業へのリーガルサービスも提供している。
事務所名:窪田法律事務所
事務所URL:http://www.kubota-law.com/